最後のルート
ハッと目を覚ませば、薄暗い視界に飛び込んでくるのは見慣れているものの違和感のある天蓋だった。
『また、この時に戻ったのね』
汗びっしょりの寝間着が張り付く不快感より、首筋を通り抜けていった硬質な冷たい感触が心を凍らせる。これで四度目のやり直しだが、望んで人生をやり直しているわけでもない。それでも、冤罪によって斬首刑に処され続けている事を恨んだ事などもない。その時を精一杯生きてきて、家族を守れて逝けたのならある意味本望だと言えるのだから。
何も思うところがない訳ではなく、悔しい気持ちは当然ある。それでも回避できないで繰り返して来て、これが最後の生だと言うのであれば早く楽になりたいと思ってしまっても仕方ないだろう。
彼女が言うには『お約束の断罪』と言うのだそうだ。
その生の時々で属性は違うものの、在学生では五指に入るほどの魔力量と随一の制御精度を兼ね備えた私は、十三歳で学院に入学するまでは順風満帆の人生を送っていた。
我がプロミラル伯爵家は建国より三百有余年、司法を司る要職を賜り国に尽くしており、現当主である父も国王陛下の信頼が厚い。どの貴族派閥にも属さずに法の裁きを与えられるのは、他国との血縁関係による後ろ盾が強いからできる事で、祖母は隣国トッターナの第三王女であり稀代の魔女と謳われたマーリア・エリス・パレ・トッターナ。
祖母が亡くなった翌年に生まれた私は、その偉大な名をいただきマーリアと名付けられたが、学院を卒業した日のデビュタントで冤罪により拘束され、斬首刑を受けて十七年の生涯を閉じる。それなのにこうしてまた、五歳からやり直しを強制されているのだ。
「これで最後にしてあげるから安心してね。次こそが本命なの。面倒よね、殿下の学友四人を攻略しないと本命のルートが現れないのだから。だから次が最後。これまでも私の為に死んでくれてありがとう、と最後だから言わせてもらうわ。転生贄の役目ありがとうね、悪役令嬢様」
枷で魔力を封じられ最低限の食事のみ与えられたボロボロの私に、鉄格子越しにそう言いに来たアリステル・パーマメント子爵令嬢は、さも愉快そうに笑顔を向けると高笑いを残して去っていった。
彼女は知っていたのだ。いや彼女が仕組んだのだ。この後の私が垢まみれでボロを纏い、家族との別れもさせてもらえないまま斬首されるのを。広場で石を投げつけられ、引き摺られている間は憎しみで溢れていた。けれど、こうして最後の生のやり直しに至った今は、不思議と心が凪いでいた。
この次の生が例えまた十七歳で同じように潰えても、それで輪廻の輪に戻れるのならばよかったと思うようにしよう。
もう報われない人生は、嫌だ。