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里帰りと想い出

 北部に高い山脈をいただくこの国で、夏真っ盛りの一ヶ月程は避暑地に滞在する貴族も多い。これに伴って学院も長期休暇を設けており、それを境にして学年が変わる。

 ヒルダと共にスキップテストに合格して、休暇明けには三年生となる事が通知されていた私は、伯父の領地に戻って来ている。やはり育った地だけに、『戻ってきた』って思うのは致し方ないだろう。

 今回の帰省では母や弟のブラウム、侍女などと馬車に乗って王都を出たものの、すぐにエラに跨って馬上で風景を楽しんだ。

まだ愛馬も無ければ乗馬経験も乏しいブラウムは、私の後ろに乗って乗馬慣れすることで、祖父から馬を贈られることになるらしい。もっとも、最初は難色を示された。いくら姉弟とは言え、婚約者のある身で婚約者以外の者と体を密着させるのはどうかと。けれども、護衛の騎士と乗るわけにもいかず我慢してもらった。


 一年半振りに会う祖父母は相変わらず元気で、着いて早々ブラウムを連れて伯父の邸に行ってしまった。単騎で里帰りしたジャックが、昨日辺りには邸に着いているはずで、ブラウムの馬が決まったら乗馬の指導をしてくれると聞いている。

 残った側は、勝手知ったる邸に遠慮もなく荷解きをしてお茶を飲みながら一息つく。護衛の騎士は三交代制で守りに入るそうで、客間を一つ提供させてもらった。ベッドは二つあるので問題はないだろう。一人部屋とは言え、近衛騎士を使用人部屋には入れられない。


「ところで、公務の方は大丈夫なのですか?」

「問題無いようにして来たつもりだが、急を要する連絡が入れば戻ることになる。約束の遠乗りが果たされていないので、この機会にと思っているのだがどうだろうか」

「ぜひ。それとも狩りに致しますか? いくら観光地ではないからと言っても、馬を見に来る貴族がいないとも言い切れませんし、森に入ってしまえば人目も気になりませんでしょ。ヴィンス様と一緒のところを見られるのは、さすがに問題になってしまいます」


 どちらにしても明日以降の予定であって、今日はゆっくりして頂きたい。護衛に扮して付いて来たこともあって、馬車にお乗せすることが出来なかった。慣れない弟を後ろに乗せたりしていたので、私としても今は体を休めたい。


「リアは弓が使えるのだったな。なら本当に狩りをするでも良いぞ。あと四年も関係を秘匿しなければならないのは苦痛だが、その後は堂々と何処へでも行けよう。なら、この状況も楽しまないと損だからな」

「ならば明日、早い時間に出てみましょう。仕留められれば明日の夕飯に出してもらうのも良い想い出になる事でしょうし」

「今しかできない想い出作りか。なら、思う存分楽しもう」


 母も反対しなかったので祖父から森の情報を聞き出してみると、鹿が増えすぎているようだと教えられた。この地方の鹿は小柄な個体が多いので、一人でもなんとか狩る事が出来るし、一頭くらいなら馬の後ろに括り付ける事もできる。


 当日は日の出前に起きだして、昼食用のオープンサンドを作り焼き菓子と一緒にバスケットに詰め、矢羽根と弦の状態を確認しつつ用意を整える。

 いくら有名な馬の産地で森が豊かだとは言え、女性が馬に乗って狩りをするなどほとんど見受けられない。当然ながら着るものは男性物に少し手を加えた服になるが、こちらに置きっぱなしだった荷の中にあるのでそれを着る。念のためにと革の胸当てを着けて、鉄片を縫い込んだフード付きの外套を羽織る。

 日が昇り始めたので厩に出向くと、ヴィンセント殿下がエラのブラッシングをしてくれていた。殿下の乗る馬(今回も愛馬ではなく兵舎で使用されている軍馬)は、すでに鞍を付けていつでも出られる準備ができている。


「おはようございます、ヴィンス様。エラの準備までありがとうございます」

「おはよう、リア。朝早くから厨房にいたようなので、こちらの準備をしておこうと思ったのだ。昼は手作りなのだろ? 今から楽しみだよ」

「では、早速出かけましょうか」


 同行する護衛は一人で、殿下と同様に流れの傭兵のような軽装備だ。革鎧に剣を佩き、矢筒を背負って弓を鞍に掛けている。三人共にフードを被って馬を進めているので、見咎められても身バレはしないであろう。私の鞍には子爵家発行の狩猟許可札が下がっているので、領民に声をかけられることもない。

 森に入れば問題ないだろうとフードを脱ぎ、殿下と馬を並べて進む。護衛騎士は少し後ろをついてきているので、さほど気を使わなくてすんでいる。


「リアのそれは、自前の装備なのか? 革の胸当てもそうだがその外套、鉄片でも仕込んでいそうな音がしたぞ」

「もちろん私物です。外套もヴィンス様の仰る通り、野盗に襲われても切り抜けられるようにと祖母から頂きました」

「何かと間違っているような気もするが、身を守る術は心得ているのだったな。もし私が申し出をしなかったなら、市井に紛れて冒険者にでもなっていたのか?」

「どうでしょうか。淑女教育は一通り終わっていましたし、時間潰しの面もあったのは事実です。ですが、政略結婚をさせられるくらいならば家を出てしまおうとも考えていました」

「私はリアの自由を奪ってしまったのだな。いや。もしリアが自由を望むならば、遠慮せず言って欲しい。私はこれ以上、君を苦しめたくはない」


 殿下の言われる自由は、定められ押し付けられる重責が無い事だと思える。けれども平民なら、冒険者なら自由なのかと言えば否である。日々の生活に追われ、下げたくもない頭を下げ、プライドさえかなぐり捨てて家族を守らなくてはならないのだ。


「全てにおいて自由な者など居りません。私の望む自由は、人を慕う自由です。その為にならば多少の不自由などなんとも思いません。ですからヴィンス様、どうか私を縛って私に縛られてください。どうぞ末永く私をお傍に置いてくださいませ」

「あぁ、必ず。必ずあの者の企みを潰し、老いてなお手を携えて進んで行こう」


 そうこうしている内に日も高くなり、遠慮する護衛も混ざってもらって昼食をとる。「美味い」と殿下に褒められ、その場で焼き菓子まで広げてしまった。協力して仕留めた鹿は、その日の晩餐に並んでブラウムを驚かせることが出来た。

 殿下が一番驚かれたのは私の装備でも手綱さばきでもなく、ましてや弓の腕でも料理の美味しさでもなく、馬上でリンゴを丸齧りしていたことだった。物欲しそうに見ていたので半分まで食べたリンゴを笑顔で差し出すと、顔を赤くして受け取って食べてくれたのは家族には内緒だ。ちらっと見た護衛はそっぽを向いていてくれたので、広まることは無いだろう。


 逆プロポーズみたいになってしまったけれど、殿下からハッキリと言葉を貰えた今日と言う日は、これまでで一番大切な想い出となった。


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