第47話 ミリシアとリクト
「ミリシア様!前方に旗が!」
思い出に浸っていたミリシアは護衛の騎士の声にふと現実に引き戻された。見ると確かに荒野の中にぼろぼろの旗が翻っていた。彼女はノークベルトの腹を蹴り、さらにスピードを上げる。
近づくにつれ、旗の周りの様子が明らかになってきた。それを見てミリシアは一瞬息を飲んだ。
血に濡れ、怪我の激痛に顔をゆがめ、うつろな目で天を仰ぐ。それはまさに地獄の果てから帰ってきた死人のようなありさまだった。
「ミリシア様、ダレス様をお守りできず、大変申し訳ありませんでした!」
ミリシアが着くや否や、数人の兵士が彼女に近づき、跪く。ミリシアはそれに対しねぎらいの言葉をかけると、そのまま現状を聞いた。だが、兵士の口から発せられた言葉はかなり絶望的なものだった。
「このままでは部隊の全滅もあり得ます。一旦撤退すべきです!」
横から護衛の騎士もそう告げる。現状を見る限り間違いなくそうすべきだということはミリシアにもわかっていた。だが、今ここで部隊を引けば困るのは南にいる突入部隊だ。彼らは陽動部隊に比べて明らかに人数が少ない。囲まれれば間違いなく全滅するだろう。
(どうすればいい?私は何をすれば...)
しばらく考え込んだ彼女は意を決したように口を開いた。その目には強い意志が宿っていた。
魔道具で矢継ぎ早に指示を飛ばす。帰ってくる言葉は彼女の到着を喜ぶものと、士気の向上を告げるものだった。
「行こう!」
そう叫び、彼女は戦場へ飛び込んでいった。
『ミリシアが北方の支援に向かった。戦力は少なくなるがお前たちならやれると信じている。頼んだぞ。』
レイウスからの言葉が『風・風運』で伝えられる。俺は一瞬驚いたものの、その言葉の意味を考えられるほど余裕はなかった。
「まさくん、後ろ!」
「わかってる!」
軍の主力に近づいているせいか、敵は想像以上に強く、たやすく外側の守りを抜けてくる。リクトやクローカーも奮闘はしているものの敵の進行を完璧に食いとどめることはできず、俺らも戦わざるを得なかった。
有沙をかばいつつ、防御の壁をすり抜けてきた魔物を『風・風刃』で切り裂く。実力がバレるとか言っている場合ではなかった。
(できることなら上から狙いたいが有沙がいる以上はそれも難しいか...)
後ろにいる彼女のことを横目で見る。しっかりと立ってはいるものの、俺の袖をつかむ手に力がこもってるのが、彼女の思いを代弁していた。
「ごめん、足手まといで...。」
そっと耳元で有沙が呟く。俺は首を横に振り、彼女の手にそっと手を重ねた。
「有沙がいるから俺はこうやって戦えている。大切な人を守るくらいどうってことないよ。」
そう言って笑ってみせる。
「それに、お前にだって役割はあるだろ?」
「え?そうだっけ?」
「お前の魔法。『凪』が必要になるって言われただろ?」
「あ、そっか!」
彼女の顔が少しだけ明るくなる。俺はその様子に安堵して再び戦いに意識を戻した。
『アリサ、『光・凪』を使えるか?』
そうしてしばらく経った時、レイウスから『風・風運』が入った。俺は有沙と目を合わせて頷くと、彼女の後ろに陣取った。
「行きます!」
そう叫び、彼女が『光・凪』を発動する。一瞬金色の輪が彼女の周りに浮かび、そのまま広がっていく。それと同時に先ほどまで獰猛だった魔物が少し落ち着きを見せ、てんでバラバラな行動を始めた。
『よくやった!』
レイウスからの言葉に有沙がうれしそうな顔を見せる。敵の威力が少し落ち着いたからだろうか、部隊が進む速度が少し早まったように感じた。
「よし、このまま行こう!」
そう叫んで走り出そうとした時だった。
「アリサ!危ない!」
「え?!」
リクトの叫び声とともに、俺たちの前にリクトが立ちはだかった。俺は一瞬のうちに有沙をかばい、しゃがみこんだ。直後、風切り音がして何かが刺さる音がした。見てみるとリクトの右肩に水の槍が刺さっていた。
「リクト?!」
「大丈夫か?!」
痛みで片目を閉じる彼に問いかける。彼は軽く頷き、持っていた布で肩を縛った。槍は消えてしまっていた。
「ああ、大丈夫だよ。これくらい。」
そう言って笑って見せるも、彼の剣は二度と上がらなかった。
「これじゃ戦いようがないや。ごめん、一旦引くよ。」
「私が治癒魔法を!」
傷口に手をかざそうとする有沙をさえぎって彼は笑っていった。
「僕ごときに魔力を使わないで、もっと大事な場面で使って。僕は大丈夫だから。」
「でも...。」
部隊は先に進んでしまい、周りは少し静かになっていた。雨が鎧を叩く音が遠慮がちに俺たちの間に割り込む。
「いいから先に行って。君たちがいないと意味がなくなっちゃう。」
なおも食い下がろうとする有沙の腕をつかみ、俺はリクトに頷いた。
「必ず作戦を成功させて帰る。また本部で会おう!」
「うん!頑張って!」
「リクト、ごめんね。」
そう言って俺たちは部隊に追いつくべく走り出した。有沙が未練がましく後ろを振り返るのがつらくて仕方がなかった。