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宰相閣下の息子

 経済学はスキップして三年生の授業に混ざっている。

 もう一学年上がってもよさそうだとは言われたけれど、基礎的な部分で抜け漏れが心配だったので、教師陣と相談のうえでこの学年に落ち着いた。基礎部分が抜けている訳は、話を合わせるために独学で知識を詰め込んだせいもある。

 前世で婚約者でもあったパーセル公爵家次男コンラッド様は、他国の文化に興味を示されて幼少期より良く学ばれていたそうだ。学院に入学した後は特に経済学を専攻し、貧富の差が激しいこの国をより豊かにすべく、卒業後は諸外国を旅されたりもしていた。

 当時の私は、そんなコンラッド様を支えられるような妻になるべく、自宅の図書室に入り浸っては経済学の本を読み漁った。「女がそんな知識を得て……」なんて陰口も気にせず、学院の先生を捕まえて質問攻めにしたことさえあった。


「マーリア嬢は、経済学の知識をどう生かすつもりなのだろうか」


 初めての授業で自己紹介が済むと、隣に座られていたコンラッド様から質問されてしまった。別に好きで隣に座ったわけではないのだけれど、スキップしてきた学生が私とコンラッド様だけしか居らず、ましてや女生徒が私だけの状況では彼の性格や立場から必然だった。


「お恥ずかしい話なのですが魔力の制御が不得手でして、それもあって田舎暮らしが長かったのです。そこは国内有数の馬の産地なのですが、領民が特段潤っている様子もなく。どうやら育つまでには沢山のお金がかかるようで、安く育てるか高く売る方法でもないものかと……」

「生き物相手は難しいのだろうな。ところで、田舎と言ったが好いた者でも居たのだろうか」

「それは答えないとならない質問でしょうか」

「いや、そうではない。その、殿下の婚約者候補と聞いていたものだからつい」

「伯父の領地ですが、家族も使用人も領民も皆が優しく接してくれました。ですので、恩返しになればと思っているのです。もう一学年上ならば従兄も居ますので、立場を抜きにして協力し合えたでしょう」

「あぁ。ジャックウィル・テンパートン殿だったな。では今年頑張ってもう一学年スキップするといいだろう」


 こうして前世で婚約者だったコンラッド様とは、今世は机を並べて学ぶ関係になった。もっとも、護衛や監視の任も申し付けられているだろう事も解ってはいるし、前世を引きずる気持ちもないので良い関係が築けるかと思うと嬉しさが湧いてきた。


 コンラッド様は人の裏表に鈍いところがある。宰相閣下もそれはお分かりの様で、公爵家を継がせるつもりはないと身内には公言していた。彼はその評価を受け入れてはいないようだったけれど、第三王子殿下を支える忠臣として生きる道を選んだ。

 ベネディクト殿下は順当にいけば辺境伯として南方を治める予定になっている。彼の地は一年を通じて温暖な気候で、海洋貿易の中心地でもある。故にコンラッド様は他の側近方にはできないお役として、経済を学ばれている。

 ネックになるのは人の裏表に鈍いところだが、それは卒業後に克服できることでもあるので、その際に注意しなければならないことを、半年も過ぎたころから記憶に刷り込もうと頻繁に会話をするようになっていた。だからだろうか、少々不審に思われたのかもしれない。


「マーリア嬢には、私は危うい人間に見えるのだろうか」

「失礼ながら、危うい一面をお持ちだと思っています。ベネディクト殿下を経済面で支えられるように、と勉学に励まれているように見受けられますが、コンラッド様はお優しすぎると思うのです。悪い事ではないのですが、時に人は悪意をもって接してきます。お金や発言力を得ようとする者は、それをもつ者に悪意をもって擦り寄って来ます」

「私には隙があると思うのだね。それが延いては殿下に迷惑をかける事もあると」

「そこまでは申しませんが、宰相閣下へご相談なさってはいかがでしょうか。その地位から有用な方を味方につけ、悪意ある者から王家や国を守られているのでしょうから」


 この時期、お父君から見放されたと思い込んだコンラッド様は、家族と壁を作ってしまっていて、特に宰相としてお忙しいお父君とは疎遠になっていたはずだった。被害妄想と言うのだろうか、宰相閣下は己が立場から殿下方やその側近方と深い話をしないようにしていて、学生時代くらい気ままにすれば良いとの思いが、息子であるコンラッド様にさえうまく伝わってはいなかった。

 どの前世でもコンラッド様は、彼女以外の婚約者と決してうまく関係を築けているとは言えなかった。傍から見れば愛の無い政略結婚の見本のような関係だ。今世でも婚約者は変わらず居られるのだから、少しでも二人のお力になってあげたい。そんな思いから、差し出がましいのだけれど意見を言わせてもらった。


 差し出がましい事をコンラッド様にお伝えしてしばらく経ったある日、いつもより早く帰ってきた父が手土産を携えていた。珍しい事もあるものだと母と話していると、手紙と一緒に私に差し出してくる。


「宰相閣下からマーリア宛の品を預かってきた。茶菓子はご家族でとの事だった」

「私に、ですか? いただく覚えが無いのですが」


 とりあえず手紙に目を通そうと、応接室に移動して封を開ける。


 初対面にもかかわらず手紙を出したことへの謝罪から始まる、便箋4枚にも及ぶ手紙を要約すれば、コンラッド様とのわだかまりが緩和された事への感謝だった。

 軽くアドバイスをした程度なのに、随分と大げさなものだと思う。強いて挙げるとするならば、かつて愛そうとした人が繰り返し不幸になるのは見ていられなかっただけで、自己満足の部類なはずだ。


 それでも。

 彼も王家を支える忠臣の一人なのだから、節度ある良き関係が築ける限り、この関係を維持していこうと思う。


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