逮捕~拘留まで
最近、痴漢冤罪のニュースがひどいなぁ……
→とは言え、いくら話題になっても女性にゃあ想像できねぇだろうなぁ……
→女性も痴漢冤罪で捕まりゃ分かるんじゃね?
→女性が痴漢冤罪は無えわな……
→ほんじゃ、殺人事件なら確実に捕まるか!
なぁーに言ってんだこいつ……
書いた後でそう思った、そんな安直な発想で思いついたネタです。
興味があらば、読んでやってくださいな。
そんな感じで、行ってらっしゃい。
その日もいつもと同じように、電車に乗っていた。
真夏の暑さは座り込みたくなるくらい辛い。
電車の中はまだ冷房が効いてるけど、朝方の通勤ラッシュの中にいたんじゃ、正直、冷房なんて大した意味は無い。
それでも仕事はしなくちゃいけないから、毎朝毎朝、暗い服を着た汗臭い人達に囲まれて、吊革に捕まってる。
電車に乗るまで歩きっぱなし。
電車に乗ったら立ちっぱなし。
体は勿論、心が休まる暇さえない、そんな毎日の繰り返し。
仕事の辛さはガマンできるけど……正直、この暑さだけは、何とかならないものか……
そんなことを考えていた時だった。
「こいつ、痴漢!」
そんな声が聞こえた。
そっちの方へ、自然と目が行く。周りの人達もだ。
そこには、カジュアルな服装の女性が、スーツを着た中年男性の手首を引っ掴んで、怖い顔で叫んでいた。
男性は、必死に手と首を振って、自分じゃない! と否定してる。
「初めて見た……」
思わず呟いてしまうくらい、衝撃的な光景だった。
次の駅に着いたところで、その二人は降りていってしまった。
どうなったのか、それは知るよしも無い。
ただ言えるのは、あのおじさん、やったにしろやってないにしろ、今後は夏でも、肌寒い毎日を生きるんだろうな……そう思った。
痴漢の冤罪が問題になってるっていうのは、昔から、映画にもなるくらい有名な話だ。
法律のことはよく分からないから詳しい説明はできないけど、電車の中で、女が男性を捕まえて、痴漢です、と言えば、その男性はやってなくても痴漢になってしまうらしい。
だから、大抵の男性は、やってなくても、示談金? を払って許してもらうか、無実を訴えて訴訟を起こして、結果、何年も捕まって仕事がクビになったあげく、裁判にも負けて、そうやって、人生を棒に振る人が後を絶たない。
中には、周りにいた目撃者達が、その人は違うって証言してるのに、無視してそのまま逮捕、なんて例さえあるそうだ。
プロの弁護士の人達さえ、痴漢に間違われたら走って逃げろ、そうサジを投げちゃう始末。
あんまりひどい有様だから、最近じゃ、疑われた途端、線路に飛び降りてまで逃げ出して、それで電車の遅延が起きたり、最悪、電車に轢き殺されて死んじゃう。
そんなニュースまで頻発する始末だ……
なんて、女のわたしには、正直、現実味すら感じられない、縁の無い話しだけど。
無実の罪で人生を狂わせられる男性の皆さんのことは、気の毒に思うけど、自分が女である以上、女の身で物事を測らずにはいられない。
そんな女の身で言わせてもらえば……
誰だって、知らない男性に体を触られるのは嫌に決まってる。
わたしだって嫌だ。気持ち悪い。
大体痴漢というのは、そういう性癖だとか、スリルだとか、触られても声を出せないような女の反応を楽しむためのもの、らしいから、とても許せるものじゃない。
そんなヤツに触られるなんて怖いし、でも、怖い以上に許せないから、大声を上げて、突きだそうって考えるのも当然だ。
ただその場所が、満員電車っていう、捕まえるには難しい場所だってことだけ。
こっちとしては、怒りだか勇気だかを振り絞って手を掴んで、声を出してる。
それだって、女の身からしたら相当に恥ずかしいことなんだから。
そんな状況の中で、自分を触ったと思って掴んだ手の人が、「俺じゃない! やってない!」て叫んだって、それは言い訳にしか聞こえない。
ただでさえ怖くて恥ずかしくて怒ってて、犯人以外のことを見てる余裕なんて無いのに、それを、やってないって言われても……
もちろん、本当に無実だったら、ごめんなさいとしか言えない。捕まった人からすれば、謝って済む話じゃないだろうけど、どっち道、他にできることはないから。
