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01 第一王子にはご注意を


ご機嫌麗しゅう、皆様。


ひょんな事から転生した侯爵令嬢ラブラ・ドル・ライトでございます。

先日、唐突にやってきたハグ魔の第一王子、ラチア・コランダム王子の熱烈なハグとお城のお茶会の招待状を受けた私は両親の命令により使用人達にがっちりと捕まり、それはもう断る余地なく強制的におめかしさせられています。

そんな事だろうとは思ってはいましたが、早くも私の心は折れそう、というかもうバッキバキに折れている。

おうち帰りたい…あ、まだここおうちだわ…。

そもそもラチア様は何故、ユーディア姉様という美人の優良物件が我が家にいるにも関わらず次女の、まして年下の私を選ぶのだ。

何故か当のユーディア姉様も自分の事のように嬉しそうにしているし。

ぺクト兄様に至ってはなにあれ、号泣しているのですか…。

なにもラチア様に私が嫁ぐ事が決まった訳でもない、これはただのお茶会だ。

それにまだ私にはセレスちゃんのキューピッドとして他のルートのフラグをへし折るという使命があるのだ。

色恋ごとに自分がかまけてなどいられない。

今回のお茶会で招いてくれたラチア様には申し訳ないが彼への挨拶はそこそこに、おそらく来るであろう攻略対象達の偵察をするつもりなのだ。

学院へ入って寮生活になれば簡単には接触出来ないので、出来るだけ手広く攻略対象達とはお近付きになっておきたいところだ。


「お嬢様、大変お綺麗ですよ!これで王子様達もお嬢様に釘付けです~!!」


おっとりとした使用人の一人が渾身の出来と言わんばかりにはしゃいだ声をあげるので、ぼーっと放っていた視線を鏡に戻す。

舞踏会用まではいかないが、お茶会向きのバッチリのおめかしがなされている。

……正直、非常に行きたくないのが本音である。

しかし、そんな私の気持ちは申し合わせたかというようなやけにテンションの高い家のみんなにスルーされ、あれよあれよと現在は馬車の中。


────ほんっっとに帰りたい。


目的があるとはいえ気分が重すぎる。

何故か招待は私だけのようで、私一人で行かなくてはならない。

お茶会の経験は大体の流れが掴める程度しかなく、当たり障り無く立ち回っていたので自分で言うのは非常に悲しいが、友人らしい友人もおらず心細いのだ。

今年から社交界デビューで舞踏会にも参加しなくてはならなくなってくるのにこれではあまりに心許ない様な気もする。

これでは序盤から颯爽と壁の花と化しそうだ。

キリキリと痛みを主張しだした私の胃よ……何とか持ち堪えていてくれ。



会場に辿り着くと、そこには今まで見てきたお茶会の何倍も多い人でごった返していた。

その光景はある意味、前世の夏とか冬にやるあのイベントを彷彿とさせる。

実際のところはあそこまでの人は居ないけれど、流石は王族のお茶会だ。

これでは主催の王家の方に挨拶すら出来ないのではないかと頭を抱える。

という事は、当初の目的も全うできるか……分からない。

とにかくまずは挨拶をしなければ!と気合いを入れ直すと人の波をなるべく優雅にかき分けてラチア様や王家の方を探す。

中々見つけられないでいると、煌びやかなドレスを着た女性が視界に入ってくる。

これは間違いなく王妃様だと一直線に向かって行くと、彼女もこちらに気付いたのか視線がバッチリと合う。

燃えるような真紅の長い赤髪と自信に満ちた綺麗な顔はラチア様やラトナ様に似ている。

と言うよりラトナ様は完全にお母様譲りの容姿だ、生き写しと言ってもいいくらい。

無事に王妃様と思しき方の元に辿り着くと彼女は、美しいと言うよりは格好良い魅力的な微笑みで出迎えてくれた。


「ようこそ、本日は我が息子達の誕生日記念のお茶会にご参加頂きましてありがとうございます。私、エメリー・コランダムと申しますわ」


「はじめまして、ラブラ・ドル・ライトと申します。本日はこの様な特別な席にお招き頂きありがとうございます、王妃様。」


王妃様には見劣りするものの、優雅に挨拶をこなした……はずだ。

美しいの枠では足りない魅惑の美貌を持つ王妃様はなんと言うかもう本当に眩しい。


「ラブラ様…ああ、ラチア自らが招待にお邪魔させて頂いたあのラブラ様ですね」


なんということでしょう。

王妃様の耳にもバッチリ名前が入っていたのかちくしょうハグ王子様!!


「ご招待して頂けるだけでなくラチア様から招待状を手渡しして頂けるなんて…恐縮ですわ」


家でもそれはそれは一大事でしたから。

せめて私の事でなければ喜ばしいのだけれど、自分の事となるとかなり困ってしまう案件だ。


「折角ご挨拶を頂いていますのにラチアは少々手が離せない様子でして…主催の第二王子と第三王子にお会いしていかれますか?確か…ラブラ様とは同い年だったと思いますし」


出たぞ!攻略対象との接触チャンス!

