崩れた前提条件
だるい身体をなんとか動かし、ベルを振れば隣室に控えていた侍女がそっとやってくる。
「ごめんなさいね。悪い夢を見たようで汗がひどいの。悪いけど着替えと水をお願いできないかしら」
「お、お嬢様? いえ、只今すぐに」
そうだった。今の私は魔力測定前の五歳なのだから、言葉遣いなんかに気を付けないといけなかったのだ。でも、過去の四度で火・水・風・土の属性を顕現しているのだから、今度は光になるのだろう。そうであれば癒しの力が使える筈で、神殿に通う機会も多くなるだろうから言葉使いは早いうちに大人びたものを使っても違和感は抱かれないかもしれない。マナーなどは……、確かあのレベルで良かった筈だ。
そんな事を考えているうちに侍女が戻って来た。汗を拭いて着替えを手伝ってくれ、水は多めに飲んで一息つくころには、ベッドの整えも済んでいた。お礼を言って下がらせる頃には夜明け近くなっていたようだが、もう一度ベッドに潜り込んで心地よいシーツの感触と穏やかな香りに包まれて安心して眠りについた。
「マーリア・プロミラルです。本日はよろしくお願いします」
「リール神殿の司祭をしておりますパルマと申します。後ろの二人は補助をいたしますアーニャとポーラです。プロミラル伯爵ご夫妻も強い魔力をお持ちですので、神殿で一番大きな測定器をお持ちいたしました。では準備を始めさせて頂きます」
昼前にお見えになった司祭様の後ろで控えていた二人の女性が、応接間のテーブル上に魔力測定用の機器をセットしていく。機器自体は簡単な作りとなっていて、台座の後方に計測用の水晶が有り、手前の平らな部分に触れて呪文を唱えるだけで測定ができる。測定結果は水晶に浮かび上がる色とその濃さで判別され、過去四度の測定結果は水晶から漏れ出さんばかりに輝いた。
だが妙な胸騒ぎがする。前回までの司祭様は一人の助手を連れて立ち寄られたのに、今回は二人も助手を伴っている。しかも両方とも女性で記憶にない顔だ。
「用意が出来ましたので、こちらに手をかざして下さい。かざしたら『パルス』と唱えていただければ測定が始まります」
「はい」
釈然としないものを感じつつ測定機に手をかざし、目を瞑って呪文を唱える。が、目を瞑っていてさえ感じた溢れんばかりの輝きを感じず、そっと目を開いて驚愕する。
何故だか測定器は何の反応も示していないのだ。暴れる心臓をなだめすかし、改めて呪文を唱えるがやはり反応を返してはくれない。
「え?」
思わず漏れ出た驚きに、周りで固まってしまっていた大人たちが慌てたように動き出す。アーニャと紹介された女性が機器を確認し、もう一人が司祭様の指示で二回りほど小さな水晶を用意しだす。
念のためにと司祭様が機器に手をかざして問題の無いことを確認すると、水晶を交換して測定を促された。
「あの……」
「機器には問題ないようですが、いささか水晶が大きかったのかもしれません。こちらの水晶ならば反応が現れると思いますので」
両親は心配そうな表情のまま黙って頷くので、促されるまま測定するが反応はやはりない。
司祭様が後ろに控えていたポーラを呼び、彼女が膝をついて手を差し出す。
「お嬢様、申し訳ありませんが私の手に手を重ねていただけませんか」
涙をこらえて手を乗せると、ポーラは目を閉じて私の魔力を探り始めた。学院で教わった知識に、閉じてしまった魔力を再び使用できるようにする方法があった。もしかすると、魔力を放出できないだけではないかと探っているのかもしれない。
しかし、頭を少し振って立ち上がったポーラは司祭様に耳打ちをしてその後ろに控えた。
「閣下、奥方様。申し上げにくいのですが、お嬢様には魔力はございませんでした。非常に珍しい事ではありますが、前例がないわけではありません。体がまだ魔力に耐えられない場合などがそうなのですが……」
「それは、娘の魔力が大きすぎるということでしょうか?」
「今のところはなんとも……」
どうも歯切れが悪い言い方をされてしまったけれど、そんなの平民の間での話であって貴族には当てはまらない。当てはまるのは満足に栄養が与えられていない証拠でもあるのだから。あと疑われるとすれば、乳飲み子の段階で入れ替えられた平民であり、私はこの家の子ではないということだろうが、何度もやり直している記憶があるのだからその可能性も限りなく低い。
そんな事を考えているなどおくびにも出さず、少し寂し気に眉を下げただけで挨拶を済ませて部屋を出た。自室に戻り外を窺っていると、しばらくたってから司祭様たちを乗せた馬車が出て行くのが見えた、と同時に部屋の戸が開き両親が入ってくる。
「私には、この家の血が流れていないなど「そんなことは無い!」」
私の言葉を遮って父が大きな声を上げた。
「そんなことは無い。マーリアは私達の子だ。たとえ魔力が無かろうが、マーリアは私たちの大切な、娘だ」
「旦那様譲りの綺麗な金髪に、私そっくりの鼻筋。なにより、そのオッドアイを持つ赤子が都合よく居るものですか。あなたは間違いなく私がおなかを痛めて産んだ子です。魔力が無いくらいで縁を切るほど薄情な親だとでも?」
「そんな事は。いえ、変わってしまった自分に戸惑っているのです。あの。聞いていただけますか?」
すっかり五歳児であろうとしていた口調は取り繕えなくなっていて、全てを話してしまおうと願い出た。
すでに四度も斬首刑になっていて、首の落ちる瞬間に昨晩に戻るのだと言えば怪訝な顔をされる。できるだけ丁寧に、それでいて過度に刺激しないように話をすれば、気がふれたとかではないと判ってもらえたと思う。その上で、このタイミングでは会ったこともない要人の人相や性格、学院の様子などを話せば目を見開いて驚いた後に優しく抱きしめてくれた。辛い思いをさせ、恐ろしい行いを止められずに申し訳ないと涙を流してくれた。ただそれだけで足の震えが止まるのだから、私も現金なものだと思う。
「では、これまでは魔力を持っていたのだね。そして、王子殿下の御学友の一人と必ず婚約を結んでいたと」
「そうです。そして、卒業式を終えた夜のデビュタントで責められます。ある子爵令嬢へのいじめの主犯として。まったく身に覚えのない事柄なのですが、それを言ってくるのが婚約者で、その場で婚約破棄を言い渡されるのです。すると私の足元に魔法陣が現れ、私は魔力暴走を起こしてしまうのですが不発に終わります。この事によって王族の暗殺未遂や致傷罪に問われ拘束、後に他国との内通を自白強要されて斬首となります」
「魔力暴走は感情のコントロールを失ったことによるものなのかい?」
「いえ、おそらく私の魔力を吸い上げて時間を駆け戻るためだと。そのタイミングなのは斬首の瞬間がトリガーになるので、それにふさわしい罪を着せるためだと考えています。それが分かったのは一つ前の生で、斬首の前日でした。かの令嬢から『これが最後だ』と言われて思い至ったのです。だから今、魔力が無いと判って少しホッとしています。だって、前提から条件がそろっていないのだもの」
二度目三度目の生では回避しようと頑張って、それでも変えられなかった。四度目は変える気力さえ持つことができなかった。なにかしらの強制力によって斬首が免れないとしても、今言うことではないので誤魔化してしまう。
そうでないと独りで立ち上がることができなくなってしまいそうだから。