8話 職業決まったのでニート卒業します
ネイと職業占いへ行くと約束した日の夜。フィネルがシオンの元へやって来る。しかしそこで彼は見てはいけないものを目撃する。
職業を決めるということは引きこもり卒業である。シオンは緊張と期待を胸に村へと向かう。
夜中にシオンの部屋の扉を開けたのは寝間着姿のフィネルだった。
何やら困った顔をしており、何かに怯えているようにも見える。
「どうした?もう夜中だけど」
「お化け……怖い」
「へ?」
小学生かよ、というツッコミは胸は留めておいた。
確かにこの家は広く、夜中は灯りが全て消えるのでかなり不気味である。
だがこの家で寝るのは3度目で、これまでにフィネルが訪ねてくることはなかった。
「お願いシオン、ついてきて!」
声を押し殺しながら必死にお願いをするフィネル。まだ動かないシオンに腹が立ったのか、仰向けになっているシオンの手を引き、ベッドから落とそうとする。
「おっととと!分かった、分かったから落とすのは勘弁してくれ」
ゆっくり起き上がり、足を床につける。
「早くして……」
俯くフィネルの顔がどんどん赤くなっていくのが一目瞭然である。
早足のフィネルに片手を引かれ部屋から出る。廊下は薄暗く、今にも何かが出そうである。
「なんで今日になって来たんだ?」
歩く速さを変えずにシオンを引くフィネルは無言である。ただ、彼女が慌てていることは確かだ。
しばらく手を引かれながら歩くとリビングルームの前にきた。フィネルは手を離すことなく部屋に入る。
「あった……」
彼女はソファーの上に置いてある黒いウサギの人形を持ち上げ抱きついた。
「それ、なんだ?」
「私、これがないと寝れない」
「小学生かよ!」
今回は胸に留めておくことができなかった。だが準ロリコンのシオンは愛らしさを感じていた。
フィネルを彼女の部屋まで送り自分の部屋へ戻ろうとする。その瞬間、シオンの体は固まった。
「嘘、だろ」
目の前を白い女が通った。髪を腰の辺りまで伸ばした白い女。だがその姿はもうない。
「フィネルがお化け怖がるのも無理もないわ……」
寒気を感じ、たまらず駆け出す。やはりこの家にはいた。たまに写真に写ったりするやつはいた。
シオンの部屋まであと数十メートルだ。この長すぎる廊下を恨んだ。
「やべっ!」
走っている途中に足を滑らせ顔から転けてしまった。腰が抜け、立ち上がることができない。何もすることができず、その場で強く目を瞑る。
「……!」
肩に、誰かの手が触れた。確かに触れられた。細さから女の手だ。
「シオン、大丈夫?何かあった?」
肩を触れたのは銀髪の美少女、エレミネアだった。
「エレミネア……」
大きくため息をつくシオン。どうやら転んだところはエレミネアの部屋の前だったらしい。
「体が冷たい……部屋、入って」
シオンの手を握り、ゆっくりとシオンは立たせる。
「だ、大丈夫だよ。もう遅いし、早く寝ようぜ」
「いいから……!」
強引に部屋に連れ込まれるシオン。部屋に入るとすぐにベッドに押し倒されてしまった。
「どどどどうしたんですか、エレミネアさん!」
驚き戸惑うシオンの上にエレミネアが乗っかっている。このような体勢になるのは2回目である。
「だって……体が冷えてるから」
彼女はシオンの唇に人差し指を当て、彼の顔に己の顔を近づけた。ドラマのキスシーンを思わせる近さだ。
「私が……あったかくしてあげる」
シオンの顔に何か『柔らかいもの』が当たった。
「ぎゃああああ!」
シオンの悲鳴が廊下中に響き渡った。
「はぁはぁ、なんとか戻ってこれた」
あの後、エレミネアの部屋から飛び出し自分の部屋に戻ってこれたシオン。
時計に目をやるとすでに12:50を指している。
「まずいな、明日早朝から出発なのに」
再びベッドに横になる。今日見てしまった幽霊を思い出し、布団の中に潜る。
あれは一体何者なのか。ルアメルらとはどのような関係なのか。そしてエレミネアの胸が顔に当たった時、実は少し嬉しかったなどと考えているうちに深い眠りについていた。
「しまった、こりゃまずい」