中には、そんな男性の立場の弱さを利用した、痴漢のでっち上げ、なんて犯罪もある。
それは正直、女の身からしてもドン引きだ。
金のためだかストレスのためだか、どちらにせよ、正当な理由も無しに人一人の人生を狂わせる。絶対に許しちゃいけない所業だ。そんな女こそ捕まえないと……
なんて、初めて生で見た、痴漢の現場をキッカケに色々なことを考えてる間に、降りる駅に着いてしまった。
危ない危ない。ここで降りて、また別の電車に乗り換えないといけない。
一つでも駅や電車がずれると、会社に遅刻してしまう。
電車を乗り換えて、扉の前の手摺りにもたれつつ、また電車の中で揺られる。
最初の電車よりもカーブが多くて、よく揺れるんだよね。
だから、ただでさえ最初以上に満員で、身動きできない電車の中が余計に窮屈で……
なんてことを、ふと思った時だった。
突然体が、周りの人達と一緒に、ガクンッと正面に引っ張られた。
もたれてたせいで、なんにも掴んでなかった体はもろにその力を受けて、危うく転びそうになってしまった。
そのすぐ後、急ブレーキごめんね、ていう放送が流れる。
幸い、踏み出した足で踏ん張って、前の人にぶつかったおかげで、転びはしなかったけど。
周りを見たら、中には転んでる人もいる。前にいた人なんか、完全に倒れてる。
――そんなことを考えてる時には、思いもしなかった……
――これから、肌寒いどころか、とてもとても寒いだけの毎日になるなんて……
「きゃー!」
ブレーキの後、そんな女の悲鳴が聞こえた。
また痴漢? なんてことを考えた直後、
「人殺しー!」
……え? なに? 痴漢の次は、人殺し?
今日は非日常なことがよく生で見られるな。
なんて、気楽に考えつつ、首を左右に振ってみると……
なぜだか、周りの人達の視線は、わたしに集まっていた。
そして、そんな目は漏れなく、ドン引きな目をしてる。
「……?」
と、そのことに気付いた後で、初めて違和感に気付いた。
肩にバッグを掛けて、両手には何も持ってない。
はずなのに、どうしてか、右手にはいつの間にやら、何か持ってる感触があった。
しかも、何だか濡れてて、おまけにちょっとべた付いて、気持ち悪い……
「……え?」
見ると、右手にはどういうわけか、小さなナイフが握られていた。
ナイフの先からわたしの手の平まで、真っ赤にべっとり濡れてるナイフ。
「……」
と、そこでまた、正面を見てみる。
倒れた人が、さっきから全然動いてない。
転んだ時に頭でもぶつけたのかな?
きっとそうだよ。すぐにまた、目を覚ますに決まってる。
たかが、電車の急ブレーキなんだから……
なんてことを思ってると、それは見えた。
スーツの背中の、真ん中の部分に濡れた穴が開いてて、そこの真下の床に、真っ赤で、毒々しく光る、血だまりができていた。
「……え?」
正面の、倒れてる人。
どうしてか持ってる、血の着いたナイフ。
それに……
「……」
「……」
「……」
周りの、わたしのことをジッと見てくる、冷たい目。
「……え?」
そんな声を出したすぐ後、電車は駅に着いた。
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後で知ったけど、さっきのおじさんは、ほとんど即死だったらしい。
刺された場所が悪かったうえに、急激に引き抜かれて血が噴き出して、出血が全然止まらないまま、出血性ショック? で、病院に運ばれた時には手遅れだったそうだ。
わたしはと言えば、気が付いたら周りにいた、汚い服着た、やたら力の強い男性方に押さえられて、まだ目的地でもない駅で無理やり降ろされた。
そこで、大勢の人から、冷たい目で見られながら、ずっとわたしを指差して叫んでるおばさんの声を聞きつつ、やってきた駅員さんにナイフを取り上げられた。
それで、あれよあれよと言ってる間に、駅員室? 駅の奥にある部屋へ連れてかれた。
「あ……え? え?」
とりあえず、手に着いた血がやたら生臭くて気持ち悪いとか、会社に遅れるって電話しなきゃとか、混乱しながら色々と考えてはいた。
けど、そこでジッと座ってるように言われて、何かするのはまずい気がした。
……て言うか、そもそもわたし、なんにもしてないのに、なんでこんなとこ座らされてんの?
