06 心の準備も必要です
今回短めです
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男は急いていた。
あの日誓った言葉を守るために。
「この計画が実行されてしまえば、かならずあの子はアイツの元に連れていかれる…それだけは防がなければ」
何を企んでこの計画が立てられたのかは知れぬがその前に何としてでも、この計画を逆手にとってもこのシナリオは変えなければならない。
ギラギラと心底でうるさく唆してくる金色の影の言葉から耳を塞ぎながら男は必死に正気を保とうとしていた。
それが本当に正気なのかさえも、もう男には分からない。
遠く、遠くの景色。
もうぼやけて影に飲み込まれかけているその面影をいつまで覚えていられるのだろう。
あの日起きた事だけは忘れる事すら出来やしないのに。
金色の嘲笑う影は今にも全て飲み込もうとしている。
『キミのその五文字も綺麗に飲み込んであげる。だから早くここまでおいでよ』
「……聞こえないな。」
自分が自分という存在である証明、そのたった五文字の名でさえ影は飲み込もうというのだ。
遠からず自分はその金色の影に塗り潰されてそいつの影に成り代わってしまうのだろうと直感的に感じている。
そんな日が訪れる前に影を塗り潰さなければきっと自分は消えてなくなる。
「…………少しだけ怖い、のか」
そんな不安からなのか、ただ現状になのか───
──────男は急いていた。
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とうとうこの日がやって来てしまいました。
どうも皆様。私、ラブラ・ドル・ライトは本日十五歳の誕生日を迎えました。
ええ、迎えてしまいました。
「いやぁ……ここまで早くないですか神様……」
言ってしまえばまだ魔法学院入学こそ来年ではあるが、本日の誕生日をもって私は社交界デビューなのだ。
つまりは舞踏会などにも出なくてはいけなくなっていく訳で。
胃を痛めつけるイベントが今後盛りだくさんという訳である。
本当に今までどうやってお茶会を当たり障り無くやり過ごしていたのか不思議で仕方ないよ全く……。
「お嬢様、始まる前から疲れ切ったお顔をなさらないで下さいませ。晴れ舞台はこれからですよ」
「無理よハウ。私は毎度の事ながら始まる前はこうなのよ、諦めて」
いざ始まってしまえばなんだかんだで最後は楽しめていたりするのだけど始まる前の準備段階ではいっそ生まれ直したいレベルで胃を痛める。
─────ああ、穴があったらめり込みたい。
今日の舞踏会では初お披露目のドレスを新調したとかで着替えを担当している使用人のミルキーが嬉しそうにはしゃいでいる。
「お嬢様は何をお召しになっても素敵なので選びがいがありましたぁ〜〜!!やっぱりとてもお似合いです!」
「そ、そう……いつもありがとうミルキー」
「ミルキーはお嬢様が笑顔でいて下さるだけで幸せですっ…!お嬢様、今日の晴れ舞台楽しんで下さいませ!」
渾身のドレスですから皆様放っておきませんねぇ!バッチリですよ!!とガッツポーズで無邪気に笑うミルキーに釣られて笑う。
私も彼女の様に今日の舞踏会という名の誕生会を楽しみに出来たらどんなにいい事か……。
「お嬢様、少しリラックスをされてはいかがですか。表情が石のようです」
「ハウ……舞踏会…欠席なんて出来ないよね……」
「誕生パーティに主役が居ないのでは意味がありません。往生際が悪うございますよ」
「デスヨネ……」
鏡に映る私の顔は酷くげっそりしている。
うっわひっどい、こんなんで人前出たら幽霊扱い受けるよ怖い。
でもラチア様やヘリオとのお茶会の直前よりはほんの少しだけ気持ちは軽かった。
いや、緊張するものは緊張するんだけれどなんというかシュミレーション出来るから少しだけ怖くない。
───そうだ、私は案外本番は出来る子さ!!