朝、目を覚ましたのは午前8時5分だった。決してネイと約束した早朝ではない。
風のようなスピードで起き上がり、着替え、部屋を飛び出す。昨日災難にあった長い廊下を全力で走り、待ち合わせ場所である玄関へ向かう。
しかし、玄関についたシオンは絶句した。そこに、ネイはいなかった。
「あれ、おっかしいな……」
首を傾げるシオンは彼女の部屋に行こうと後ろを向く。大広間にも彼女の気配はしない。
「まさかあいつ、寝坊か?」
いつも自分に大口を叩く彼女がまだ寝てると考えると自然とにやけてしまう。
「今日は……俺が毒舌炸裂させてやる」
ネイの部屋の前に着いたシオンはどのような反応をするのか予想する。彼の顔は下衆そのものだった。ドアノブに手を伸ばした瞬間、向こうから扉は開かれた。
「きゃっ!ちょ、ちょっと驚かすのはずるいわ」
そこにはすでに準備が終わったネイが立っていた。片手に大きめの革製の鞄を持っている。
「遅い、この俺よりも遅いとは珍しいこと」
「悪かったわ、ちょっと弁当作りに手をかけすぎちゃって」
シオンはネイが弁当を作ってくれることを思い出した。あれほど楽しみにしていたが、昨晩の幽霊の件で忘れてしまっていた。
「ああそうだったな、弁当作ってくれてるんだった」
「でも私が早朝と言ったのに遅れたのは反省してるわ」
「いや、そんなことはいい。弁当、ありがとな」
シオンがお礼を言った瞬間、彼女らしくない表情を浮かべた。頬を赤く染めら少し戸惑ったような表情だ。
「そ、そのあなたの口に合うかとか、あなたの好みを考えたりとかしてないから感謝なんていらない……」
ネイのツンデレ要素溢れる言葉を聞きシオンは頬を緩ませた。
「んじゃ、行くか」
シオンはくるりと方向を変え、1階へ続く階段へと歩き始めた。ネイがその後をついて行く。初めてシオンがネイを引っ張った瞬間だった。
家の前に止まっている騎馬車に乗りこむ。ネイと向かい合って座った。その場に変な緊張感が流れた。
「ここからその村までは?」
「ここからだいたい4時間半かかるわ」
騎馬車から見える景色を眺めながら答えるネイ。彼女の緑色の髪が風でなびいている。
「ネイ、質問がある」
シオンは昨晩の幽霊を思い出した。髪から体まで真っ白な女だった。怖さとは別に美しさも感じられた。
「俺らが住んでる家で幽霊見たことあるか?」
「何を言いだすかと思ったら……そんなことあるわけないでしょ」
ならなぜフィネルはなぜ訪ねて来たのだろうか。謎は深まるばかりである。
また今度フィネルに聞いてみることにしたシオンだったが気になって仕方がない。
ぎゅるるる
シオンの腹が鳴ったことに気づいたネイは少し微笑んで口を開いた。
「お腹、減ってるのね」
「ああ、減ってるな」
ネイが鞄から2つの弁当箱をを取り出す。小さすぎず、大きすぎないサイズだ。
「はい、シオンはこっちよ」
片方の弁当箱を受け取り、蓋を開けた。
「おおお、美味そう」
弁当は誰が見ても『理想の弁当』と思うだろう。この世界には箸を使う文化が無いので、弁当を食べる際もフォークとスプーンを必要とする。
まずは弁当箱の端にある卵焼きにフォークを指す。それを見るネイは少し不安な顔をしている。
「これ、は……」
「ご、ごめん、不味かったかしら……」
ネイはますます不安な気持ちを露わにする。しかしシオンは目を輝かせ、立ち上がった。
「すげぇ美味いよ、これ!」
「え?」
顔を上げるネイ。こちらを見る彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ、優しく微笑む。
「ネイの飯、すっげー美味いよ」
シオンの言葉を受け、少し戸惑うネイ。
「あ、ありがとう」
ネイは珍しく微笑んだ。普段は嘲笑う以外では笑顔を見せない彼女の微笑むはシオンの頬を赤くさせた。
「早く2人で食べようぜ、ネイ」
「ええ、そうしましょ」
今、2人の距離が縮まった。
騎馬車が走り出してから3時間が経った。2人は止まることなく話している。
「お!村だ、あれだよな?」
「ええ、そうよ。楽しみね」