そんな疑問が今更ながら湧いてきた時、今いる部屋の向こうから、さっきからキーキーうるさく叫んでるおばさんの声が聞こえてくる。
――夫が殺された!
――犯人はあの女よ!
――あの女は人殺しよ!
――早くあの女を捕まえてよ!
「なに言ってんの? あのおばさん……」
ドア越しにそんな声を聞きながら、ヒステリックなキーキー声に対して、そう呟いてしまった。
まず、何でわたしがナイフなんて持ってたかも分からないのに、そんなわたしを見るなり、人殺しだってやたら叫んでる。
大泣きして、大声を上げて、大仰に動いて、大げさに大騒ぎして……
全っ然わけが分かんない。
わたし、あなたがそんなことしなきゃならないようなこと、何もしてないよ?
そんなことを思ってると、駅員さんが入ってきた。
「わたし、何もやってません……」
入った後、まずそう言ってやった。
その時に気付いたけど、よく見たら駅員さんじゃなくて、警察官だった。
そんなおまわりさんの顔を見ると、全然信じません、聞いてません、て顔をしていた。
そんな顔の、冷たい目でわたしを見ながら、名前やら住所やら、電車に乗ってる理由やら、そんなことを事務的に聞いてきた。
それもわけが分からない。わたしは早く、会社に行きたいのに……
で、最後は突然、今までよりも怖い顔になって、また聞いてきた。
「なんで殺したの?」
最初に言ったはずなのに、聞いてなかった? そう思ったから、
「わたしじゃありません!」
そう言ってやった。
「あ、そう……じゃあ、なんでナイフ持ってたわけ?」
「それは……分かりません。気が付いたら持ってました」
「あ?」
いやに威圧的な声を、高圧的な顔から出しながら、暴圧的にわたしを睨んできた。
「分かりませんってなに? あんたナイフ持ってたんだろう? そのナイフがあの人のご主人殺したって、乗ってる人全員が見てたんだからさ。知らないわけないよね?」
「いや、だから……」
「人殺しぃぃいいいいい!」
反論しようとしたら、またうるさい声が聞こえてきた。
閉じてたはずのドアが開いて、そこに、さっきのおばさんが入ってきた。
「何で殺したのよ! 夫を返してよ! 人殺し! 人殺しぃいいい!」
……なんなの? この人、さっきから……
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、キーキー叫んでばかりなおばさんを見て、そんな言葉しか感じなかった。
こっちはなんにもしてないっていうのに、人のことを、人殺し、人殺しって……
周りの人達から見れば、ご主人を亡くした悲劇の人に違いない。
でも、そんなうるさい声を浴びせられるこっちからしたら……キーキーうるさいし、気持ち悪いだけのキチガイさんだ。
言い返してやろうか。そう思ったけど、
「とりあえず、署まで来てもらうから」
後ろのおばさんが、駅員さん達に連れてかれるのを見ながら、おまわりさんからは、冷たい声でそんな一言だけを聞かされた。
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わたしは何もやってない……
すぐに帰してもらえるに決まってる……
早く終わらせて、帰らせてくれないかな……
「お前かぁ? 満員電車で人殺したってのはぁ?」
バタンッ、ていうドアの音と一緒に入ってきた、スーツ着たおじさんが言ってきたのは、そんな言葉だった。
「違います! わたし、やってません!」
駅長室で散々言ったことを、その刑事さんにも言ってやる。
けど、さっきのおまわりさんと同じで、全然信じてない。どころか、まともに聞いてさえくれてない。
「じゃあ、なんでナイフ持ってたんだよぉ? お前が手に持ってたナイフだよぉ」
「だから、知りません! わたしはずっと、カバンくらいしか持たずに手摺りもたれてたんです。急ブレーキで体勢崩した後で、なんでナイフなんか持ってたかなんて、分かりません……」
「ふざけるなぁ!!」
こっちの言い分を遮りながら、テーブルを叩いて、大声を上げた。
「お前が持ってたナイフにはなぁ! しっかりガイシャの血が着いてんだよぉ! 指紋もお前の以外出てこねぇ。傷口と刃も一致した。ガイシャを殺したのはあのナイフだ。それを持ってたのはお前だ。つまり、あの満員電車の中で、お前以外に殺れたヤツはいねえんだよおぉ!」
「そんなこと、言われたって……」
