11話 覚醒の予感を感じています
悪夢のような自消夢から覚めたシオン。だが、まだこの世界について無知すぎる彼は彼は再びマニに会いに行くのを決めた。
ーーそこで知るこの世界の過去とは。
静かな早朝の村に襲来した魔獣・レクラウス。そして突如として現れたフルトニア。彼は何も恐れずにレクラウスの前に立っている。
「えーと、夢ではここで死んだんだったね」
「何を意味のわからないことを言っているのですかネ、抗い者!抗い者!抗い者!」
『抗い者』というワードを言うたびに足の爪でフルトニアを襲う。が、彼には傷一つ付いていない。
「悪いけど、おやすみ」
彼の静かな声とともに、魔獣・レクラウスの胴体は真っ二つに斬られ、大量の血が噴き出した。恐ろしい速さだった。
「大丈夫かい、怪我はない?」
目の前の光景に唖然していると、こちらに向かってくるフルトニアに話しかけられた。彼はシオンが影の勇者だと気付いていないのだろうか。
「あ、ああ、大丈夫、全然大丈夫」
動揺が隠せないシオン。自消夢が示す未来とは今起きていることなのだろうか。
こちらを見ているフルトニアの表情からは敵意などは感じられなかった。
「お前さん、大丈夫か?」
後ろを振り向くとマニが立っていた。普段は座っているので背丈は分からなかったが、案の定小さく、まさに幼女だった。
「大丈夫大丈夫、心配かけて悪かったよ」
「無事ならいいんじゃ。話の続きをしようかのう」
フルトニアを全く気にしないマニに疑問を持ったシオンは首を傾げ、尋ねる。
「マニ、こいつは……え?」
ーーそこには、フルトニアはいなかった。
「レクラウスを討伐したやつがここにいたんだよ、ついさっきまで」
「そんな嘘に引っかかるわけがないじゃろう。ほれ、早う部屋に帰るぞ」
「ちがっ、……分かったよ」
説得をしても無理だと判断し、大人しくマニの後に続く。部屋に着いた時には、外で騒ぐ村の人々の声が聞こえた。レクラウスの死骸を見たのだろう。きっと帰る時にまた囲まれるだろうと心で軽く凹む。
「では、邪魔が入ったが、少し長い話を始めようかのう」
「ああ、よろしく頼む」
小さく頷くと、本に目を落とし、一拍置いて本を読み始めた。
「昔、この世界には五人の魔女がいました。火の魔女、氷の魔女、雷の魔女、力の魔女、そして癒の魔女の五人は森の奥の大きな家で仲良く暮らしていました。しかし、魔法を恐れた王様は魔女たちを倒そうとしました。魔女たちは家を失い、暗い暗い洞窟に逃げました。しかしある日。五百年に一度の大月食の日。恐ろしい竜が五匹現れ、世界の半分を闇に染めました。魔女たちは王様に仕返しをするために竜たちと契約を結びました。竜に未来を教えてもらう代わりに、竜が死ぬ時に魔女たちも死に、その五百年後に魔女たちの味方が現れる、という契約でした。五人の魔女たちは本に教えてもらった未来を書きました。その頃、王様は竜を倒すべく勇者を集めました。王様は『ラークス・ロントル』という男を選び、光の力を授けました。しかし、その事を既に知っていた魔女たちはその勇者と十分に戦える味方の勇者を選び、闇の力を授けました。名前は誰も知らない男です。そして戦いの日、魔女たちの勇者は王様の勇者と決着をつけらませんでした。しかし、竜は沢山の兵士によって倒されてしまいました。そして、魔女たちも死んでしまいました。それからしばらく経った時、魔女たちの勇者は洞窟である物を見つけました。それは不思議な粉の入った五つの袋でした。勇者は気になって、村から五人の少女をさらい、料理に入れて粉を使いました。すると、少女たちは成長するとあの五人の魔女と同じ力が使えるようになりました。彼女たちが大きくなった時には、勇者は死んでしまいました。魔女たちは名前を知らなかったのでこう呼びました。『影の勇者』と」
辛うじて話についていけたシオン。話を終えたマニは背伸びをしている。
「つまり、光の勇者は予書に書かれてあって、それに合わせて選ばれたのが影の勇者ってわけなんだよな?」
「そういうことじゃ、よく分かったのう」
