第49話 纏
神村視点です。
剣を持つ手がビリビリと震える。トロールと言われたこの醜い魔物の力は圧倒的だった。でも俺はまだ負けるわけにはいかない。
俺は下から上に向かってそのまま剣を振り上げて攻める。棍棒を持つ相手の右手首を俺は確かに斬った。だが、相手には擦り傷にしかなっていない。
「思っていたより、皮が、厚い!」
その後も打ち合ったが、相手の体に擦り傷を入れることしかできない。度々つけられる擦り傷を鬱陶しいと感じたのか、相手は頭が割れんばかりの大声で吠え、左拳で横から殴ってきた。
あまり予想をしていなかった攻撃に、慌てて剣で迎え撃つも衝撃を抑えきれずそのまま10mほど吹っ飛んだ。攻撃で骨が折れていることはなかったが、地面に叩きつけられた衝撃で節々が非常に痛い。
「『治癒・リカバー』!」
有沙のちょっと焦った声が聞こえる。痛みは完全になくなった。俺は追いかけてきたトロールを全力で迎え撃つ。だが、このまま剣を振り続けても同じことを繰り返すばかりだ。一体どうすればいいのか。トロールと打ち合いながら、俺はロイルとの稽古の日々を思い返していた。
〜〜〜〜〜
「カミムラ、これで君は一通り型を覚えたことになる。基本的に今習った型をすべてつなげるように戦うと、敵の攻撃を返して倒すことができるだろうな。」
「本当か?じゃあ、これで長かった稽古は終わりかぁ。」
ふぅ、と俺はそばにあった木の切り株に腰を下ろした。手を見ると水ぶくれの水が勝手に抜けて、豆も潰れて自然に治っている跡があった。
「ん?私は終わったとは言っていないが?型が終わっただけだ。」
「え?それは初耳ですよ!他に何やるんですか。」
「次からは魔力を使うんだ。」
「え、でも俺は魔法なんて使えないんじゃ・・・?」
「もちろん、魔法は使えない。使えないが、魔力は万人が持っている。」
「え、そうなんですか?先、言ってくださいよそれ。」
「今から君が修得する技術を見せよう。それを一つの手本としてくれたらいい。」
そう言ってロイルは目をつぶり、息を深く整えていく。剣を両手で構え、ロイルが目を開けると、その瞬間にロイルの持つ剣に何かが纏っているのが見えた。
「えっ?何このオーラみたいな・・・」
俺のつぶやきは一切無視してロイルは硬くて大きい岩の前に立ち、ふと剣を振り下ろした。途端に岩が2つに割れる。
「えっこれ、さっきまで全然割れなかったのに?」
剣に何かを纏わせたままロイルが俺に向かって口を開く。
「カミムラ、今から君が修得するのはこの『纏』と『無・身体強化』だ。仕組みとしては剣を自分の身体の一部と捉えて魔力を剣に流し込む。そうすると、こうやって視認できるまでに剣に魔力が纏って剣の威力が上がるのだ。また、『無・身体強化』はたとえ無属性の適性がなかったとしても使うことができる。魔力を自分の魔力通路に循環させるよう意識し、身体全体にも纏わせることで普通以上に身体能力が上がる。この2つの技術は魔力を循環させているだけなので、魔力を全く消費しないというメリットもある。まあ、集中力が切れた時点で2つとも効果がなくなるが、な。」
「じゃあ、さっそく魔力を見つけようか。」
「えっ、あ、はい!」
〜〜〜〜
この戦場に来る直前ぐらいに『纏』は身につけることができたが、『身体強化』はまだ納得の行く仕上がりにはなっていなかった。でも、この2つを今使えればこのトロールは倒せるだろう。
タイミングよく横から正弘が告げる。
「神村の相手をしているトロールに魔法を打つから一度引いてくれ。」
それを聞いて俺はすっと後ろに下がった。
正弘と海里は何らかの魔法を生成しトロールに向けて打とうとしている。今のうちに精神を集中させよう。ロイルの説明を一字一句思い出しながら、剣に身体に魔力を纏わせる。だが、身体に纏わせたはずの魔力はすぐに霧散する。剣には魔力が纏ったままなのに。
横にいた正弘が何かに気づいたように声をかけてきた。
「身体強化をしようとしているのか。見た感じ、循環があんまり上手く行ってないようだな。」
「魔力通路ってのがやっぱりいまいちよくわからなくてな。すまんが、少しでいいから時間を稼いでくれないか?」
「もちろんだ。それと、魔力通路に循環っていうより俺たちからしたら、体中にある血管に魔力を流すイメージのほうがいいかもしれない。そのほうがわかりやすいと思う。」
「血管に魔力を・・・?なるほど、ちょっとやってみる。ありがとう。」
正弘は頼りになる。俺たちとこの世界に来たのが初めてなはずなのに、昔この世界にいたようなぐらい知識がある。
血管に魔力を、循環させる、血液のように魔力を流して・・・。
目を開けると、身体に剣に魔力が纏っていて、身体がほんのりと熱い。これが魔力が循環するということか。
「正弘、そろそろ行けそうだ。」
そう言いながらも一歩踏み出すと、トロールの醜い顔が目の前に出現した。トロールは突如眼前に現れた敵に対処が遅れた。
一瞬の隙は今致命的だ。
「おらぁっ!」
気合いを込めて魔力を纏った剣を首めがけて横振りする。さっきまで全く切れなかった分厚い皮が嘘のように、すんなりとトロールの首が飛んだ。同時に首から吹き出たトロールの血が俺に覆いかぶさる。生臭い匂いが鼻に突き刺さる。そのまま他のトロールを、と思って周りを見渡すとすでに自分以外のみんなの戦闘はひと段落していた。
「神村、おつかれ。『治癒・清浄』」
「お、有沙、ありがとう。」
大量の血がなくなり、スッキリした。
有沙や他の治癒師は他の隊員の傷を治した後、レイウスに呼ばれて前方へ行った。
「お疲れ様、大志。かっこよかったよ。」
「お、おう、そうか。ありがとう、海里。それと、正弘、さっきは改めてありがとうな。」
「いやいや、お互い様だ。」
レイウスが振り返って声を上げる。
「みんな、怪我はないか?トロールが出てきたっていうことはもうそろそろ敵の本陣につくだろう。心してかかるぞ!」
「はい!!」
声は小さく、だが気合を入れ直して答えた。