冷静に聞いてみれば、確かに、この人の言ってる通りだ。
あんな満員電車の中、誰が犯人だって言われてもおかしくない。
だから、凶器を持ってて、それが間違いなくあの人を刺した物だって言うなら、一番疑わしきはわたしだろう。
それに、そんな合理的な相手の意見に比べたら、わたしの言ってることは無茶苦茶だ。
毎朝乗ってる満員電車の中で、ジッとしてたらたまたま目の前で人が死んで、気が付いたら、手にはその人を殺した凶器持ってて……
「どうなんだ?」
と、また声が聞こえた。
確かに、黙って聞いて、考えたら正しいのは相手の方だ。
けどそんなの、タダの状況証拠でしかない。
満員電車の中で、大騒ぎされてそのまま捕まったから犯人扱いでそのまま逮捕……
こんなの痴漢の冤罪と同じだよ。
「そんなこと言われたって、わたしはやってません!」
ここで認めたら負けだ。そう思ったから、ちゃんと言い返した。
「あ? じゃ、なんで凶器持ってたんだ?」
「だから、知りません! 気が付いたら持ってただけです! て言うか、どうしてわたしが、会ったこともない見ず知らずのおじさん殺さないといけないんですか?」
「ンなこと知らねぇよ。仕事のストレスかなんかじゃねえのか?」
「はぁ!?」
なに言ってんの、このおじさん……全然意味分かんない……
「ストレスで、人殺しなんてするわけないでしょう!」
「どうだか……見たところ、若くて顔はまあ美人だが、冴えない感じだし、仕事が上手くいってねぇストレスが溜まってんじゃねえのかぁ?」
「……ッ」
確かに、正直言って、仕事は嫌いだ。大きな失敗こそ今のところないけど、周りと違って、要領は悪くて上手にこなせないし、小さなミスなら連発してるから、それで部長に怒られたことは一度や二度じゃない。
残業も、ちゃんと手当ては出るし、ブラックってほどじゃないけど、多い方だと思う。
なんだかんだ一年半くらい続けてきた今じゃ、さすがに慣れてはきたけど、お金さえあれば、今すぐにでも辞めて引き籠もりたいって思うくらいには、ストレスの元になってる。
だとしても、それが今の状況と何の関係があるのか、ちっとも分かんない。
「そんなこと関係ありません! わたしじゃありません!」
「じゃあ、お前が手に持ってた凶器は、どう説明する気だ?」
「だから……」
何度も同じ説明をした。
これ以上の説明はとっくに嫌になってる。
けど、そんな説明を聞いてるおじさんも、嫌になってるって顔だ。
ろくに聞いても無いくせに、うんざりしてるって顔……
これはそう……面倒くさい。そう思ってる顔だ。
そんな顔してるのにもムカついた。
て言うか、何が一番ムカつくって、やっても無い犯罪の罪を着せられてるってことだけど……
誰もわたしの話を聞いてくれないここは、ムカつくことばっかりだ。
「……とにかくお前、逮捕だから。このまま帰れねぇからなぁ」
「はぁ!?」
仕舞いには、そんなことを、相変わらず面倒くさそうな態度で言ってきた。
「冗談じゃないです! なんでやってもないことのせいで逮捕されなきゃならないんですか!? 今すぐ家に帰して下さい!!」
「あー、分かった分かったぁ。いいからさっさと連れてっちまえ」
最後には、こっちを見もせずに部屋の隅にいた警官たちに言って、わたしを引っ張っていった。
ただでさえ仕事を無断欠勤してる上に、今日は毎週楽しみにしてるテレビ番組だってある。
ネット通販で買った小包が、今夜あたり届くはずだから、受け取れるよう家にいないと。
楽しみにしてるブログのチェックとか、買い物とか。
したいことは山ほどあるのに……
そんなこと考えてる間に、狭くて汚い部屋で着替えさせられて、その後は、拘置所? 留置所? 分からないけど、そんな感じの、牢屋に入れられた。
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逮捕されてすぐに入れられる牢屋は、その人以外にたくさんの人が入れられてるのを、昔テレビで見たことがある。
そこで、アンタなにしたの? みたいな会話が始まるわけだ。
けど、わたしが入れられたのは、わたし以外に誰もいない一人部屋。
後で知ったけど、痴漢とかみたいな軽い事件ならそういう、大部屋? に入れられるらしいけど、殺人みたいな、重い事件を起こした人は、こういう一人部屋へ入れられるそうだ。
わたしの場合は一人部屋。
