第51話 勇者と正弘
これが今日の分です。
レイウスらと別れてひたすらに走っていた俺たちは、荒れ地にぽつんと佇む、こちらに背を向けた一人の姿を捉えた。
「誰だ?」
「ん?ここまで辿り着くとは、あなたたちはなかなかに強いようですね。」
そう言いながら、こちらを向いたのは骸だった。目が合う。どうやらダークコートの効力は切れたようだ。
魔力の強さからしてリッチか。
彼は着ているローブを翻しながら、持っていた杖をくるりと一回転させた。
「あなたたちをこの先に行かせるわけにはいきませんよ。なにしろ・・・」
彼が喋っているうちに俺は『風・風運』で3人に戦い方を伝える。
『死霊系だから、有沙の治癒魔法と海里の火魔法が有利だ。それと、神村の魔力の纏った剣で応戦してくれ。俺は適宜補助する!』
「うん、わかった!」
そう言って海里は、まだ喋っているリッチに向けて『火・火球』を打った。リッチは生前優秀な魔法使いや王だった場合が多い。不意打ちの魔法で倒れることはないだろうが、牽制にはなるだろう。
「あんたの話なんか聞いてる暇ないのよ!」
火球がリッチにあたり、普通なら起こらないはずの土煙が生じる。彼が無詠唱で『土・土壁』を部分的に出したのだろう。かなり達者な魔法使いだ。
「そうですか。それは残念ですねぇ。楽しいお話をしたかったんですが、仕方がない。皆さん死に急ぎたいようですのでとっておきの方をお呼びしましょうか。『死者召喚』」
その言葉によって地面の所々に半径1mほどの紫色の円が出現し、地面からクワや斧を持ったガイコツが出てくる。彼らはケタケタと笑っているのか泣いているのか、はたまた笑わされているのか。何の感情も読み取れないその笑みを浮かべながら、主人の命令に従って俺たちを襲ってくる。
「ここら辺はおそらく人間の村があった場所でしょうか。未練のこもった死者のその怨念が気持ちいいぐらいに感じられますねぇ。」
俺は突如として現れたスケルトンの軍団に思わず『風・風刃』を打った。直撃をくらったスケルトンは一度は倒れるも再び不気味な笑みとともに立ち上がる。心臓を砕かれ、頭を割られない限り何度でも襲ってくるスケルトンに対して、俺の風魔法はほぼ無力だった。その様子を見たリッチは俺をあざ笑う。だが、今、俺は一人じゃない。
「頼んだ!」
「オッケー!」
威勢のいい声とともに三人が飛び出す。目の前に立ちふさがるスケルトンを相手に彼らは臆することなく自分の力をぶつけていく。その姿は自信にあふれていた。
「どうだ」
俺はリッチの目をにらんでみせた。一方で、リッチはまだその顔に張り付いた笑みをなぜか崩さない。
「あれ、もう死者がいなくなってしまいました。やはり死んでも所詮は人間ですね。なんと脆い。『死物召喚』」
その言葉とともに、先程頭を割り灰にしたはずのスケルトンが復活して出てきた。有沙が成仏させた死者はいないため、先程より数は少ないが、その分魔物の死体が増えていた。トロール、ビッグビー、ガーゴイルなど昔この地に生息していたのかと思われる魔物の姿も垣間見えた。
「えっさっき倒したのに、また?」
神村は魔物の姿を捉えると、剣だけに魔力を纏い即座にその剣で一閃していく。愚痴を言いつつも、海里もそれほど苦ではない様子で魔法を打っていく。
ふと有沙が手を止めずにこちらに話しかけてきた。
「ねえ、まさくん。私達は大丈夫だから先に行って狂神を倒してきて?」
「いや、でも俺が抜けたらお前たちが・・・。」
「大丈夫。私達は絶対にまさくんに追いつく。それに。」
「それに?」
有沙の顔を正面から見ることはできないが、真剣な声が俺に伝わってくる。
「私はこの世界に来てからずっとまさくんに守られてきた。もちろん、最初はそれでもいいと思ってたよ?」
一旦息を大きく吸ったように見えた。
「でもね、今度は私が、私達がこの世界の人達を守らないとって気づいたんだ。だから、ここは私に戦わせてくれないかな?」
「俺もそう思うぞ。正弘、お前はなんか頼りになる。いいんだけど、頼りっぱなしっていうのも気に食わないしな。逆に俺たちを頼りにして先へ進んでくれ。」
神村はスケルトンと剣を交えながら俺に向かって話してくる。有沙のように、彼の言葉だけがこっちを向いている。
「神村も・・・。」
「もちろん、私もよ。まさくんは昔も今もずっと助けてくれてる。でも、だから、私もこの世界の大好きになった人たちを自分の手で助けたいの。まさくん、私達の補助はいい。この世界の人たちを救うために、先に進んで!必ず追いつくから!」
そして海里からもその言葉が飛んできた。
「・・・」
追い打ちをかける期待のこもった言葉に、俺はついに決意を固めて先へ進む準備をはじめた。
「わかったよ、みんな。リッチはみんなに任せた!俺は、一足先に行ってくる!」
「ありがとう、まさくん。」
その言葉を背に、俺は『風・風弾』を足から出して全速力でリッチのそばを横切った。リッチは俺の行動が想像できなかったのか、俺の行く先を阻んでは来ず、一瞬顔を向けるだけだった。
俺はみんなの期待を背にひしひしと感じながら、狂神が待つ先へと向かった。
降り続いてる雨が一瞬止んだ気がした。