青春はサワー色に輝く
町は夕暮れ時。
今日一日、りんごしか食べていないので、通りの食堂から漂ってくる、肉や野菜の焼けた香りがたまらなくなった。
レンガ造りの道を進む。
道行く人の服装は、古代の西洋風……指輪物語の映画や、RPGで見たような、質素な柄の布の服を着た町民とすれ違う。
風呂に入る頻度も低いのだろう、仕事終わりらしい男とすれ違うと、強烈な酸っぱい匂いがすることもある。
近隣住民の生活雑貨を売る店、
仕事終わりの独り身親父に軽食と酒を提供する店、
日持ちのする果物や乾かした肉や野菜、豆を売る店。
見たこともない香辛料?を瓶詰めにして売る店もある。
通りなれた道らしく、すれ違う人々を滑るようにかわしながら、先に先に歩んでいく。
俺はとはいうと、店への興味が押し殺しきれずにあちこち目をやり、すれ違い人々と肩を何度もぶつけていた。
(その時は思いが巡らなかったが、どうせ豆一個買うお金は持ち合わせていなかったのだが)
目移りしながら進んでいくうち、はっと気がつくとユミルが止まっていた。
[飯屋のねどこ]という奇妙な名前の、3階建ての建物に入っていく。
この通りはどうにも下町らしく、指一本入るかどうかも怪しい隙間もなく、道の両脇に石造りの建物がギチギチに詰められている。
ぶくぶくに太った猫も、すっかり人馴れをし、まるで住民ズラをして道の端を歩いているので、このあたりはそもそも飯屋や宿屋の多い地域らしい。
店の中に入ると、
まだまだ忙しさの本調子の雰囲気はないものの、仕事上がりの親父がぞろぞろと入りつつある。
わずかな酒でカウンターに根を生やしていたであろう貧乏親父たちは、あたりの状況を察して、グラスの底のわずかな酒を飲み干しつつ、のっそりと立ち去っていく。
こういう雰囲気は、どうもどこの世でも変わらないらしい。
「あいいらっしゃい!」
筋肉に包まれ、うっすらと脂肪を帯びた大柄なおばさん。店主……というか、少女ユミルの母親だろうか。
「どこでも好きなとこ座んなさい!」
よしそう言われたら飲むしかない。じゃあ一杯飲むかと座ると、店の奥の階段から騒がしい音が聞こえだした。
「コラァ!! 母さんその人が手伝いの人間だよ」
ユミルである。「まかないでもないものを食わせるなんてもったいない」とボソリと付け加えやがる。
「わかってるよだからさ。どうせ地獄を見て貰う前に、一杯と飯くらいは食わしてやろうじゃないのね、兄ちゃん」
お、はい…… と情けない返事しかできなかった。
こんな世界に労働契約書などあるわけもなく、おそらくは奴隷並の激務が待っているのだろうと覚悟を決めながら、それはそれは美味しい芋の煮物と、甘いサワーを飲んだ……
○○
正直、それからの1週間はまたたく間に過ぎた。
余計なことを考える暇さえなく、筋肉痛で傷んだ腕をさらに動かし、腱が切れそうになったところにさらに芋の山盛りを抱えて昇天しそうになる。
文字からは想像もできないメニュー、おっさんたちの呂律の回らない注文。
必要最小限のことしか話せない女将さん(仕事外では優しいのだが)。
なんと2~3階にあるという宿屋のメンテナンスと
厨房の調理以外のことを何もかもこなしながら走り回るユミル。
俺は皿洗いとメニュー取りから飯の運搬、空気も読まずに次々と入ってくる客たちの面倒を見て走り回る。
それでも不慣れだろうと、しっかり10時間寝させてくれる。
野菜やら何やらが積まれた薄暗い倉庫。どうしようもなく土臭く、床もカチカチだが、そんなことを気にする余裕も無い。
これならば森に放置された方がマシだったんじゃないかとよぎることもあったが、眠気がそれ以上の深い思考を巡らすことを許さない。
あっという間に7日間が過ぎ、次の日曜日である。(この辺の曜日は伝統通り?地球と同じらしい)
さあ、遊んでおいでと女将さんは送り出してくれたが、身体はというと油を挿したいくらいギリギリ痛む。
寝たまま野菜倉庫で一日過ごすのも悪くはなかったが、それでも来るときに見た町の風景が忘れられず、
興味に負けて町へ繰り出したのである。