まあ、大勢の悪いことした人達と同じ部屋に入るよりは良かったのかもしれない。
一人で静かに、色々考えられる。
けどそれはつまり、わたしがそれだけ、大きな罪を犯した、という証拠でもある。
やってもいない、犯罪の罪をだ。
「何で、こんな目に遭うのよ……」
今更ながら、そんな言葉が口から出てきた。
仕事は嫌いだし、いつも辞めたいって思ってる。
それでも、わたしなりに一生懸命働いてきたつもりだ。
会社にとっては大した利益になってないだろうけど、少なくとも、大した迷惑だって掛けてない。
会社だけじゃない。
特に仲の良い人とか、友達がいるわけでもない。いても面倒なだけだし。
それでも、わたしなりに、日頃の行いは良くしてきたつもりだ。
そりゃあ、人間なんだからちょっとは悪いことする時だってある。
急いでる時とか、車が全然来ないから赤信号を無視したり、仕事でミスしても、大したことないと思ってそのまま黙ってたり、会社の備品を一つ、こっそり持って帰ったりとか……
そんなこと、言い出したらキリが無い。
ただ言えるのは、こんな仕様も無い悪いことの積み重ねが、殺人犯にされなきゃいけないくらい、悪いことなのかってことだ。
ただ、いつもみたいに、生活のためにしたくもない仕事のために家を出て、クソ暑い中電車に乗って、辛い満員電車に乗り込んで、ガマンしてた。それだけだ。
そんな毎日やってる中で、たまたま目の前で人が死んで、その凶器を握ってたからわたしが犯人だって……
改めて考えると、またムカついてきた。
なんで、いつもの電車に乗っちゃったんだろう?
なんで、死んじゃったのがわたしの前にいた人だったんだろう?
なんで、その凶器をわたしが持ってたんだろう?
たくさんの「なんで」にムカついてるけど、その中で今一番ムカついてるのは……?
わたしを犯人扱いして、目的地でもない駅で無理やり降ろした、汚い男性方……?
わたしの言うことを何も信じないで、ここに運んできた警察官……?
わたしの話しを全然聞かなかった、さっきのおじさん……?
わたしを犯人呼ばわりして、被害者ヅラして大泣きしながら騒いでた、おばさん……?
どれにもこれにも、だれにもかれにもムカついて、どれか一つなんてとても選べない。
ただ言えるのは、わたしがこんな所にいる筋合いなんて、全然ないってことだけだ。
「こんなとこ……すぐ出られるに決まってる……わたしはなにも、やってないんだから……わたしはなにも、悪くないんだから……」
そう思わなきゃ、やってられなかった……
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まだ眠けがだいぶ残ってる所に、いつもの目覚ましとは違う、うるさい音が響いた。
そこで、いつものベッドじゃないことに気付いて、いつもの部屋じゃないことに気付いて、いつもよりだいぶ早い時間に起こされたことに気付いて……
そこまででやっと、自分が置かれてる状況を思い出した。
「そうだった……わたし、人を刺したとかで捕まったんだった……」
昨日のうるさいおばさんの顔を思い出すと、またはらわたが煮えくり返ってきた。
今にも騒ぎ出したいって思った時に、牢屋前のドアが開いた。
「おはようございます」
入ってきた女も、言葉遣いは丁寧だけど、昨日のおじさんやおまわりさんと同じ目をしてる。
わたしの言うこと、何一つ信じる気はありません。
そう、顔に書いてる。
「朝の体操を始めます。早く立ちなさい」
ムカつく顔のままそんなこと言われたって、全然やる気が出ない。
このままジッとしててやろうか……そう思ったけど、面倒臭くなりそうだから、立ってやった。
それで、よくあるラジオ体操をさせられた。
今までも何度かやってきて、今更になって思うけど、こんな、音楽聞きながら無理やり動かされる体操にはどんな意味があるのか、全然分かんない。
ストレッチにもなってないし、トレーニングにもなってない。
まともにストレッチや運動した方がよっぽど有意義だ。
そんなことを思ってる間に、ラジオが終わる。
時計を見ると、ちょうど五分経ってた。
「これからは毎朝、起床の後には体操をすること。終わったら朝食です。その前に歯を磨くように」
そう冷たい声で言った後で、こっちを向いた背中に向けて、
「わたしはやってません! 早く出して下さい!」
そう叫んだけど、思ってた通り無視された。
その後は言われた通り、歯を磨いた。
