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冒険始めたけど、最初からLv.120だった  作者: 雨音きつねこ
第1章 伝説の幕開け
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1話 勇者伝説の始動

ーーー君は僕の勇者だ

 8年前、ネコツキ・シオンはある少年の『勇者』になる。己を犠牲にし、他人を助ける。これが自分の使命だと思い込んでいた。

 だが、大人になっていくうちに厳しい現実を知り現実から逃げ回るようになっていた。

 あの日、あの世界へ行った日。シオンの人生という長い航海の行き先を再び戻す。『勇者』へと。



 ……6年前の月曜日。小学校最上級生のネコツキ・シオンは叫んでいた。


「俺は、絶対に勇者になる!なって、世界を救う!絶対に、絶対だ!」


 顔を赤くし、息を荒くするシオンに父親が呆れた顔をして言う。


「お前もう今年で12歳だろ?いい加減そういう聞いてて胸が痛くなるようなこと叫ぶのやめとけ」


「なっ、いいじゃねーか!俺は勇者に絶対になるんだ!」


 流石に父親も呆れ果て何も言わなくなった。

 

「あー、早く勇者になりてー!!」


 シオンの声がリビングルームに響き渡った。







「何も、する気が起きない」

 

 堂々と勇者になると叫んだあの日からもう6年。月曜日という憂鬱な日に、彼は『自宅』にいた。六畳ほどの広さの部屋にあるベッドで仰向けになっている。

 高校生の彼は今、絶賛現実逃避中なのである。部屋の隅に乱暴に置いてある漫画が何よりの証拠だ。


「勇者になる、なんて言ってた日々が懐かしいな」


 今の彼の目は例えると『死んだ魚の目』だろう。


「寝みぃ」


 彼はベッドから起き上がることもなく目を瞑った。




ーーーまずい、これはかなりまずい。逃げなきゃ、彼女を逃さなければ。しかし森を逃げる自分たちを魔獣は止まることなく追ってくる。


「そのまま真っ直ぐ逃げろ!俺が囮になる!」


「そんなのダメに決まってるじゃない!一緒に逃げなきゃ……」


 彼女は立ち止まって叫ぶ。目から大粒の涙が出てることに気づいた。


「うるせぇ!逃げろって言ってんだろうが!」


 彼女は俯き、拳に力を強く入れ、再び走りだす。腰まで伸びた紺色の髪がなびく。シオンは走る足を止め、後ろを振り返る。

 頭部はライオンのような顔付きをしており、背からは広げるとおよそ10メートルにもなる大きな翼。足の鋭い爪。正面から見ると背筋が凍るほど恐ろしい姿だ。これが魔獣というものなのだろう。


「どうした、早く来いよ……なぁ、早く!」


 声が震えていることに気づく。

 一歩、また一歩と、少しずつシオンに近づいてくる魔獣。それに合わせるかのようにシオンは一歩ずつ後ろに下がる。


「くっそ、何ビビってんだ俺……」


 恐怖が自分を支配していくのが分かる。震えるシオン。唸る魔獣。その唸り声はまるで怯えるシオンを嘲笑っているかのように感じられた。

 目を瞑る。もう自分なんてどうでもいい。彼女さえ生きていればそれでいい。死を覚悟したシオンは彼女の笑顔を頭に浮かべる。


ーーグシャリ。ズチャ。


 自分の腹部に何か熱いものを感じその場に倒れこむ。腹部を見ると切り裂かれた膓の傷口がこちらを覗いていた。痛みを熱と感じていたのだ。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

