第48話 戦闘開始
「リクト、大丈夫かな?」
有沙はやはりまだ心配していた。
「大丈夫だよ。それに俺たちも気を引き締めないと。」
「そうね、わかってる。」
「それより、有沙ちょっといいか?一瞬だけ話を聞いてくれ。」
「どうしたの?」
「実はあるものをミリシアさんから預かっていて、それを今渡そうと思うんだ。」
嘘だった。俺はリクの頃、英雄の森で暇を持て余しながらある短剣を作っていた。この前英雄の森にある地下室に行ったときに見つけたものだ。1本しかなかったが、『コピー』能力で効果ごと短剣を3本コピーした。
効果は、使用者の体力が0になった際体力を全回復しながら『空間・異世界転移』を行うというものだ。他に『不壊』というものもついている。今はなぜか(おそらく産神のせいだと思うが)『空間・超級転移』が使えないので、この短剣はなかなかに使える代物だろう。
「ミリシアさん曰く、お守りだと思ってくれればいいとのことだ。じゃあ、はい。」
走りながら、有沙に渡した。
「一応その革の鞘から出して確認してみて。他の二人にはあとで走りながら渡すつもりだし。」
「う、うん。」
有沙は短剣の柄を握った。これでこの短剣は有沙が使用者となっただろう。
ふと視線の先に何かが見えたような気がした。
「今遠くに何か見えなかったか?」
「何?もしかして敵?」
有沙は持っていた短剣をしまい、俺たちはいつの間にか空いてしまった部隊との差を埋めるべく、臨戦態勢を取りながら走り始めた。
すでに部隊がいる前方では何者かと戦っているような声がする。目を凝らすと、蜂のような魔物が空から襲い掛かっているようだった。そこには神村と海里の後ろ姿もあった。
「どうやら部隊に追いついたっぽいぞ!」
「え、ほんと?よかった、追いついて!」
そのまま【千里眼】で前を見ていると、部隊はどうやら上空から襲ってくる魔物と戦っているようだった。大きい蜂が30体ほどいる。海里やクローカーが火魔法で応戦するもなかなか数は減らないようだった。
「魔物に、大きい蜂に襲われてるようだ!加勢しよう!」
「え、確かに、でも、結構遠いよ?」
魔力が減るから使うなと言われていたが、ここには今有沙しかいない。魔法を使っても怒られることはないだろう。
「有沙、ちょっといい?」
「え、どうしたの?え、え、え?」
俺は有沙をお姫様抱っこで持ち上げ、『風・風弾』を両足から出して走る速度を上げた。また、『無・身体強化』で足の強度も上げた。
「大丈夫?重くない?」
「全然?超軽いよ?」
殺風景な景色が瞬く間に過ぎ去っていく。【千里眼】でしか見れなかった状況が、今でははっきりと視認できるようになった。部隊との距離はあと数歩だというところで、俺は常時発動していた魔法をやめ、有沙を地に下ろした。
「大丈夫?足、着ける?」
「うん、大丈夫。ありがと。まさくんのおかげで、ちょっと休むこともできた。」
俺は魔法が届く距離にいる大きな蜂に向けて『風・風槍』を生成し、切っ先をより鋭くして手から放った。と同時にレイウスに対して『風・風運』を送った。
『正弘です、追いつきました。レイウスさん、後ろから援護射撃します。』
前で指示を出しているであろう隊長に送っていると、打った魔法一つ一つが蜂数体を串刺しにし、結果的にそこにいた全ての魔物を駆除することに成功した。
『マサヒロ、ありがとう。改めて隊列に戻ってくれ。』
『はい。』
「正弘、無事か?」
神村が声をかけてきた。ついでに短剣も渡しておこうと思う。
「ああ、俺も有沙も無事だが、リクトが怪我をした。でも、すぐに追いつくだろうと思う。」
「そうか、リクトが。」
「こっちはこっちで先を急ごう。」
「そうだな。」
「ああ、神村、それに海里も。ミリシアさんから預かっているものがあるから、走りながら受け取って欲しい。」
「どうしたの?」
俺は腰に下げている布から短剣を取り出すふりをして、『空間・アイテムボックス』から2つの短剣を取り出した。
「ミリシアさん曰く、お守り用に持っとけだそうだ。すでに有沙にも渡したし、俺も持ってる。一応鞘から抜いて確認しておいてくれ。」
「そんなものが、、、。」
「神村は、今使っている剣が折れるようなことがあったら使ってくれ、とのことだった。」
「わかった。終わったらお礼を言わないとな。」
「結構きれいなものなんだね。わかった。まさくんもありがとうね。」
「いや、俺は全然いいよ。それより、また何かいるみたいだ。」
その言葉に周りの空気が引き締まったように感じた。俺の【探知】に引っかかったのは、3体のトロールだった。その巨体は熊の1.5倍ほどの大きさで、その身に劣らぬ棍棒を持っていた。
レイウスの声が耳元に響く。
『この先にトロールが3体いる!魔法師団は先制攻撃を入れてくれ。また、戦闘中魔法を打つときには合図を頼んだ。』
心の中で「はい」と返事し、俺は『風・風刃』をすぐに生成し、横で『火・火槍』を生成している海里とタイミングを合わせて、少し遠くにいるトロールに向けて打った。他の魔法師も様々な属性の技を打ち、トロールとそれらがぶつかって砂煙がトロールを隠した。
「やったか?」
神村が隣でぼそっとつぶやいた。
「いや、まだ先制攻撃だから、ちょっとダメージ負ってるくらいでしょ」
「ちょっと言ってみたかっただけだし。」
緊張感のないやり取りを海里と交わしているのが聞こえる。俺は苦笑しながら『風・ブリーズ』で砂煙を払った。奥にいたトロールらは少し砂煙で薄汚れただけで、ほぼ無傷で立っていた。
でも、幾分かは怯んでいるだろう。そこを狙ってレイウスや神村たち近接戦闘者が剣を持って勇み行った。勢いよく振り下ろされる棍棒と剣がぶつかり、激しい火花を散らす。その衝撃波が周りを圧倒するも、それに負ける者はここにはいない。