「そうですね、お嬢様は本番は強くていらっしゃいますから今回も何とかなりますよ」
「うんうん、暗示でもかけないとやってられな……って今、口に出ててた…?」
「バッチリと」
「わぁ……」
もう恥ずかしいんだか頭抱えたいんだか分からなくなってきましたよ。
私達の沈黙を破るようにくすくすとミルキーは笑い始めた。
どこが面白いのか全く理解ができず、彼女を見ると笑いすぎて涙が出たのか目元を人差し指で拭いながら口を開いた。
「ほんとうに……お嬢様は元気と言いますか…明るくなられましたねぇ…ミルキーは嬉しいです…!!」
「うーん…そんなにかなぁ?」
「そんなにですよぅ!」
「ミルキー。」
「う…すみません、お嬢様!着替えも終わったのでミルキーは会場準備のお手伝いに行かなくては!」
「え、うん。いってらっしゃい」
ハウがやや強めの声でミルキーの名前を呼んだ途端、ミルキーは血相を変えて脱兎のごとく行ってしまった。
何かよくわからないけれどハウとミルキーの仲が悪いって訳ではないのよね…?
「全く……。お嬢様、御髪は結いますか?」
「うーん……そうね、お願い。」
ハウに頼むと全部を纏め上げるわけではないらしく、ハーフアップにして髪を結った。
ドレスの雰囲気によく合ったリボンもあつらえていたようだ。
「よくお似合いです。」
「ありがとう。……ねぇ、ハウは…ううん。やっぱりなんでもないわ」
きっとこれは聞くべきではないと出かけた言葉を飲み込んだ。
だって、『ハウは一体何を隠しているの?』なんて聞いた日にはこの心地の良い関係が崩れてしまうだろうから。
「左様で…ございますか……」
「ラーブーラーちゃーん!!」
ソプラノの声の後、ドタバタと音を立てながら突進するように部屋へ入り私を薙ぎ倒す勢いで抱き着いてきた人物の長く鮮やかな臙脂色の髪が私にかかる。
「ユーディア様、先程セットしたばかりですので激しいスキンシップはお控え願います」
「いいじゃない、可愛い妹の誕生日なんですもの!はしゃがずにはいられないわ!」
「うっ……ユーディア姉様…抱き着き方が強すぎ……しぬぅ……」
ぎゅうぎゅうとユーディア姉様の胸元に締め付けられた私は思わず意識を飛ばしそうになる。
意識を飛ばしそうになるとは言い過ぎかもしれないが、それだけの衝撃はあったと思う。
そんな私にハウは窘めるように私の心配ではなくセットを崩すなと姉様に言った。
セット大変だったもんねー、うんうん。
ではなく!主人の心配をしてはいかがだろうか!!
姉様専属のメイドは申し訳なさそうに私とハウを見てペコペコと頭を下げてなんとか姉様を止めようとしてくれていた。
彼女が天使に見えてきたわ……私の専属メイドたるハウとは大違いだ…。
「ね、姉様……嬉しいのは分かったからとりあえずその手離そう…?」
「ぺクト兄様の分までお祝いしちゃうんだから〜!!兄様ってば面と向かって甘やかしてあげれない照れ屋さんだからねぇ…ふふっ」
確かにぺクト兄様は私にはあまり優しくはない。
歳が離れているのも理由の一つなのだろうけれど、兄様と歳が近いユーディア姉様との会話に比べ私との会話の時は少々冷たい印象を覚える雰囲気を纏っている。
けれど嫌っているという訳では無いらしく、きちんと気遣ってくれたり心配してくれたりと優しい一面もちゃんとある。
要するに姉様が言う通り、歳の離れた妹にどう接したらいいか分からない、思春期の娘を持ったお父さんよろしくな照れ屋?なのだ。
それはまあ分かっているのだけど─────
「ユーディア姉様…!!とりあえず離して〜〜!!!」
晴れ舞台を前に姉様は私を殺す気でしょうか…