訣別のたくらみ
上級生からの食事の誘いを丁寧に断って、クラスメイトであり同じ婚約者候補でもあるヒルダ・ダルトン伯爵令嬢と昼食をしに、食堂のテラス席へとやって来た。
前世ほど仲が良くなっていないのは、上級生に構われているだけでなくアイリス・ウィンザードの横槍のせいだった。彼女は取り巻きを使ってヒルダ様をグループに取り込み、その中で孤立する直前の状況に置いていた。声をかけようとすれば取り巻きが邪魔をするので、親交を深めることが出来なかった。
ただこの前の警告以降、次の手に忙しいらしく包囲が緩んでいたこともあって、食事に誘えるほどまでになっていた。
「ヒルダ様は学年末試験をどうなさるおつもりでしょうか」
「どう、とは?」
「実は私、二年時の基礎授業の内容を予習してしまっていて、一学年スキップしようと思っているのです。先生に確認したところ学年末試験で上位十五位、ですからクラスが落ちない点数を取っていれば二年生の学年末試験が受けられるそうで、そこでも三十位以内であればスキップできるそうなのです」
「それで私にもスキップのお誘いを?」
「そうです。アイリス様と同じ学年を続けるのが少々苦痛で、一学年上がってしまえばシェリル様もいらっしゃいますし、その方が楽しいかなと」
スキップしたからと言え、五年間在学しなければならない事に変わりはない。浮いた一年を他国への留学に充てる、選択授業の延長として研究に没頭するなど、時間を有効に使うために基礎学科をスキップするのだ。私たちの場合は嫁ぎ先で、女主人として人を使うためのノウハウ習得に充てられる。なにしろ王太子以外は公爵位を賜るわけだが、本来であれば居るはずの先代が居ないので苦労は目に見えている。
ヒルダ様の場合は選ばれなかった場合も考えると、スキップすることが良いとは言い切れない。それでも折角ならしがらみを切ってもらって、新しい環境で親交を深めたいと思っている。
「そうかもしれませんが、アイリス様もスキップしてしまわれますと変わらないのでは」
「そうかもしれません。ですが、学年トップのアイリス様なら、二学年分スキップするのではないでしょうか。そうすれば殿下と同じ学年、ともすれば同じクラスになる事を望むと思うのです。それに、スキップした先でもAクラスに入れる自信はさすがにありません。ならば、クラスは違ってくるでしょう。よろしかったら、お勉強のお手伝いもさせていただきますよ」
ヒルダ様は少し冷めてしまった紅茶に口をつけ、しばし考えて答えをくれた。
「時間が心もとないですが、その提案をお受けいたします。スキップまでは考えていませんでしたが、確かにこの一年の授業は復習程度の内容で、二年時の予習も行っていました。不安な部分だけでも教えていただけると助かります。それに、仲良くしていただけると嬉しいです」
「私の方こそ。女性が選ばないような選択科目ばかり取っていて、友達と言える方がいないものですから、友達になっていただけるのなら嬉しいです。ぜひ私の事はマーリアとお呼びください」
「ではマーリアさんと呼ばせてもらいます。私の事もヒルダと」
「はい、嬉しいですヒルダさん」
こうして、明日の放課後にはヒルダと一緒に申請をしに行くことになった。
アイリスは今日の放課後にでも申請を出すだろう。すぐ後ろのテラス席に、彼女の取り巻きの一人が座っているのは分かっていたし、あえて聞こえるように話もしたのだから。
私たちが席を立てば報告に行くだろうし、先生にも確認するだろう。おそらく彼女の性格ならば、今日の放課後に申請を出しに行くはずだ
翌日、登校してすぐに向けられた彼女からの視線で、申請を出しに行ったことが窺えた。ならば予定通り、ヒルダを誘って今日の放課後に申請を出しに行こう。
「おはようございます、ヒルダさん」
「マーリアさん、おはようございます。昨晩、両親に話をして了承をもらえましたから、今日の放課後に申請しに行きましょう」
「そうですね。そのあと時間があるようでしたら、図書室に寄って学力の確認をしませんか? 教科書の用意もしてきていますので」
「はい。私もそう思って教科書を持ってきましたから、大丈夫ですよ」
放課後に二人で申請に行くと、昨日にも同じように申請に来た生徒がいたと話してくれた。先生は三人の関係をご存じで、アイリスだと名前も出したうえで、二年分のスキップだとも教えてくれた。
この先生は子爵家の未亡人で、嫁ぎ先には姑は居なかったそうだ。詳しくは話さなかったけれど、ご主人が幼い頃に家を出てしまわれたのを知っていた。だからだろう、嫁いだ際には侍女頭が女主人の代わりをしていて、なかなか馴染めずに苦労したと愚痴を仰った。
「どなたがベネディクト殿下に嫁ぐか分かりませんが、新領地の公爵夫人として初めから仕切らなければなりません。その覚悟も必要です、人を使うのに慣れる必要があります。スキップして浮いた期間、しっかりと公爵家に行儀見習いとして仕え、女主人としてあるべき姿を学んでください。しっかり頑張るのですよ」
変に激励されてしまったけれど、二人して頷いてハッキリとお礼を述べた。
その後で図書室に寄ったけれど、ヒルダも問題なくAクラスに行けるほどの知識を持っていて驚いた。これなら来年は、シェリル様と三人で同じクラスになれるかもしれない。