職業。シオンが小学生の頃遊んでいたRPGゲームを思い出す。剣士、格闘家、魔法使い。どれかになってみたいと夢見た時期をしみじみと思い出す。
「俺、職業なんだろうな」
「きっといい職業よ、引きこもりとか」
「ああ、それ、全然いい職業じゃないな」
村は街の住民が来ているせいか、かなり賑わっていた。
「おお、兄ちゃん」
騎馬車で村を進んでいると、警備隊に勧誘してきた男が声をかけて来た。
「おっさん、怪我は大丈夫か?」
「ああ、この通りだ」
腕をぐるぐる回しながら笑う。どうやら問題無さそうだ。
「もう会うの3回目なんだし、名前教えてくれよ、おっさん」
男は何やら嬉しそうに頷いた。
「俺はライドン、ここらで一番の力持ちでぃ!よろしくな、兄ちゃん!」
それに対するシオンは落ち着いた様子で自己紹介をした。
「俺の名前はネコツキ・シオン。あの時はおっさんのおかげで街の人たちを助けることができた。マジで感謝してるぜ、おっさん」
お互い名前を名乗っても呼び名を『兄ちゃん』『おっさん』と変えない2人であった。ライドンは30歳くらいでガタイが良い。
「ちょっと聞きたいんだけど、ここの近くにこの騎馬車を止めれるとかないかな、おっさん」
街のように騎馬車をとめる大きな小屋が見当たらない。小屋に止めなければ騎馬車を盗られる可能性もあるそうだ。
「ここから真っ直ぐ行けば牛小屋がある。このマカラ村にゃあれくらいしかねぇよ、兄ちゃん」
「そうか、ありがとうな、おっさん」
そう言って、再び騎馬車を走らせる。少し進むと小さな牛小屋が見えた。ギリギリこの騎馬車が止められるスペースが空いていたのは幸運だった。
「騎馬車はこれでよしと」
「早速職業を占ってくださる方の元へ向かうわよ」
小さな村なので案外すぐに目的地へ着いた。そこは明らかに他の建物とは違う雰囲気を醸し出していた。壁は紫色をしており、中は暗くて見えない。思わず背筋が凍ったシオンだったが、ネイは足を止めずに中に入ろうとする。
「シオン、どうかしたかしら」
「んにゃ、なんでもねぇ」
一度深呼吸をして中に足を踏み入れる。中は寒く、鳥肌が立った。
「ようこそ、お前たちが来ることは分かっておった」
そこには幼女が水晶を前に座っていた。全身を布で覆っており、顔だけを露出している。彼女もまた、美少女だ。
「お久しぶりです、マニ・クリークス様」
「久しぶりじゃの、となりにいるのは今回の客じゃな」
まだ言ってもいないのに見事に当てたマニ。
「さ、そこの椅子にかけなさい」
言われるがままに椅子に座る。マニと間に水晶を挟む形で向かい合っている。紫色をした水晶は傷一つなく、何か不思議な力を秘めていそうである。
「お前さん、名は」
「ネコツキ・シオンだ」
「シオン、言葉遣いに注意しなさい、この方は」
ネイの言葉を止めるように手を彼女の方へ差し出す。
「シオン、お前さんにいくつか質問がある、よいな」
「わ、分かった」
マニは水晶に両手をかざし出した。占いが初めてのシオンは緊張で鼓動が速くなる。
「では早速。最近、自分が死ぬ夢は見ておらんかね」
「ああ、何度も見た。魔獣に殺された、狂人にも殺された」
「そうか……」
少し驚く顔をするマニに不安を感じたシオン。
「お前さん、己の強大な力を感じたことはないかい?」
見事に当たるマニの言葉に息を飲むシオン。
「ああ、なぜかすげぇ強くなってんだ。引くほど」
「やはり……ならば」
急に緊張が走った。ついに自分の職業を言われるのだ。ニート以外の職を持てるのだ。
「お前さんの職業は……勇者じゃ」
「勇者……」
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。感動、嬉しさ、優越感が一気にこみ上げてくる。
たがマニの顔は険しい。ずっと水晶に目を向けている。
「だがな、少し変わっているんじゃよ」
「変わってる?」
「お前は『予書』に存在しない勇者なんじゃ」
読んでいただきありがとうございました!今回は家で終わっていないので彼らの風呂は覗けませんね……
そんなことは置いといて、感想やアドバイスを書いてくれたら嬉しいです。
次話にご期待ください!