挨拶だけでも面識は面識だ、どうせ忘れられるけど!


「ただいま戻りました、お母様。…そちらの方は?」


噂をすれば影がさすというものか、青髪の同い年くらいの青年に連れ立つ王妃様と同じ赤髪の青年がいた。

そう、つまりは双子王子のお出ましというわけだ。


「サファ、ラトナ早かったわね。こちらはラブラ嬢、来年から魔法学院に通う同い年よ。」


「はじめまして、ラブラ・ドル・ライトと申します。」


「ラブラ…ああ、ラチア兄さんが招待状を直接渡しに行ったっていうあのラブラ様ですね」


王妃様に続き、サファ様までも知っているなんて何事なのだ本当に。

非常に人当たりの良い笑顔を称えるサファ様なのだが今の私にとってはひたすらに胃を痛める笑顔だ。


「ラチア兄さんも奇特だな、年下が好みなのか?」


「ラトナ兄さん、人の好みに口出ししちゃダメだよ。それにラブラ様は同い年にしてはお綺麗だし、ラチア兄さんが気に入るのも分かるよ」


サファ様にまさか褒められるとは思わず、驚きのあまり目をひん剥いてしまう。

ひん剥くと言っても見開く程度にお上品にだけども。

ラトナ様はとりあえず…ゲーム通りの方ですね。

正直、仲良くなる前のラトナ様は本編でも苦手な部類の人だった。

サファ様あってのラトナ様といった感じで、彼らのルートは既に彼らの世界が作られていた覚えがある。


「ともかく…同い年ですし、学院でもしお会いすることがあればよろしくお願いしますね、ラブラ様」


「こちらこそよろしくお願いしますわ」


ニッコリと王子様スマイルを前世で培った営業スマイルで受け止める。

完全にラトナ様にはアウェイを受けているのか全く視線も言葉も受けないというかサファ様しか話していないので、軽く挨拶をサファ様と交わすと二人はそのまま他の方に呼ばれ、立ち去って行った。


「素っ気ない態度の息子で申し訳ありませんわ、ラブラ様。ラチアはまだあの通りですので手すきの頃合をみて挨拶をして頂けますかしら?あの子、今日の日を楽しみにしていたようだから」


王妃様は優雅にそう言って微笑みながら視線をラチア様のいるであろう方向を見る。

釣られて私もそちらを見ると大勢の人に囲まれるラチア様がいた。

これは確かに、私一人が挨拶のために呼びつけたり突っ込んでいくのは忍びない。

大人しくタイミングを見計らって行こう。


王妃様に挨拶を済ませその場を立ち去ると、私は攻略対象の人物が居ないか探し始める。

いた所で自分から話しかけていいものかと思うのだけれど。


「うーん……人が多いなぁ…」


人混みの中きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていたせいか、少し人酔いしてしまったようだ。

