最終話 それぞれの明日
青い空に人々の笑い声が響く。
美しい芝の上に立つ人々はみな、思い思いのおしゃれをし、その場の空気を楽しんでいた。
「お!久しぶり!」
お互いに声をかけ、再会を楽しむ人たち。この上なく明るい表情が集う、その光景は、「幸せ」そのものだった。
「おーい、そろそろ時間だぞー。戻ってこーい」
建物から男が呼ぶ。呼ばれた人々は建物に向かって歩き始めた。まるで今からなにか楽しいイベントが始まるかのように、彼らの歩調は弾んでいた。
「大丈夫、心配いらない。」
そう、自分に言い聞かせる。高まる鼓動は言うことを聞かず、膝が少しだけ震える。
「ふふ、まさくん緊張してる。心配いらないよ。」
「そう、だよな。ありがとう。」
そっと添えられた手を握る。その暖かさはあの時と同じで、強張った体が少しだけほぐれた気がした。
あの時。わけも分からぬまま異世界で狂神と戦った時から、気づけば10年以上が経っていた。こっちに戻ってきてから、向こうの世界とはほとんど関わりを持たなかった。いや、持てなかったといった方が正しいのかもしれない。
あの世界の人々は無事だったのか、狂神は討伐できたのか。聞きたいことは山ほどあれど、その疑問に正確に答えてくれる人はいなかった。
「ほら、行って。後で追いつくから」
背中を優しく押される。俺は振り返り、純白のベールの奥の笑顔を見つめた。彼女は頷く。俺は再び向き直り、白い扉と、その先に広がる世界を見据えた。
「じゃあお先に。有沙」
扉が開き、世界をオルガンと拍手の音が包んだ。
「カイザック・ソヴァ―ルの名のもと、ここに、リクト・ソヴァ―ルを正式な後継者とすることを宣言する!」
僕は父からソヴァ―ル家の象徴ともいえる剣と旗印を受け取り、天に掲げた。大広間に所狭しと駆け付けた人々が歓喜の声をあげる。
「よ、当主様!」
式典のあと、浮ついた気持ちを抑えながら控室のソファに座る僕に、上から声が降ってくる。
「やめてくれよ。」
いつものようにからかってくる赤毛の騎士。
「狂神討伐の時はかっこよかったな。怪我したと思ったら颯爽と登場して。」
それに乗っかるように、思い出話に花を咲かせる白髪の騎士。
「僕は結局なにも活躍できなかったけどね。」
困ったような笑顔を浮かべる、車いすに乗った魔法師。
彼らの笑顔に、僕はふと、異世界から来たという4人を思い出した。王国の運命を背負うのには若すぎる彼らは、狂神が倒れるのと同時にこの世界から姿を消してしまった。きっと元の世界に戻ったのだろうというのがみんなの意見だった。
(君たちのおかげで世界は救われたよ。ありがとう)
そう、窓で切り取られた青空に告げた。
新しい世界への門出を祝うように、風がそっと吹き抜けた。
Fin.
ここまでご読了いただき、ありがとうございました!またどこかでお会いしましょう!