第七話 過去との別れ
ブランと俺が暮らし始めてから、五年がたった。
あの幼かったブランも今では一端の美幼女にクラスチェンジしている。
白く雪のような髪は腰のあたりまで伸び、前髪は目の少し上の辺りで切りそろえている。
パッツンでは無い。
最初の頃は、始めての試みで髪を切り、失敗してブランにジト目を送られることもあったが、今では手慣れてかなり上達している。
ブランももう今日で五歳だ。本当は五歳と三ヶ月少しなのだが、ブランと相談した結果俺と暮らし始めた日が誕生日になったのだ。
この世界の月日は、ブランの元いた世界とは異なる。
一年は十五ヶ月。ブランの記憶で言うと
一月は、陽の月
二月は、陰の月
三月は、火の月
四月は、水の月
五月は、木の月
六月は、焔の月
七月は、氷の月
八月は、風の月
九月は、土の月
十月は、光の月
十一月は、闇の月
十二月は、日の月
十三月は、影の月
十四月は、淵の月
十五月が、終の月
十三から十五は、ブランの前世には無かったはずだ。
月は毎月三十日までになる。
ブランの前世の季節に表せば
水の月から氷の月までが春。
風の月から闇の月までが夏。
日の月から淵の月までが秋。
終の月から日の月までが冬となる。
ブランと出会ったのは、木の月の十二日。
そして今日も同じ日である。
五年経ってかなり成長したブランだが、その実俺はあまり変わっていなかったりする。
顔も老けずに、元の女みたいな顔のまま。強いていえば身長が伸びたくらいか。
五年前までは165cmのチビ助(ブラン記憶(ry)だったのに対して、いまの俺は175cm(ryだったりする。10cmも伸びたのだ。
ただ身長が伸びたのに対し、顔が老けないのは神の血を飲んだからだと思う。
「シエルくーん、準備出来たよーっ!」
元気な少女の声がする。
ブランだ。昔のようなたどたどしさはなりを潜め、普通に話せるようになった。
そのことに若干寂しくも感じるし、成長を嬉しくも思う。
一番悲しいのは、お父さんともパパとも呼んでくれない、シエルとも呼んでくれないことか。
それでも避けられたり、距離を置かれたりはしないので嫌われている訳では無いと思う。思いたい、切に。
ただ一言心配なのが、父と娘のコミュニケーション(ブラン記憶(ry)な筈なのに、なぜか歴戦の恋人同士のような桃色空間をブランが生成することだろうか。
それはさておき、準備出来たとの言葉は既に持っていく荷物は纏めてくれたのだろう。
なぜ纏めたのか、それは今日俺達が出ていくからだ。
前々から考えていたことではあったのだが、ここでの食事は肉が多い。そして野菜が少ない。
街に買いに行けばいいのだが、それでも二人の過ごす時間は減る。
そんな事が嫌な二人は、五歳になった今日、いままで住んでいた家を出る決意をしたのである。
必要な道具も、家にある家具も山のようにある金も、全て俺の固有空間に片付けた。
出る準備は出来た。あとは今まで世話になった、この家に・・・爺さんに別れを告げるだけだ。
「じゃ、墓参りでも行くか」
「うん!」
師匠が亡くなってから毎朝ここに通っていた。
もう慣れ親しんだ、家の裏にある墓に続く細い道を通る。
ブランと暮らし始めてからは、それまでよりも早くブランが目覚める前に済ませるようにしていた。
ブランと出会う前は、ただの人生の愚痴を聞いてもらっていた。
ブランと出会ってからは毎日、考えれば考えるほど続く親バカの娘自慢の数々を聞いてもらった。
あんたのお陰で、俺はいま幸せなんだ、爺さんって。知って欲しくて。あの世で安心していて欲しくて。
ずっと、ずっと感謝してた。記憶のない無表情で不気味な俺なんかを大切に育ててくれた恩師。
教えてくれた魔法も、全部完璧に使いこなせるようになった。
この身に宿る化け物じみた力の使い方も、あんたのお陰で制御出来るようになった。
いくら積み重ねても足りない感謝。
恨みもした。なんで俺より先に逝っちまうんだよってな。
それでもふと思うんだ。
あんたがいて、俺がいて、ブランがいて、ブランの母親がいる。
そしたら、どうなってたかな。
あんたがブランの母親にセクハラでもして、ブランに怒られて拗ねてるんだろうな。
ブランが成長して恋人とか出来たら、力を試すなんて言って殺す方法でも探るんだろうな。
いや、俺でもそうするけどさ?