昨日の内に、歯ブラシと歯磨き粉、それぞれ百円で無理やり買わされたやつだ。
家には買い置きがいくつもあるっていうのに……
歯磨きが終わった後で出された朝食は、何ていうか……小学校の時に食べてた給食が、ほんの少し豪華になったような、そんなメニュー。
栄養バランスだのは、多分良いんだと思う。
けど、全体的に色彩が淡くて、いかにも、悪いことして捕まってる人に出す食い物ですよ、ていうオーラが、全体からにじみ出てる。
おまけに、実際昔食べてた給食がそうだったように、見るからに不味そうだ。
それでも、ここじゃ他に食べる物は無い。
お腹も減ってるし、嫌々ながら食べてみた。
思った通り、冷えてて、クソ不味かった。
ご飯の後は、そのまま部屋でジッとするだけ。何もやることがなかった。
スマホは当然取り上げられてる。
いい加減、会社に電話したい。メールのチェックもしたい。
お気に入りのブログのチェックもしたい。最近見つけた、面白いWeb小説の続きが投稿されてないかだって気になる。
そんな、たくさんしたいことがあるのに、ここじゃあ何一つ許されない。
して良いことは、牢屋の中でジッとして、誰かが来るのを待ってることだけだ……
そうして待ってると、またドアが開いた。
「わたしは犯人じゃありません!」
ドアが開くなり、大声でそう言ってやった。座ってたら余計にムカついてくるだけだから、誰か来る度にそう言ってやることに決めた。
「運動の時間だ」
わたしの言葉には返事をしないで、そんな事務的な声が聞こえてきた。
声と一緒で、その人の目もやたら冷たい。
そんな目、今すぐ潰してやろうかとも思った。けど、ガマンしてやった。
運動って言ったって、そこは屋内の狭い部屋だった。
金網の向こうから外は見えるけど、それだけだ。
外の空気は吸える。ただ、それだけ。
こんな所でできる運動なんてタカが知れてる。
時間が三十分くらいしか無いんじゃなお更だ。
その後はまた檻の中に戻されて、ジッとしてると、新聞とか小説とか持ってきた。
何か読むか? そう聞かれたけど、
「私はやってません! 早く出して下さい! 今すぐ!」
そう叫んだら、いつもの冷たい目だけ残していって、新聞も小説も持って出ていった。
その後も、お昼ご飯、晩ご飯と、二回くらい入ってきたから、その度に大声を上げた。
それでまた無駄な時間が流れて、全然眠くも無い時間に消灯されて、無理やり眠らされた。
もちろん寝られるわけがない。
何もすること無くて、お昼の後で寝ちゃってたのも理由の一つだろうけど、こんな場所に、わけも分からず無理やり閉じ込められて、家にいるみたいに寝られるわけがない。
眠れもしない布団の中で、またイライラが募ってくる。
だれもかれも、人の顔見るなり殺人犯だなんて……
止まないムカつきと、止まらないイラつきで頭がおかしくなりそうな中で、とりあえず、目だけは閉じた。
何時間も眠れなかった気がした。それで、気が付いたら、またあのうるさい音で叩き起こされて、一応は寝られたってことに気付いた。
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「これから送検だぁ。本当に無実だって言うなら、これで自由になれるぞ?」
何が自由だ……
起こされて、体操してしばらくしたら、そんな言葉を掛けられた。
取調べって言うのは、逮捕された時みたいに警察がするものだって思ってたけど、これから検察に連れてかれるらしい。
そこで、昨日までは会うこともなかった、他の人達と、仰々しい車の前に並ばされた。
いかにも逃げるのが難しそうだなぁ……そんなことを思ってるうちに整列させられて、そのまま乗せられた。
私語は厳禁らしくて、ちょっとクシャミするくらいでいちいち反応する見張りを横目で睨んでるうち、検察庁? に着いた。
そこに入れられるなり、ジッと座らされて、そのままずっと待たされた。
(話しを聞くなら早くしてよ……)
何十分も待たされてる間、そんなことばっかり考えさせられる。
ただでさえ昨日まで、檻の中でイライラさせられっぱなしだった。
バカな警察や、クズな被害者ヅラおばさんの顔を思い出す度、壁とか殴りたいのを必死にガマンして、昼寝とか、適当な妄想しながらやり過ごしてた。
それがここじゃあ、ジッと座らされてる上に、変に見張られてて居眠りもできない。
