9話 ナイトメア
職業は、憧れていた「勇者」と占われたシオン。しかし、聞き捨てならないことを告げられ、気持ちは一変する。
ーーー予書に記されていない。
マニが告げた意味とは。シオンを待つ運命とは。
予書にない。マニから言われた言葉をすぐに読み込むことが出来ないシオン。この世界でよく聞くワード、『予書』とは。それに自分が載っていない意味とは。困惑する彼に、険しい顔をしたマニがシオンに尋ねる。
「己が死ぬ夢、自消夢を見たと言ったな?」
「じしょうゆめ?ああ、見たけど……それがどう関係あるんだよ」
「混乱しているようじゃな。ならば簡単に教えよう」
マニは小さく息を吐いた。何か不穏な事を言われるのではないかとシオンは身を震わせる。先程まで感じていた喜びや優越感はとっくに失せていた。
「……影の勇者」
ーー影。良いイメージのない言葉だ。影と言われて想像するのは敵キャラばかりである。
「予書には、光の勇者と影の勇者がいると記されているんじゃ、つまり」
「その、そのお前らが言う予書ってなんだよ?なんだ、光と影?全然分かんねぇよ」
ついに頭が追いつかなくなったシオン。自分が悪役だと言われたような気がし、怒りを露わにする。
「くそ、なんだってんだよ……」
漂う冷たい空気の中、彼は椅子から乱暴に立ち上がり、マニに背を向け歩き出した。
「ちょ、ちょっとシオン!し、失礼いたします」
「ネイ、待ちなされ。これらを受け取りなさい」
「はい、承りました」
出口へ向かうシオンを慌てて追いかけるネイ。それを見ていたマニは水晶に手を当て目を瞑る。
「悪夢が……始まる……」
冷静になった時にはもう占い屋の外にいた。自分の嫌いなところである短気が出てしまったことを、手を頭に当てて後悔する。
「はぁ、馬鹿だな、俺」
「本当にそうよ、シオン。女の子を置いて行くなんて」
後ろを見ると、五、六冊ほどあるだろうか、分厚い本を両手いっぱいに抱えたネイが立っていた。
「すまん、悪かった」
両手を合わせ、ネイに謝るシオン。しかし彼女は呆れ顔のままである。
ネイがこちらに来ようとした瞬間、本の重さでバランスが崩れそうになってしまった。
「荷物まで待たせちまって悪かった。俺が持つよ」
そう言ってネイから本を受け取る。ずしりと重みが腕にかかる。思っていた以上の重さに少し焦ったシオンだったが、美少女の前で格好悪いところは見せまいと、無理に平気な顔を作った。
「と、ところでこの本たちはなんだ?」
「シオンが何も知らないから童話を読めって。マニ様からの贈呈品よ、大切にしなさい」
牛小屋に着くと、真っ先に本をペトルカに付いている木製の箱に本を入れる。痺れた腕に少し痛みが走った。
「んじゃ、帰るか」
「そうね、帰る途中はそれらの本でも読んでおくといいわ」
「ああ、そうするよ」
そう言って、馬と車体を繋ぐ縄でペトルカを打ち、騎馬車を走らせた。
一冊だけ取っておいた本に目をやる。本からは古い本の匂いがする。辞書のように分厚く、重みがある。
「……読めるかな、俺」
「童話よ、しかも子供向けの」
今まで騎馬車からの眺めを見ていたネイが急に話したので驚くシオン。
「子供ってこんな厚い本読むっけ……」
「大丈夫よ、予書について書いてあるのは一部だけ、にしてもシオンって子供向けの童話も読めないのかしら、可哀想に」
「うるせぇな!読めないかもしれねぇけど」
最後の言葉は彼女には届かなかった。本に再び目を落とす。そして、ゆっくりと最初のページを開いた。
「ぇ……」
そのページには初めて見る字が並んでいた。明らかに見たことのない自体である。慌てて本を閉じる。
「ほら、読めないじゃない」
「いや、これは」
反抗しようとしたシオンから本を取り上げ、シオンの横に座った。体が触れ思わずシオンは声をあげる。
「なっ!ちょ、ちょっとちけぇよ!」
「読めないなら持っている意味が無いわ。私が読んであげるから聞くといいわ」
そう言うと、ゆっくりと最初のページを開いた。
「むかしむかし、この世界に五人の魔女が暮らしていました。魔女たちは人々に嫌われていました。なぜなら魔法が使え、怖がられていたからです。そんなある日、魔女たちの家をたくさんの兵士が囲みました。魔女たちは逃げました。しかし、彼女たちの家は焼け、住むところが洞窟になってしまいました。怒った魔女たちは五匹の竜と契約を結び、未来を教えてもらいました。そしてある本を五冊作りました。名前を『予書』と付けましたとさ……終わり」
話が終わった時、シオンはネイの方に寄りかかり目を瞑っていた。
「それが予書か……今日の夜、二冊目もよろし……」
