学院への入学
晴れ渡る中、運命を左右する学院の入学式が行われた。
王城に隣接する王立センテシス学院は五年制で、数えの一三歳になると入学することになる。もっとも、貴族の子息令嬢しか入学資格は無いのだが、平民でも飛び抜けた才をもつ者は養子縁組をされて入学してくる。
今、この国では爵位を取り上げられることはあっても、叙勲を受けるチャンスなどほとんどないに等しい。戦争で勝利でもすればまた違うのであろうが、ここ数年の情勢を鑑みれば期待するだけ無駄である。
貴族として暮らしてくれば、爵位を取り上げられてしまうと生活することさえ困難となるのだから、家督を譲る者の選定はより優秀な者に限られる。選定から零れ落ちれば、騎士になるか傘下の商家に入るしかなく、それさえ叶わない者は平民として縁を切られ、逆に平民でも養子となって家督を継ぐこともありえる。もっとも、元をたどれば貴族だったという者がほとんどなのは魔力量のせいだろう。
令嬢とて嫁ぎ先が限られる以上、より優秀な家に嫁ぐために必死にならざるを得ないし、嫁ぎ先に拘らず侍女としての道を最初から選ぶとしても狭き門だ。厨房に入る事なく育つので、平民落ちだけはどうしても避けたいのはだれしも思うことだろう。
例外があるとは言え貴族の子供など所詮、親の老後を支える道具でしかないのだ。
貴族の子は幼少期より才を伸ばすために家庭教師が付くが、比較基準が無い中では競争心が養えない。そこで、学院に入学することで自身のレベルを確認し切磋琢磨し、良き伴侶との縁をつなぐことになる。学院での出来不出来が自身の将来を大きく左右するのだから、不真面目な者などでようはずもない。
事前に学力テストを受けていて、その結果に合わせてクラス編成がなされている。私は既に卒業規定相当以上の学力があるが、そこは少しばかり手を抜いてAクラスの下の方に収まった。同じクラスには、ヒルダ・ダルトン伯爵令嬢とアイリス・ウィンザード公爵令嬢が居るが、令息十名の令嬢五名と男性の比率が高い。
学年全体でみると、八十四人の新入生のうち五十六人が令嬢である。続けて誕生した王子の妃にと、励んだ故か養女が多いのか判断は付かないが、クラス決めの結果で言えば後者が多いのかもしれない。
「ごきげんよう、マーリア様。同じクラスになれてうれしいです」
「ごきげんよう、アイリス様。よろしくお願いいたします」
できるならば彼女とは距離を置きたいけれど、アイリスから寄って来るので無下にもできない。選択制の授業が多いので、彼女と被らないように注意しようと思う。
調査の結果、彼女はアリステル・パーマメント子爵令嬢ではない事が判明している。しかし、アリステル様の絵姿を見る限り、前世に居た彼女とは全くの別人であるし年は一歳下だった。強制力か彼女の知略故なのか、どこかで入れ替わっていることは間違いないだろう。
「アイリス様は選択科目を決められましたか」
「はい。歴史とピアノの二つです。第二王妃殿下より王宮への招集が多いと伺いましたので、その位にしないと」
「まぁ。私にはお声も掛かりませんでしたので、たくさん受けられると喜んでおりましたの。ですが、お呼びがかかるとなると諦めないといけませんね」
「いえ。どうやら呼ばれているのは私だけのようで、上位貴族として足らないものがあるとか。王妃様の、一族の恥にならぬようにとのお心遣いのようですわ」
「そうなのですね。私は乗馬や経済、地理、法律を受けようと思っています。魔力は安定しませんし、女性としての魅力も他の候補者の方より見劣りします。選ばれる見込みが少ないので、田舎領主の妻くらいは務まるようにしておこうと思いまして」
「ならば、候補者を降りればよろしいのではなくて」
「王家に逆らうわけにも参りません。粛々と立場を受け入れるのみですわ」
これが通れば彼女と選択教科は被ることは無い。更には魔術の授業は個別になるし、ダンスの授業は人数比の関係で上級生と同じになる。同レベルだったとしても手を回してもらえるだろう。なにせダンスのエバンス先生は、領地のダンスレッスンでお世話になったクラベル女史の教え子で、長期休暇で遊びに来られた先生と踊って褒められたこともある。
選択授業については別個にテストを受けることになる。クラス分けの為でもあるが、スキップ制度があるので、上級生との授業というのもあるのだ。
私はここに関して手抜きは一切しなかった。少しでも早く彼の隣に立つには、在学中により専門的な知識を得る学術院の推薦を受ける必要があった。勿論、無理はしないで欲しいとは言われているけれど、基本授業が飽きるほどの復習でしかないので我を通させてもらった。
魔術の個別授業は王宮内の訓練場で、ヴィンセント殿下自らが講師を引き受けてくれている。もっぱら彼の公務を知り、サポートするに必要な知識を得る時間となっている。
二人きりとはいかないので甘い雰囲気にはならないものの、心安らぐ貴重な時間となっていた。