地面に広がっていく自分の血がシオンの体を赤く染めていく。

 目の前でこちらを見ながら唸る魔獣を鬼のごとく睨みつける。


ーー「次は……必ず……」




「はあああ、寝た寝た」


 大きなあくびをしながら起き上がるシオン。時計の短針は4を、長針は45を指している。窓から差し込む光がオレンジ色になろうとしていた。


「にしても、嫌なほどリアルな夢を見たな……正夢とか無いよな!?」


「さっきから何1人で言ったんだ、うるせぇぞ」


 片手に飲みかけの缶ビール、頭頂部の雲行きが怪しいじじい。部屋にノックもせずに入ってきたのは親父である。


「いや、そのぉ……楽しい夢を見てですね」


「あぁ?夢?どんな夢だったんだい?息子

よ」


 そう言いながら部屋に侵入してくる親父。ベッドに座り顔をシオンに近づける。息が酒臭い。顔も赤い。これは酔っ払っている。


「別に対した夢じゃねぇよ、とっとと出て行ってくんない?」


 苛立ちをあらわにするシオン。しかし酔っ払っている親父にはダメージゼロだ。


「そんなこと言わないで聞かせろよぉ、なんだ、女の子とあんなことやそんなことする夢でも見たんじゃないのか?息子よ」


「あんなことってなんだよ!そして語尾につける息子よってやつやめろ!」


 怒りがピークに差し掛かる頃に親父はやっと


「わーったよ、んじゃ、お邪魔しました。不登校さん」


 ゆっくりと立ち上がり部屋を出ていく親父。


「不登校って、しゃーねーだろ。夢がない俺に行く意味なんてないだろ」


 扉が閉まったことを確認して小さく呟くシオン。

 外で無邪気に遊ぶ子供たちの声は無くなり、夜が来た。


「ごちそうさんでした」


 ダルそうな顔をしてダイニングルームを去っていくシオン。相変わらず夫婦は冷え切った雰囲気を出している。

 階段を登り、二階にある自分の部屋の扉を開けるシオン。時計はすでに8:30を指している。高校生にしては早い時間だが


「よし、今日もいい夢見ましょうか」


 私服のまま寝床に入るシオン。全身を布団で被せた瞬間、今日の昼寝で見た夢がフラッシュバックされた。


「魔獣から逃げて……。あれ、俺誰といたんだっけ」


 そんなことを長々と考えているうちに眠りに落ちていた。


 今日という日が、自分の人生を変える日とは知らずして。







「ーーけて!お願い、誰か!」


 聞き覚えのない少女の声だ。少しずつ声がはっきり聞こえるようになる。これは夢なのか?何も見えない暗闇の中に自分がいることに気づく。


「女?俺にあんな可愛い声した友達いたっけ?」


 その瞬間、暗闇から視界がぱっと開かれた。


「どこだ、ここ」


 周りを見渡しているうちに洞窟に自分はいることが分かった。夢だと思いたいところだが、体で風や空気の冷たさを感じているのだ。


「夢じゃない……やばくねぇか、これ!」


 急すぎる展開に頭を抱えるシオン。非日常的なことを目の前に混乱する。


「フレアル!」


「ガァウ!」


 急な異世界転生に呆然とするシオンの耳に、聞いたことのない呪文のような言葉、それに続いて獣のような声が届いた。両者の声からは敵意が感じられ、戦っているのだとは一目瞭然であった。


「フレア……ル……」


 少女が弱っていくのが目に見える。それに対し、獣の弱まる鳴き声は聞こえない。明らかに少女の身が危ない。


 シオンは手に地面に落ちていた小さな石を無意識に力強く握りしめていた。








 8年前、シオンのクラスにいじめを受けていた男の子がいた。


「お前なんかクラスにいらねぇんだよ!とっとと消えろ!」


「消えーろ、消えーろ、消えーろ」


いじめっ子のグループが口々に罵声を浴びせる。


「……おい、てめぇら」


 後ろから見ていたシオンは無意識に声を出していた。


「てめぇらだよ聞いてんのか!このクソが!そいつをいじめて楽しいか?あ?答えろクズども!」


 怒りに任せて言葉を発していた。そこに担任が入ってきてその場はなんとかおさまった。

 その日から4日ほどたった日。いじめを受けていた子に廊下ですれ違う時に話しかけられた。


「あの日、僕を、ま、守ってくれてありがとう。その……」


「なぁに、きにすんなって。あの馬鹿どもに喝を入れてやっただけだよ」


 歯を見せて笑うシオン。それを見た男の子は小さな涙を流しながら言う。


「君は、君は僕の『勇者』だ!」







ーーー少女の苦しむ声は止まらない。


「行くしかねぇだろ。俺は誰かの勇者でありてぇんだ」


 低い声で呟き、洞窟の奥へと風の如く駆け出した。

 

「大丈夫か!?」


 叫ぶシオン。目の前で倒れ込む少女に駆け寄り体を支える。洞窟の奥は暗く、数メートル先も見ることができない。


「助け……こんな奇跡があるなんて……」


 泣き出す少女。よほど怖い思いをしたのだろう。シオンが触れる肩が震えている。

 ゆっくりと、獣の足音が聞こえくる。まだ姿は見えないが、足音の大きさからすぐ近くにいることが分かった。

 正面を睨む。徐々に大きくなる足音に伴つて、シオンの鼓動も早くなっていった。


ーー暗闇から姿を現したモノはシオンに絶句を強いらせた。


「魔獣……」


 思わず言ってしまうこのワード。恐ろしいその姿は高校生のシオンでさえも鳥肌が立つほどである。

 だが、今は守る人がいる。守らなければならない人がいる。そしてその人に頼られている。シオンは8年前の出来事を思い出していた。


「俺は……君の勇者になる」


 声を低くして言う。こちらを見る少女の耳には届かなかった。


「おらぁぁ!」


 叫びながらもっていた石を思いっきり投げる。その時の彼の表情を例えるなら『鬼』である。


ーーーグシャリ、ベチャ。


 魔獣の頭部に穴が開き、真っ赤な血が噴水の如く吹き出す。


「へ?え?は?」


 頭にはクエスチョンマークしか浮かばない。それを見ていた少女も唖然としている。


「石で魔獣倒しちゃった……」


 俺、強くね?Lv.120くらいあるんではないか、と自分でも己の強さに驚く。


「あの……助けてくれて、ありがとう」


 自分の強さに自惚れているシオンに恐る恐る感謝を伝えた少女。


「ああ、いいんだよ、怪我はない?」


「怪我は……ないと言ったら嘘になっちゃう」


 困った顔をしつつも微笑みを見せる少女。誰が見ても美少女と言うであろう少女の腰まで伸ばして髪は紺色をしており、目は澄んだ青空をしている。背丈はシオンより頭一つ分ほど低い。


「あ、そうだ。何かお礼をしなきゃ。私にできることであればなんでもするから……」


 こんな言葉、言って欲しかった。としみじみ思う。


「そうだな、んじゃ、一緒に君の家まで帰らせてくれ。俺、帰るとこねぇんだ」


「え?」


「だから、家まで一緒に帰ろって」


 キョトンとした少女だったが、すぐに優しく微笑み、快く頷いてくれた。


「い、いやぁ、洞窟の中って結構暑いんだね、ははは」


 彼女の笑顔に頰を赤く染めたシオン。彼女の笑顔は現実から逃げ回っていた彼の心を癒してくれた。


「暑いなら、早く出ないとね。行こ」


 少女が急に歩き出したのでシオンも慌てて歩き出す。


ーーー外の光を正面に歩いていくシオンのシルエットはまさに


『勇者』


だった。付け足しておこう。Lv.120、の。

読んでいただきたきありがとうございました!可能であれば、レビューや感想をいただけると嬉しいです!次話にご期待ください!

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