それでみんなで楽しく食事して、あんたが酔っ払って倒れて、俺達が看病する。
そんな楽しくて笑える幸せな毎日もあったんだろうな。
なあ知ってるか爺さん、俺いま笑えるんだぜ?
感動も感情も、心すらも失った化けもんが心の底から楽しいって思って笑えるんだぜ?
すげえよブランは。出会ってたった一日目から俺の心を動かしやがった。
だからさ、いま楽しいのは全部あんたとブラン、ブランの母親のおかげなんだ。
ブランが五歳になった祝いの酒も用意してんだ。置いとくよ。
あんた好きだったよな、このアホみたいな高い酒。
俺の持ってる金からしたらはした金なんだけどな。
ありがとう。いままで本当の孫みたいに育ててくれて、本当にありがとう。
ブランの母親も、あいつを命懸けで守ってくれてありがとな。
化け物みてえな俺だけど、一生懸命頑張って、ブランに、俺達の大切な娘に胸張って自分は幸せだって言ってもらえるように頑張るからさ。
なあブランのこと見てみろよ。ほんっとに楽しそうに笑いやがるんだ。
健気で、かわいくて、ちょっと怒りん坊さんだけどいい所がいっぱいあるんだ。
あの幸せそうな表情もずっと俺が守るから。
安心して眠っててくれ。俺は、俺達は二人揃って幸せってもんをあんたの分まで奪ってやるからよ。
後悔すんなよ? あと、あんたが命張って守ったこの娘の命は、無駄じゃなかった。
だからあとは俺に任せろ。たとえ神が相手だろうとこの笑顔は曇らせたりなんかしねえ。
そんじゃ、言いたいことはこのくらいだ。
安らかに眠れ、お二人さん。
「ひぐっ・・・ぐっ・・・うっ・・・ありがとおっ・・・守ってくれて・・・ありがとおっ・・・わたし・・・しあわせだから・・・ちゃんと・・・げんきにいきてるからあっ・・・おやすみ・・・なさい・・・っ」
よし、ブランも終わったみてえだな。
「行くか、ブラン」
「うんっ・・・うんっ・・・シエル・・・くん泣いてる・・・の?」
「うるっせ。お父さんは泣いたりなんかしねえんだよ」
そう、知らなくていいのだ。目のあたりから水滴が伝っていても、たとえそれが地面を濡らしていても、知らなくていいんだ――俺以外は。
「シエ――パパっ、大好きっ!!」
「うおっと」
親子の抱き合う微笑ましい光景を見て、二つの並んだ墓石は明るい光を放っていた。
誰もが去った後、そこには少し高めのお酒が二本と笑顔で語り合う老人と美しい女性がいた。
『全く、いつも見ておるのにのう。儂らは。
本っ当にわしの孫二人はかわいらしいのうっ!』
『本当に。私の、私達の娘をあんなに幸せにしてくれて。私の夫なんて娘が生まれてすぐ死んでしまったのに、あの娘不幸者は。
私が生きていたらシエルさんの考えたように・・・ブランとシエルさんとお爺様と四人で楽しく、幸せに過ごしたかったですわ・・・』
『なあに、儂ら二人の分も孫達には幸せになって欲しいもんじゃ。儂の自慢の孫なら、自慢の弟子ならその程度余裕じゃよ』
その場にはケラケラ笑う老人と、嬉しそうな笑みを浮かべた女性だけが取り残されていた。
次話、閑話になります。
記憶喪失の『あいつ』に隠された過去になります