元婚約者との昼食
法律と歴史は切っても切れないものだと言われる。
そも法律は問題が起きないように、または問題が繰り返されないように定められる。貴族が平民を従わせるためだったり戦勝国が敗戦国を従わせるためだったりと、それは全ての者が納得する正義など微々たるもので、いかに勝者が利を得られるかを定めている。
いえ、決して法を盾に暴利を貪るとかの話ではなく、だからこそ歴史を深く掘り下げる事から背景を学び、正しく理解し運用する必要があるので切れない関係だと思っているだけだ。
王子殿下として、後の王弟として国政に携わるヴィンセント殿下を妻として支えていくには、法も歴史も深く知る必要があると考えたので授業を選択していた。実際、家庭教師からもかなりの知識は得ていたし、末は国の重鎮となるべき者が多いことから、あながち間違えてはいないと思う。
母方の実家であるテンパートン子爵家は、且つては遊牧の民であった。特に馬の飼育にたけて騎馬戦を得意とする事から、いろいろな国との繋がりがあったそうだ。時には取引先として、場合によっては傭兵としてこの国に関わる中で、飼育により良い領地を賜るに至った。
その際に交渉にあたったのがトンプソン公爵家であり、領地替えさせられたのがダンヴィル侯爵家であったそうで、それ以降は両家に対し優秀な馬を優先的に提供していた。土地に歴史ありとはいい言葉だと思う。
そんな歴史的背景もあって従兄のジャックは、ダンヴィル侯爵家のブライアン様やトンプソン公爵家のハワード様、シェリル様と面識があった。
「セドリックを凹ましたそうじゃないか」
あの一件の翌日、午前の授業を終えて片づけをしていると、教室の外から声をかけられた。
「思ったことを申し上げただけで、その様な意図はございませんでしたが、ご本人に思うところがございますのなら、生意気な口をきいてしまった罪悪感も薄らぎます」
「ジャックウィル殿から聞いていた通り、おとなしそうな顔で辛辣なことを仰る。ところで、差し支えなければ食事をご一緒いただけないだろうか」
「公爵家の方のお誘いとしても、二人でとなるとご遠慮いたしたいのですが」
「ふむ。では初めから仕切りなおそう。私はハワード・トンプソンと申します。マーリア・プロミラル嬢とお見受けしますが、我が妹シェリルがマーリア嬢と食事を望んでおりまして、私とブライアン・ダンヴィルが同席いたしますがご都合は如何でしょうか」
「マーリア・プロミラルです。喜んでご一緒させていただきますが、エスコートをお願いしても?」
わざとらしいやり取りの末、今日の昼食は食堂の奥まった席へと誘われる。たしか婚約者であった時も、初めて食堂を利用したときは彼にエスコートされたはずだ。
既にブライアン様とシェリル様は席についており、ハワード様に椅子を引いてもらって着席する。目立たない場所と言うわけではないけれど、隣との間隔が広く取ってあるので話を聞かれにくい。
簡単な挨拶を済ませたところで、さっきの話の続きが始まる。
「この場は家格にとらわれず、ざっくばらんに行こうじゃないか。で、よくぞ凹ませてくれたと感謝したくて呼んだわけだが、まさか断られるとは思わなかったよ」
「ほぅ。次期公爵の誘いも断るとは、既にベネディクト殿下の婚約者のつもりかな」
「そのような言い方は貴方の品格を落としますわよ、ブライアン様。マーリア様は婚約者候補として、節度をもったご対応をなさったのでしょ」
シェリル様とはお茶会で数度お会いしたことはあるけれど、前世では未来の義妹として可愛がってもらった事もある。ふんわりした容姿にかかわらず思ったことはハッキリ口にするところは、さすが公爵令嬢だと納得させられる。それでいて夢見がちな恋愛観を持つ乙女な一面も持ち合わせるものだから、年下の女生徒からの人気が高い。
「田舎で育ちまして、同年代の異性と接する機会などほとんど有りませんでしたから、気後れしてしまったのです。それに、お友達を悪く言ってしまったので、仕返しでもされるものと」
「それは暴力に訴えられると思われたって事だろうか」
ハワード様が纏う雰囲気が一気に冷えたものになる。笑顔のままだが、目が笑ってはいない。
「いえ。セドリック様に言いたい放題したのに、同じ議題で論破されるのが怖かっただけです。ハワード様なら、議論に性別や年齢など考慮なさらないだろうと思ったものですから、簡単に論破されてガッカリされたくはなかったのです」
「ハワード。お前の負けだよ。いやはや、殿下からは妄想へ、いや空そ。もとい夢見がちな少女だと聞いていたのだが、実にしっかりしたお嬢さんだよ。よろしければ今後も、親しく話をさせていただきたいが如何だろうか」
割り込んできたブライアン様の言葉で、ハワード様が矛を収めてくれた様子に場が緩む。その後はすぐに料理が届き始めて、なごんだ雰囲気のなかで食事も会話も進んだ。
途中からこちらに探りを入れてくる様な話題もあったけれど、差しさわりの無い回答でしのぎきった。ハワード様ともブライアン様とも婚約者であった前世をもつものの、学院内でこれほどまでに砕けた会話をしたことは無かったと思う。それは立場が変わったからなのか、シェリル様がちょうど良い緩衝材になっているからなのか判らなかったけれど、久し振りに心地よい昼食だった。
これを機に殿下やセドリック様、コンラッド様と昼食を共にする機会も増えたのだけれど、当然ながらこの行為は彼女に知られることになった。