まるで教え子を褒めるかのような口調に小学生の頃を一瞬思い出した。人に褒められることはシオンがいた世界ではあまり無かったので人一倍嬉しく感じた。
帰ろうとしていた時に、フルトニアに殺される自消夢を思いだし、椅子に座った。
「まだ!まだ言い忘れてることあったわ」
「ああ、わしも忘れとったわ。自消夢じゃったな」
シオンが口を開こうとするとマニは水晶に手を当て目を瞑った。そして、小さく何か呟いた後、水晶に小さな紫色の光が灯った。
「よいぞ」
「俺は、夢の中でルアメルらを殺してたんだ、絶望で何も考えれなくなっていたら、フルトニアってやつに会って……殺された」
全てを悟ったような顔をしたマニは水晶からゆっくりと手を離し、口を開いた。
「それに似たことが起こるのは今から一ヶ月後じゃ。それに加えて一つ、言っておくぞ」
なにやら深刻そうな顔をするマニにシオンは首を傾げる。
「光の勇者と影の勇者とでは自消夢の的確性が異なるんじゃ。簡単な説明すると、光の勇者は必ず当たり、影の勇者は似たことが起こる。つまり、お前さんは未来を変えられるんじゃ」
「ってことは、俺がルアメルたちを殺さないように動けってことか……任せとけ」
少し微笑んで頷くマニ。いつもは見えない可愛らしさに少々驚く。そんな彼女の顔を眺めていると、瞳から大粒の涙が流れていることが分かった。
「え、え?どうした、何があった!?」
急な号泣に驚き慌てる。するとマニの小さな両手がシオンの片手を握った。
「もし、光の勇者がルアメルたちが死ぬ夢を見ていたら……見ているのがお前さんで良かった……」
中々泣き止まないマニの頭を撫でる。恐らく、フルトニアがルアメルたちが死ぬ夢は見ていないだろう。確信はないが、見ている夢の内容に大きな違いがあることは、レクラウスの姿で分かった。
「マニ、これから起こることを教えるからどう動くべきか教えてくれ」
「悪かったのう、では、教えてくれ」
シオンのマニの頭を撫でる手が、彼女から離れた頃には既にいつもの表情に戻っていた。
「これから結界樹の森の東域に巨大な穴が開く。その中心には黒い煙を醸し出す大剣が刺さってるんだ」
「そ、それは五百年前の……」
シオンの言葉を聞いた瞬間、マニの目が見開いた。まるで何かに怯えているかのようなその表情からは不吉なことが予測できた。
「五百年前の何だ?」
「五百年前……五匹の竜から授かったとされる影の勇者が使っていた大剣じゃよ」
それはそれで驚いたシオンだったが、恐る理由が分からない彼は不思議そうな顔をして尋ねる。
「もしかしてその剣に呪い的なやつがあっちゃったりするんですかね……」
「あの剣は……魔女たちによって与えられた闇の力が残っておる。持ち主よりも弱いものは殺すようになっているんじゃ」
これでやっと全てが分かったシオン。あの自消夢でルアメルらが死んだのは大剣の闇の力のせいで、フルトニアが死ななかったのは……
「あいつは、フルトニアは俺より強い……」
下を向き、落ち込むシオン。この世界では無敵だと思っていたことが後悔される。
「とにかく、 解決策をきめるんじゃ」
両手を合わせ、落ち込むシオンを起こすマニ。我に帰ったシオンも必死に策を考える。
「その五人の魔女たちが暮らしてた洞窟で暮らしてみるってのはどうだ、何か分かるかもしれない」
「そうじゃな……ただ、それによって大剣復活を阻止できるかじゃが」
「やってみなきゃ分かんねぇ、そうだろ?」
歯を見せて笑うシオン。マニは優しく微笑み、頷いた。
「そうじゃな、お前さんの言う通りじゃ」
やっと混乱していたことが理解でき、軽くスキップをして外へ向かう。もう夕方になろうとしているのか、差し込む光に薄くオレンジが入っていた。外に出た瞬間、あることがフラッシュバックされた。が、もう遅かった。数メートル先で笑顔でライドンが手を振っている。
「お!あんちゃん、待ってたぜ。おいみんな、来たぞ!」
賑わう村に太いライドンの声が響いた。
「あはは、俺って人気だなぁ……なんて言ってられっか!」