周りは汚そうなおじさんだらけだし、隣のハゲなんか、欠伸がしつこくて口の臭いが鼻まで届いてくる。
ここが満員電車なら、痴漢だってでっち上げて、突きだしてやりたい。
隣も似たようなものだし、周りにいる連中、いかにも悪いことしたぞって顔したバカばっかりだ。
何で、一昨日まで真面目に仕事してただけのわたしが、こんな社会のゴミどもに囲まれた場所にいなきゃなんないのよ。
話しがあるなら早くしてよ……
私の無実を認めなさいよ……
早く私を帰しなさいよ……
「○○警察署、××番!」
何度か聞こえた、捕まってる警察署の名前と、ここに来るまでにつけられた番号。
それを聞いたら、私のことだった。
「早く立て!」
うるさい……
自分の番号を確認してるわたしに言ってきた男を睨みつけながら、さっきから周りのゴミどもが入っては出てきてる部屋の一つへ入っていく。
そこは、警察署の取り調べ室が、少し広く、綺麗になったような部屋。
真ん中のテーブルに椅子があって、その向こうに座ってる男が、検察官なんだろう。
「どうぞ、お掛け下さい」
その声は少なくとも、警察に比べれば遥かに優しい声だった。
だからって、イライラしないわけじゃないけど。
むしろ、無実なんだから優しいのが当然でしょう……
「わたしじゃありません」
座って、何か言われる前にそう言ってやる。すると、検察は優しい笑顔のままだった。
「はい……そうですね。まずは、あなたの逮捕された理由からですね……」
そう言い出して、検察官との話が始まった。
話した内容は、バカな警察の取り調べでも話したことだ。
声も顔もわざとらしいくらい優しいけど、正直、イラつくだけだ。
おまけに、一度話したことを何度も喋らされるのは余計にイラつくだけだ。
そんなイライラを必死にガマンしながら話をしてると、検察官は優しい顔を悲しそうにしながら、わたしの目を見た。
「……検察の結論としましては……」
そして、悲しそうな顔を、一気に険しい顔に変えた。
「この事件は、あなたの犯行である、と、結論づけるより他にありませんね」
……
「はぁぁぁあああああああああ!?」
思わず大声が上がった。
今日まで散々ガマンしてきたものが一気に爆発して、もう、止められなくなった。
「バッカじゃないの!? あんたどんな耳してんのよ!? わたしはやってないって言ったの聞いてなかったわけ!? それが何でわたしが殺人犯にされなきゃなんないのよ!? ……汚い手で触んな!! 痴漢で訴えるぞ!?」
横からしゃしゃり出てわたしを押さえこんでる、警察か検察か知らないけど、男二人に向かって叫んでやった。
大声を出したけど、座ってる検察官は、ビックリしたり怯んだりした様子は無い。
常日頃、こういうことには慣れてるんだろう。
そんな余裕な態度が余計にムカついた。
「当たり前でしょう。満員電車に乗ってて、たまたま目の前で人が死んで、気が付いたら、凶器のナイフを自分が持っていた……こんなバカな偶然、あるわけないでしょう? そう考えれば、あなたは満員電車に乗り込んだ後に凶器を取り出して、それが偶然、急ブレーキの弾みで目の前にいた被害者を刺してしまった……または最悪、ナイフで無差別殺人を実行しようとした。それ以外に考えられませんね」
「~~~~~~~~~~~~~~ッッッ」
わたし自身、何度も考えた、身に覚えの無いことだ。
それを、正論っぽく口にされたことに本気で腹が立った。
「それが違うってことを調べるのが警察とかの仕事でしょうが!! わたしはやってないんだからそれをさっさと調べなさいよ! なによ! さっきから偉そうに、わたしでも思いつくような簡単な結論ばっか得意に話してさ!! なんでこんなことで仕事休まされて閉じ込められなきゃなんないわけ!! あんたらみんな頭おかしいわけ!? 楽ばっかしてないでわたしを今すぐ家に帰す努力しなさいよ! わたしを今すぐ家に帰せよぉおおおお!!」
……その後は、何がどうなったかよく覚えてない。
ただひたすら怒って声を上げてる間に、汚い男二人に引っ張られて、狭い小さな部屋に閉じ込められた。
そこでもしばらく喚いて騒いでて、喉が痛くなった頃に警察が来て、また車に乗せられた。
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警察署に帰って、また牢屋に入れられて、そこで待ってると……
十日間のこうりゅう。
そう言われた。