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覆らない包囲網

 早々に戻った私たちに向かって、怪我人が出たと勘違いした護衛が二人ほど馬で駆けつけた。特にヴィンセント殿下が一緒となれば、騎士の緊張もさぞ上がっただろう。

 殿下から獲物を仕留めたので早めに戻ったと告げられて、緊張度合いが下がった事は側で見ていて感じるほどだった。それはお喋りに興じていたご令嬢方にも伝播し、彼方此方から安堵の声が聞こえてくる。ごく一部を除いてだが。

 テーブルに迎えてくれたシェリル様は、私が紅茶に口を付けたところで口を開く。


「朝方にヴィンセント殿下と現れたことも驚きましたが、狩りの間もお二人でいらしたのでしょうか」

「仕留めるまでは皆様方と一緒だったのですが、私が一番初めに仕留めてしまったので緊張感が生まれたのでしょう。お喋りをやめて皆が奥に向かわれました。獲物の処理をヴィンセント殿下の護衛の方にしていただけることになり、殿下も行動を共にされると仰られて。朝の事は殿下のご説明の通りですよ」

「それで何を仕留められたのですか」

「ウサギを一羽。ちょうどイヤーマフが欲しかったものですから、色も気に入りましたので引き上げてまいりました」


 剥いだ毛皮を見せようかとも思ったけれど、貴族の女性が見て気分の良いものでも無いと思い直す。ヴィンセント殿下が離れたテーブルに着いた事で、ご令嬢方の関心はこちらに無いはずなのに、アイリスの視線を強く感じる。果たして彼女の思惑通りの行動になっていただろうかと、気がそちらに行きそうになるのを必死に堪える。

 順繰りに回っていた殿下がこちらのテーブルに来たところで、森の方から騒がしい集団が出てくるのが見えた。護衛の頭数が揃っていないので、大物を仕留めて来たのかもしれない。


「兄上。成果は後でご覧に入れますが、鹿を二頭仕留めてまいりました。本日の功労者はバックス家のエランでしたよ。私も射たのですが、残念ながら致命傷にはなりませんでした」

「そうか。では城に戻ったら、早速届けさせるように手配しよう。さぁ、武勇伝をお嬢さん方に話して差し上げるが良いだろう」


 意気揚々と散らばってテーブルに着く者に混じり、消沈した様子のセドリック様がアイリスの居るテーブルにベネディクト殿下と着いた。その様子を見ていた私と目が合ったアイリスは、一瞬ニヤリと笑みを浮かべたかと思えば、セドリック様に寄り添うように声をかけている。

 気落ちしたセドリック様を励まし、殿下の活躍を賞賛するのを聞いて、彼女の思惑通りに事が運んだことに安堵した。おそらく今年度中に事が運ぶのだろうと覚悟を決めた。


「殿下は楽しまれたのでしょうか」


 同じテーブルに着いたハワード様が、無表情のままでヴィンセント殿下に問いかけた。

 昨年の飄々とした感じは一切なく、前世を含めて同じ人とは思えない様子に少々驚いた。


「楽しんでいるよ。女性と話をする機会もあまり無いのでね、全てのテーブルを回ったから、ここ数年分を上回る人数と話ができた。後はシェリル嬢と話をすれば全員とになるかな」

「アイリス嬢とも話されたのでしょうか」

「話しはしたが、それがなんだと言うのだ? 妹になるかもしれないのだ、為人くらい確認もしたいさ。今日来ている中で、シェリル嬢は幼い頃より知ってはいるし、マーリア嬢とも話はできた。彼女だけ話しかけないのは不自然だろ」

「だからこのテーブルに居ると、仰られるのですか」

「無論。弟から人材を奪うつもりも、お前の妹を辱める気も有りはしない。邪魔だと言うのならば退散しよう」


 双方が無表情で静かに言い争うのを、カップを傾けながら聞き流しておく。殿方の言い争いに口を挟むなど、後が怖いのでご免こうむりたい。


「殿下。兄は最近機嫌が悪いことも多く、本当に人が変わってしまいました。後程、どの様な沙汰でもお受けいたしますので、この場はベネディクト殿下の顔を立てては頂けませんでしょうか」

「解っている。最近は公務続きで気晴らしをしたかっただけだ。ディックと揉めるつもりも無いのだし、ここはおとなしく城に戻るとしよう。貴女方を不愉快にさせたかったわけではないが、すまなかった。あと少しの時間だが、楽しんでくれ」


 護衛に出立の合図を出した殿下は、ベネディクト殿下と軽く言葉を交わして城へと戻っていった。

 ハワード様は殿下が去るまで無表情を貫いていたけれど、私に初めて視線を向けて蔑む様な表情を浮かべた。怯む気持ちはみじんもないので、ニッコリと笑顔を浮かべてから視線を森に向ける。狩りを娯楽ととらえるのは構わないが、命を奪う行為だと真剣に向き合える人と来たかったと、残念に思った。


「マーリア嬢は、自身のお立場を正しく理解しておられるのでしょうか」

「育った所では、食料を得るため女も狩りに出る事も有りますし、私も度々同行してきました。今日とて狩る側として参加を請われたのですから、そのお役目を果たしたまでです」

「ヴィンセント殿下の好意を勘違いしないように、とだけご忠告しておくよ」

「兄さ……」


 ハワード様との会話に割り込もうとしたシェリル様を制し、言いたい事だけ言わせてもらう。


「魔力の行使も未だに安定しておりませんから、ベネディクト殿下の妃に選ばれる確率は低いでしょう。王家に選ばれなければ、当初の予定通りに馬を扱う商会にでも入って身を固めるまでです。その為の乗馬であり、弓の腕前なのですから、ほうっておいて頂けないでしょうか。兄妹の語らいに邪魔なようでしたら、他に移りますよ」

「いえ。シェリルには一言で足ります。父の期待を裏切るな、とだけです」


 そう言い残して立ち上がったハワード様は、こちらを振り返ることなくアイリスの座るテーブルへと去っていった。すまなそうな表情のシェリル様には、首を振って気にしていないことを伝える。


 今日の事でセドリック様はアイリスに付いた、既にハワード様もあちら側なのだろう。ベネディクト殿下がアイリス側なのかは未だ分からないけれど、ブライアン様コンラッド様から声をかけられる事も無くなっているので、少なくとも味方にはなり得ないのだろう。これまでの様に。

 けれども、心強い味方もいるし心を寄せてくれる人もいるのだから、決して挫けずにその日を迎えよう。




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