シオンの周りは既に村中の人に囲まれており、牛小屋に向かうことができずにいる。このタイミングで、自分はレクラウスを討伐してない、なんて到底言えなかった。
「ちょっと、みんな聞いてくれ!」
人混みの中心で叫ぶと、村は一気に静まった。
「俺、急いでんだ、だから、帰らせて……」
息を切らしながら頭を下げるシオン。それを見た村人たちは道を開け、拍手でシオンを見送った。
「そんなに祝うなっつーの……」
ボソボソと愚痴をこぼしながら牛小屋へと向かった。
牛小屋に着くと、ペトルカはぐっすりと寝ていた。夜中から走らせたためか、疲れているようだ。
「ペトルカ……本当にすまない。もう少し頑張ってくれ」
シオンが優しくペトルカを撫でていると、彼女は目を覚まし、元気よく鳴いてくれた。
「よし、帰ろうぜ」
村の人々がいる方向とは反対側にある村の門から出て、家へと向かった。
「……勇者が二人いるってことは、禍が二回あるってことだよな」
帰りの馬車で一人呟く。シオンの身を今度は罪悪感が襲っていた。
「村の人たちとか、ルアメルたちにも迷惑かけてるんだな……」
空に広がる美しい星空を見上げながら、シオンは今は亡き祖父の言葉を思い出していた。
十年前、ある夏休みの一日。八歳のシオンは両親とともに、父親の実家に三年ぶりに帰っていた。
「おお、シオン。元気しとったか」
すっかり頭の毛が白くなった祖父(毛量はさほど減っていない)が玄関から出て来た。
「うん!元気してた!」
久しぶりの再会にはしゃぐシオン。そんな無邪気な孫を優しく目で見る祖父。ごく普通の光景である。だが、一部普通ではないところがあった。それは……
「本当におじいちゃんのお家って大きいね!」
祖父、ネコツキ・ソウジロウの家は先祖が有名な大名に仕えた武士であり、代々屋敷を引き継いできているのである。世に言われる『武家屋敷』である。
「そうじゃ、シオン。おじいちゃんたちのご先祖様のお話をしようか」
「うん!ご先祖の話聞きたい!」
囲炉裏に祖父と二人で座った。二人の間には食べ終えたスイカが乗った皿が置いてあった。
「では、ご先祖様のお話をしよう。よーく聞くんじゃぞ」
普段より少しだけ真剣な表情をする祖父にシオンはこくっと頷いた。
「これは、今からもう五百年も昔のこと。ここの近くにね、とても強いお殿様がいたんだよ。おじいちゃんたちのご先祖様もとても強くてね、その人の家来になったんだよ」
「すごい!ご先祖様、強い!」
楽しそうに話を聞くシオンの顔を見ながら祖父は話を続けた。
「でもね、ある時、もっともっと強い他のお殿様が攻めてきたんだよ。おじいちゃんたちのご先祖様とその仲間たちは自分たちのお殿様を守ろうと必死に戦った。でもね、最後は負けちゃったんだ」
「負けちゃったの……?」
負け、という言葉を聞いたシオンは少し悲しげな顔をしたが、ソウジロウは優しく微笑んだ。
「おじいちゃんはね、ご先祖様を勇者だとおもってるんだ」
「勇者?」
嬉しそうに頷くソウジロウ。そして人差し指を立たせた。これは、人にものを教える時に出る癖であった。
「強大たる力を持ちし時は、それを自分のために使わずに守るべき人に使うべからず」
「どういうこと?」
手を顎に当て、首を傾げるシオンの背中をソウジロウは優しく叩いた。
「いつか、シオンが強くなった時に分かるよ」
これが、シオンが祖父に教わった最後の教訓だった。
ーー俺の力は、守るべき人たちに使う。迷惑をかけてると思うなら、思わせないようにする。
「やっと分かったよ、じいちゃん。守るべき人に使うってことが」
目を瞑り、頭に仲間たちを浮かべる。ルアメルたちに、ライドンをはじめとする村の人々。皆、シオンを信頼してくれている。
シオンは、勇者は強く決心した。
ーーーー必ず守り抜く、と。
今回も読んでいただきありがとうございました!少し話がシリアスになってきましたね……
次は家で終わるかもしれません。そしたら『浴場来たけど、混浴だったので困ってます』が見れますね。少しご期待を。