ずっと緊張で胃が痛かったのもあってか思いのほか症状が重く、急速に気分の悪さが襲って来る。

これはまずいかもしれないと端の方に寄ると、ドレスが汚れないようにしゃがみ込んだ。

少しすれば良くなるだろうとぼんやりとしていたのだが、よくよく考えればみんなが立っている中、一人だけ蹲っていれば目立ってしまう。

徐々に視線を感じるようになってきた。


「あの…大丈夫…ですか?」


おずおずとした口調で蹲る私に親切にも声をかけてくれた誰かに返事をするべく顔をあげると、そこにはどこかで見たような翠の髪が輝いていた。


「ご心配をおかけてして申し訳ありませんわ、もうこの通り!大丈夫です」


先程よりもだいぶ楽になったのですくっと立ってみせると、相手もほっとしたようだ。

おそらくこの翠の髪は公爵家のジェード様だ、まさか向こうから来てくれるとはゆめゆめ思ってもいなかった。

ゲーム本編でのジェードは女の子が常に取り巻いているのだが、今のジェード様は女の子の視線こそあれど一人で、少しオドオドして見える。

……なるほど、ゲームでの彼が出来上がるのは学院に入ってからなのか。

素の彼であるからか、近付きづらいという感じがせずハードルが一気に下がった気がする。


「申し遅れました!私、ラブラ・ドル・ライトと申しますわ」


臆病な彼をなるべく怯えさせないように笑顔で名乗ると、その雰囲気に安心してくれたのか優しい笑顔を見せてくれた。

やっべえ、ゲーム開始前のジェード様って物凄い可愛い。


「顔色も戻られて…よかった…大丈夫そうで何よりです。僕はジェード・アンフィと申します」


「助けていただいたお礼がしたいのですけれど…生憎今は何も持ち合わせがなくて…」


何かここでの繋がりを作っておきたかったのだが、手軽に渡せる様なものを持っていなくてシュンとしてしまう。


「いいんですよ、僕は声をかけただけで何もしていないですし…」


困ったように笑うジェード様に何か…何かないかと探していると、ふと自分が身に付けていたブローチに目が留まる。

大きな淡い翠の装飾品が付いたブローチで、周りには瑠璃色の小さな飾りがついている。

翠の装飾はまるでジェード様の髪色のようだ。


「そうだわ!このブローチをどうぞ、ジェード様。ここで会ったのはきっと何かのご縁ですね」


ブローチを取り外すと、手のひらに乗せてジェード様に差し出す。

ジェード様はそれを見ると驚いて両手を激しく振っていた。


「そんな…!頂けませんよ!僕はなにか見返りが欲しくて声を掛けたわけではないのですし…!!」


「それでは私の気が済まないのですわ、どうか受け取って下さいジェード様。それに…この翠の装飾、ジェード様の綺麗な髪みたいで…きっとジェード様の方がお似合いですわ」


ブローチを彼の手に乗せて、手で押さえるようにして手渡しながらそう言ってのける。

私の言葉を聞いたジェード様はというと、ピタリと固まるとぶわりと頬を染めて俯いてしまった。

よし、追い討ちだ。


「青い装飾部分もついていてなんだか私達のようだなぁと思ったのです…ですから、今日の記念に貰ってくださいジェード様」


「…っ~~~!!」


だから是非、と満面の笑みを浮かべ更なる追い討ちをかけると、ジェード様は頬を染めたまま声にならない何かを上げている。

やだ何このジェード様、いじめたくなっちゃう。

抵抗が止まったのでそっと手を離すと、大人しくブローチを受け取ってもらえた。

これで少しでもゲーム開始の時に憶えていてもらえたら嬉しいなと思うばかりである。


「声をかけて下さって本当にありがとうございました、ジェード様。すごく…嬉しかったですわ……」


赤面したまま固まるジェード様にだんだん恥ずかしくなってきた私は照れ笑いしながら、そして語尾が小さくなりながら人混みの中へ逃げ帰った。

正直色々と無理矢理ではあったし、あそこまで初々しい反応をされてはこちらも恥ずかしくなってしまう。

でもこれで記憶にはきっと残った……はず!


残るはヘリオ様なのだが、簡単に見つかりそうなあの金髪だけは何故か見つからない。

どうしたものだろうか、彼は招待されていないのかはたまた出席していないのか……。

しばらくウロウロと辺りを歩き回ってみたものの全く見つからなかった。

彼だけ偵察失敗かと肩を落としたその時だった。


「ラブラ様…っ!やっとお会いできました…!!」


「ひゃっ!!」


……背後から突進するような盛大なハグをかまされました。

突進は言い過ぎではあるものの、こんな事をしてくるのは未だ一人しか知らない。

こんな公衆の面前では本当にハグはよしてくれ。


「ラ…ラチア様っ!?ここお茶会の会場です…っので…!!」


「っ!僕とした事が喜びのあまりに公衆の面前でこんな事を…!驚かせてしまってすみません、ラブラ様…!!」


それはもうぎゅーーっとがっちりホールドされた腕を掴みながら何とか抗議する私の声を聞いて、ようやくハグ魔の暴走が一時停止をしてくれた。

そんなに抱き締めずとも私は呼び止めてくれればきちんとそこにいるし、逃げない。


「…ごほん。ラチア様、本日はお招き頂きありがとうございますわ。先日ぶりです」


「…こちらこそ…本日は我が弟達の誕生日記念のお茶会のご参加、ありがとうございますラブラ様。先日は突然押しかけたにも関わらずありがとうございました」


互いに微妙な空気になってしまい、取り敢えずは形式上の挨拶を済ませた。

そして顔を見合わせると、なんとも言えないその雰囲気に二人揃って苦笑した。


「母の方からラブラ様がいらしていることをお聞きして急いで探しました。半ば強引に招待状を渡してしまったので、本当に来ていただけるなんて…嬉しいです」


「いえ…!むしろ私からご挨拶にあがろうと思っていましたのに…探させてしまいましたわ」


ラチア様は会う度に爽やかな笑顔でいるのだが、私はその笑顔がとても苦手だった。

営業スマイルのような気持ちが微塵もこもってない笑顔よりも厄介で非常に反応に困る。


「ラブラ様…その…ですね、不躾なお願いだとは分かっているのですが…」


「なんでしょう?」


言い出しづらそうにラチア様は口ごもりながらこちらを見る。

そもそも私の方が身分は低いのだからそんなに低姿勢でお願いされなくてもと思ってしまう私はつくづく残念な令嬢だと思う。


「このお茶会が終わっても……僕と個人的にお茶会をして頂けませんか?」


「…………へ?」



私はきっと、この日一番の間抜け面を公の場で晒しただろう。

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