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問われる影の濃さ

 進級してヒルダとはクラスが分かれてしまったけれど、シェリル様とは同じになれた。私たちがAクラスでヒルダがBクラスになる。クラス分けは前もって聞いてはいたので、昼は三人で一緒に食べる事にしようと話をしてあった。ちなみにアイリスは三学年のAクラスで、殿下たちと同じクラスだそうだ。

 進級してしばらくはハワード様からの誘いもあったけれど、それも数回で終わってしまった。なにしろハワード様方が混ざれる話題でもないのだから、必然的に声はかからなくなる。アイリスが彼らの話の聞き役をしていることも、離れる原因になったとも思う。決して私たちが姦しかったからではないはずだ。

 彼女は彼らの好む話題も性格も熟知しているだろう。婚約者だった人を懐柔できるほどの何かを持っていたのだから。

 私が殿下方から好くして頂けていたのは、彼女と反対の意味で前世の記憶を頼ったからだと思っている。婚約者だった時の付き合い方や話題ではなく、婚約者の友人に対する時の記憶を頼った結果、セドリック様を凹ませた件を起点に好い関係が築けたわけだ。


「マーリア様はよろしいのですか?」

「何が、でしょうか」

「お兄様を含め、あんなによくお話されていらしたのに。アイリス様がスキップによって、貴女の居場所を奪ったように感じているのです」

「昨年度が異常だったのですよ。年下の娘に話を合わせる必要もなくなって、自身の話を親身に聞いてくれる方が居るのですから当然でしょう。それに田舎での私は、こうして同性の方とお話しする機会も無かったので、この時間が楽しいのです」


 別段合わせてもらっていたとも思っていないし、こちらが無理に合わせていたわけでもない。ただ私の経験が生かせる話ができる中から、彼らが好きそうな話題を振っていたにすぎないのだし、無駄ではなかったけれど有意義とも言い切れなかった。

 今こうしてドレスやお菓子、本に刺繍などの話をしている方が気持ちも和む。もう少し時期が過ぎれば、ジャックが残りの二人も引き合わせてくれるであろう。そうすればお互いが行動の証人となり、こじつけた言い掛かりを吹っ掛けられる事もないだろう。


 唯一彼らと同じ選択科目が乗馬なのだけれど、こちらは内容が違うので一緒に受けることは無い。男性陣は馬の世話や馬具の脱着、早駆けなども含まれるのに対して、女性陣は乗って意のままに歩かせるくらいしか教えない。運動と姿勢矯正を主体にした趣味としての扱い、と言えるのかもしれない。

 私は男性陣に交じってもおかしくないくらいの知識も技能も持ち合わせているからこそ、向こうに混ざる事も知識をひけらかすこともしない。馬の手入れを教わるとしても実技は伴わないのだ。上位貴族の子息くらいしか馬を持ってはいないし、それくらいの立場だと手入れをしてくれるものを雇っているのが普通だからだ。馬を持たぬものは学院の所有馬を借りることになるが、それらの世話は素人には任せられないので座学で終わりとなる。


 シェリル様の馬はテンパートン領産だと紹介された。栗毛の牝馬で警戒心こそ低いものの、賢そうな眼をしていた。普段は学院内の厩舎に預けていて、人を雇って世話をさせているそうだ。


「マーリア様のエラも一緒に世話をするようにと、家の者に言いつけておきましょうか」

「いえ、エラは王宮の方で世話をしていただいているのです。ヴィンセント殿下の馬はこの子の兄妹でして、その縁もあって向こうで預かっていただいています」

「それなら安心ですわね。それにしても、マーリア様は乗馬がお上手ですのね。人馬が一体になったように美しいですわ」

「田舎育ちなものですから、馬が無いと移動もままなりません。幼い頃より野山を馬で駆けずり回っていましたし、狩りをしに森にも入っていましたからでしょう。それに、手をかけてやれば情も湧きますし気持ちも通じ合うものですから」


 狩りをしていた部分には触れてこなかったので、付いて回っていただけと思っているのだろう。独りで狩りをしていたなどと言ったらどんな顔をされるか、少し興味もあったけれどやめておこう。


「私にもできる事って有りますでしょうか」

「ブラッシングなどは如何でしょう。乗った後にしてあげると喜びますよ」


 そんな会話をしたのもあってか、乗馬の時間を少し短く切り上げてブラッシングをするまでがセットになった。それはシェリル様だけでなく他の女生徒も同じくするようになり、馬を育てる場を見てきた者としては微笑ましいと思えた。

 ただその行為自体は、関わる人だけの秘密にしている。令嬢がする事ではない、といった意見も出るだろうし、授業の一環にはしてほしくなかったからだ。あくまでも愛情を注ぐ行為のひとつ、であって欲しかった。


 馬を戻しに王宮の厩舎に向かうと、出かけられる準備をしていたヴィンセント殿下が近衛騎士団長と話をしていた。騎士団長を務めるエリオット侯爵はセドリック様のお父上であり、王太子以下三人の殿下に剣を教える師でもある。

 私の事をどこまでご存じなのか聞いたことが無いので、当たり障りのない挨拶をすべきだろう。


「マーリア嬢は、また面白い事をしているそうだね」

「ご無沙汰しております、殿下。面白い事とは、馬の手入れの件でしょうか」

「あぁ、自分の馬を持つ子息でさえ軍にでも入らなければ手入れなどしない者が多い中、ご令嬢が率先してブラッシングをしているそうじゃないか。随分な博愛主義者だと、一部の者たちが噂をしていたよ」

「王家の方々にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません。ですが愛着のある物を丁寧に扱う、ましてやそれが生き物ならば家族のように接するのは自然なことだと思いますので、特段後ろ指をさされる様なことをしているつもりもありません。ましてや彼女たちに強制もしていませんが、母性を持つ女性ならではの行為だと思っていただければ幸いです」


 挨拶の間も与えられずに殿下から話しかけられてしまえば、それを遮ってまで閣下に挨拶するわけにもいかず受け答えをする。閣下の視線が鋭く怖いのだけれど、息子の婚約者にも向ける視線である事は心得ているので、表情には出さずにおく。


「候の視線にも揺るぎないとは流石だよ。そう思わないかな、師団長」

「御意。特に女性には怯えられるものですから、とても新鮮ですよ。お初にお目にかかります、マーリア様。師団長を務めておりますサルバーン・エリオットと申します。息子のセドリックに良い事を言っていただけたと、感謝いたしております。このご恩は御身を守る事で代えさせていただきたく。影の向きにご要望がございましたら申し付けてくだされ」


 なるほど、裏の元締めも兼ねているならば全てを知っているはずだ。殿下とこうして此処に居たのも私への顔見せと、事情を知っている事の了承なのだろう。そう言えば、セドリック様と婚約していた前世でさえ直接話をしたことが殆ど無かったと思う。いや閣下自身が、家庭を顧みていなかったと言えよう。


「私は影の薄い女を気取りたいので、あまり眩しい所は性に合いません。舞台に上がられる方々にこそ目を向けていただきたく思います。それと、子は親の背を見て育つものです。見えない背は追いようもなく、怠惰の灯りにたやすく引き寄せられる事、ご一考くださいませ」


 笑い転げる殿下の横で、礼を深める閣下にお辞儀をしてその場を辞した。



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