彼女からの警告
基礎課程の授業が終わり、空き時間を利用してエラのブラッシングでもしようと、厩舎の方へ向かおうとしていたところで腕を掴まれ、空き教室に引きずり込まれた。
そろそろ来る頃だと思ってはいたけれど、こうも強引に二人きりになろうとするとは思わなかった。油断をしていたわけではない。実際、気を張っていたから掴まれた際に彼女だと判ったし、引き込まれた先に他の人がいないのも確認できていた。
脊髄反射を抑えるためにグッと腕に力を入れたので、彼女には恐怖で硬直したように感じているかもしれない。
「な、なに! だれ!?」
何もできないこれまでの私を装って慌ててみせると、床に座らせるかのように突き飛ばされ、鬼の形相で上から睨みつけられた。
「あんた! なんでハーレムルートなんかに入っているのよ! 隠れサポートキャラのジャックまで味方に付けて! それとも記憶を持っているとでも?」
「はーれむ? きゃら?」
「なんで攻略対象全員と仲良く飯食ってるかって聞いてるの!!」
どうやら、怒りに我を忘れて被り物を忘れてきてしまったようだ。
「えっと、落ち着いてくださいますか? あの……。ジャックは従兄でして、私が五歳の頃から近くで育ったものですから、今でも仲良くさせていただいています。質問の意味が良く分からないのですが、記憶を失ったことは有りませんので、持っているかと問われると、持っているとしか言いようがございません」
「殿下たちとの食事は!」
「地理の選択授業後にセドリック様と議論したことがございまして、その事でハワード様から昼食のお誘いを受けたのです。勿論、二人きりではなくシェリル様やブライアン様も同席で食堂でのことです。田舎者ゆえ考え方が珍しいのでしょうか、その後もお誘いいただくことがございました」
「なんでオマエなんかが、セドリック様と同じ授業を受けているんだよ!」
「選択教科とダンスの授業は、その成績で学年を問わずクラス編成されますのはご存知でしょう。ダンスはジャックと同じクラスですし、経済学はコンラッド様と同じです。乗馬はたまに殿下が参加なさることもございますし、シェリル様も来年から乗馬を始めるとか」
シェリル様も愛馬を王都に連れてきているとの事だけれど、横乗り用の鞍しか用意が無いそうで、普通の鞍を用意させているらしい。それが出来たら来季から乗馬の授業に参加されるそうだ。なんでも、実家に戻ると男性陣は狩りに出ることが多くて寂しいらしい。
それはさて置き、私に前世の記憶がある事はできるだけ伏せておきたいので、その辺は惚けてやり過ごしておく。それよりも、聞いたことのない単語が多い理由を知りたいと思った。
「あの。『はーれむ』とか『きゃら』とはどういった意味なのでしょうか」
「ふーん。転生者、ではないようね? 記憶も無さそうだし、好感度イベントが出たわけでも無さそう。いいわ。好感度を上げるイベントはまだあるでしょうから、これまでの事は不問にしてあげる。しかるべき時までおとなしく婚約者候補で居なさいな。最後に笑うのは私なんだから」
やはり私は彼女の希望を叶えるための、贄。
婚約者候補で居続けなければならないのは、デビュタントで魔力暴走を起こさせるためなのだろう。なら、なおさら魔力が無いことを、魔力を吸い取ってしまうことを隠し通さなければならないし、魔力量が多いゆえに制御ができないのだと思い込ませておく必要がある。
「よく解らないのですが、それは王家が決めることですし、私が選ばれる可能性は低いと思っています。魔力が多い事で目に留まったのでしょうが、未だにそれを制御することが叶わずにいて、この様にブレスレットを身に着けていなければならないのですから」
「ふん。せいぜい身の程を弁えておく事ね!」
そう捨て台詞を吐いて、アイリス・ウィンザード公爵令嬢は出て行ってしまった。
そっと、スカートの上から脛に巻いてあるナイフに触れる。目を閉じて心を落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がって深く息を吐きだす。
「大丈夫ですか?」
開いたままの扉の外から声だけが問うてくる。
「大丈夫よ、ありがとう。聞いていた通り、乱暴されたわけではないわ。会話の内容は殿下に伝えてください」
廊下に出ても、そこには人の姿も気配もない。けれども、常に誰かが付いていてくれているのだと、言われていたことを実感した。そう、婚約者の資質をどのように確認するのか、彼女も気付くべきなのだ。まったくの悪手である。
私は決して屈しない。殿下が、その手の者が私を守ってくれているのだから、臆することなく頑張っていこう。