シオンは眠りに落ちてしまった。しかし、ネイはチョップを入れず、優しい目でシオンの寝顔を見つめていた。
「まったく、仕方ないわね」
その場には、ペトルカの足音と騎馬車が揺れる音のみが聞こえていた。
「俺たちには戦う使命がある、分かるだろ」
暗闇の中で知らない男の声が響く。正義感のある勇ましい声。なのに、何故だろう。
ーーーすごく嫌いな声だ。
「シオン、シオン起きて」
誰かに呼ばれて目を覚ます。見覚えのある天井に、見覚えのある顔がこちらを覗いている。
「あ、やっと起きた。おかえり、そしておはよう、シオン」
自分を覗くように声をかけてくるのはルアメルだ。ということは、もう家に着いていて、リビングルームにいる。この寝心地はソファーだ。
「もう着いてたのか、ただいま、そしておはよ、ルアメル」
起き上がり、周りを見渡したが、ルアメル以外の姿は見えない。二人きりというやつだ。窓からはまだ明るい光が差し込んでいる。
「みんなはまだ魔法陣の調査中。ネイは自分の部屋で寝てるけど……」
「そっか、わざわざ起こしてくれてありがとな」
感謝したシオンだったが、ルアメルは目を瞑り、首を振った。
「感謝するならネイにしてあげて。シオンを運んだのも、荷物を運んだのも全部ネイがしたの」
「そ、そうだったのか……後で感謝しなきゃな」
ふと今日あった出来事を思い出す。自分が影の勇者であることが分かったり、自分は予書に載ってないと言われたり、理解できないことだらけになったシオンは五里霧中になり、怒りを露わにしてしまったのだ。
「今日は……大変だったね」
「聞いたのか……」
小さく頷くルアメル。そして彼女が何かを言おうとした瞬間に扉が勢いよく開かれた。
「今度は東域に異常あり!しかし妖獣と魔獣は見当たらず!」
息を切らして扉を開いたのは銀髪の少女、エレミネアだった。
「状況を教えて」
冷静に尋ねるルアメル。先程とは顔が変わっている。その場に緊張が流れる。
「結界樹東域の半分くらいに大きな穴が空いてるの」
「……ぇ」
想定してなかった言葉に驚きを隠せない二人。
「被害の大きさから考えて、魔獣なんてもんじゃねぇな」
三人は手を顎に当て、同時に考え始めた。重たい空気が続く。すると、開いた扉の奥から走る足音が聞こえた。
「みんな、穴の中心に何かが突き刺さってる!」
フィネルが息を荒くしながら部屋に飛び込んで来た。
「と、とにかく現場を見に行こう」
シオンは立ち上がると、走って玄関へと向かった。その後を三人が走って付いてくる。シオンは不穏な匂いを感じていた。
「こ、これか……」
方角で分かれている道の東域へ続く道を進むと、巨大なクレーターのような穴が目の前に広がってた。20メートルくらいの深さである。穴の前でペディアルがこちらを待っていた。
「みんな、結界樹が怯えてるの」
ペディアルが目を瞑ったまま言った。どうやら結界樹の声を聞いているらしい。
中央をよく見ると何かが日光を反射して輝いている。調査すべく一同はゆっくりと穴の底へと向かった。
穴の中心に着くとシオンは思わず足を止めてしまった。
「あれは……」
ーーそこには、紫色をした大剣が突き刺さっていた。
大剣は黒い煙を纏っていた。まさに、『悪の剣』を連想させるものである。刃はシオンの身長よりもはるかに長い。2メートルはあるだろうか。
「ちょっとシオン!?」
無意識にシオンは大剣の元へと歩き始めていた。無言で、呼び止めるルアメルの声も聞かずして。
大剣の前にシオンが着くと、黒い煙がシオンを取り巻き始めた。ルアメルたちの位置からはシオンが見えなくなっている。
「シオン!シオン!」
彼女たちの声は届くはずも無く、ただ虚しくその場に響くだけであった。
急に黒い煙の中に紫色の光が見え始めた。その光を見たペディアルがその場に倒れ込んだ。苦しみ喘ぐペディアル。
煙に囲まれるシオン。
「ペディアル!シオン!どうして……」
ルアメル、エレミネア、フィネルの瞳からは既に涙が出てきていた。逃げることも出来ず、助けることもできない。
ますます光は眩しくなっていく。そして黒煙はどんどん広がっていく。ルアメルは意を決し、ベルトに刺してある杖に手を伸ばそうとした瞬間
ーーードォン
正面で爆発音がした。一斉に爆風が黒い煙と共に彼女たちを襲う。耳鳴りがする。ルアメルはその場がスローモーションのようにゆっくりと見えた。
目の前にある眩しい光を手をかざしながら睨む。
彼女には、大剣を握るシオンのシルエットがはっきりと見えた。
「影の……勇者……」
今回も読んでいただきありがとうございました!少しシリアスになってきましたね。これからどうなってしまうのか……
どうぞご期待ください!