第46話 思い出
『ミリシア。本部から、北方の援護に迎えという指示が出た。』
レイウスから『風・風運』で伝えられた内容に、ミリシアは一瞬戸惑った。
「どういうことだ?」
『ダレスがやられたらしい。士気回復と戦況打開のために向かって欲しいと。とにかく補給隊のところまで来てくれ。』
告げられた内容に一瞬思考が止まるも、考えている時間はない。ミリシアはすぐさまその場を離れた。安全のためと瘴気の影響を避けるため、補給部隊は少し離れた場所で展開をしている。その旗を目指しミリシアは走った。
幼少期から鍛え続けた身体強化のおかげで後方の補給部隊と合流するのにそう時間はかからなかった。だが、そこにいたのはレイウスではなく、護衛の魔術師と騎士だった。
「レイウスは?」
「レイウス様は戦場を離れる訳にはいかないと連絡後すぐに戻られました。」
騎士から報告を聞いたミリシアはやれやれというふうに肩をすくめると、すぐに現状を聞いた。
「陽動部隊はほぼ連絡が取れない状況にあり、現状も不明です。一刻を争う事態かと。」
「わかった。行こう。」
ミリシアはすぐさま近くのノークベルトに跨り、首を巡らせる。いざ走ろうとしたとき、護衛の騎士が龍車の御者台にいることに気づいて彼女は驚いた。
「龍車で行くのか?」
「負傷者の収容も任務ですので。」
「そうか。」
ミリシアはそのままノークベルトの腹を蹴り、駆け出した。
(ダレス...力のあるお前がなぜ...)
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もともとミリシアは街の商人の娘として生まれた。代々魔道具を作ってきたアターシャ家の長女である彼女は当然、家を継ぐことを期待されていた。跡継ぎとしてもてはやされ、大切にされた。
だが、そんな生活もある日突然終わりを告げる。
6歳のときに受けた適性診断で彼女に魔法適性が出なかったのだ。両親はその事実を信じられずに、何度も診断のやり直しを願った。だが、彼女の属性が覆ることはなかった。
それ以来、彼女の扱いは一気に粗雑なものになった。両親や周囲の期待は3歳離れた弟へと向き、彼女は見向きもされないようになってしまったのだ。
「私は必要ないんだ。」
当時幼かった彼女にとってその事実はあまりに残酷すぎた。そして、彼女の弟に魔法適性が出たことでその思いは一層強まった。家にいる時間が減り、近くの空き地で、一人で過ごす時間が増えていった。
そんなある日のことだった。彼女がいつも通り空地に行くと、見知らぬ男が一人で隅の岩に座っていた。ミリシアは警戒しながらも少し離れたベンチに座ると空を見上げた。夕方の空は美しく、そのまま眺めていれば吸い込まれてしまいそうだった。
「いつもここに来るのか。」
視線を戻すといつの間にか例の男が近くにいた。こげ茶色のローブを羽織った彼は白いひげが伸びて手や顔には皺が刻み込まれていたものの、目は強い光を宿していた。そんな彼に少しおののきつつも彼女は恐る恐る頷いた。
「そうか。この街はいいところだ。心が落ち着く。」
そう言って彼はミリシアが座るベンチの端に腰かけた。古びた座面の木が軋んだ。
「家には帰らないのか。」
「帰っても面白くない。」
「親は。」
「私のことなんて気にしてない。」
「そうか。」
かすれた声で男が呟く。静寂が訪れ、遠くで子どもを呼ぶ親の声が響く。
「おじさんは何しに来たの?」
「私か、私は、、、何しに来たのだろうな。」
答えながら遠くを見つめる男の目に心なしか寂しそうな色が浮かんだ。それ以上聞いてはいけないような気がしてミリシアは黙り込んだ。そしてそのまま時間だけが過ぎていった。いつも通り、話し声もない静寂の時間。それなのに隣に誰かいるだけで居心地がいいような気がしていた。
「さて、そろそろ日も沈む。家に帰った方がいい。」
どれくらい時間が経ったのだろうか、空から赤みが消えて夜の青に彩られ始めるころ、男は言った。彼女は立ち上がると小さく頭を下げ、家へ向かった。しばらく離れてから振り返っても、その男は変わらずベンチに座り続けていた。
それがミリシアが剣に出会ったきっかけだった。彼が持っていた剣の美しさ、強さに惹かれた彼女は、いつしか空地で剣を振るうようになった。かつての弱かった自分を振り払うように。
やがて10歳になった時、彼女は男の勧めで騎士学校に入学した。男にもらった剣とともに家を出た彼女はそれ以来、戻ることはなかった。
「すげぇ。今年もミリシアがトップだぜ。」
「あいつバケモンだよな。」
謎の男のおかげか、入学するころには剣の腕は誰にも負けないほど強くなっており、その後も毎年成績はトップを守り続けていた。
その一方で、妬みや嫉みも彼女には降りかかってきた。
「あの子、街の商人の家の出だってよ。」
「一般庶民は大人しくへりくだってればいいのに。」
「なにか用か?」
「あ、いえ、なにも。」
「そうか。」
そういう人は大体姿を見せれば黙った。それだけで十分だった。力を持ちながら驕ることもなく、特に争いも起こさない彼女はいつしか周囲の人間から慕われ、そして愛されるようになっていった。
そんなある日のことだった。彼女は一人の魔術師に会った。
「ここで何をしているんだ?」
「ん?ああ、君か。」
お互い、会ったことはなくとも名前くらいは知っていた。
「ミリシア・アターシャ。騎士学校ではトップの成績なんだってね。よく聞くよ。」
「そうか。」
彼はそのまま視線をミリシアから外した。彼の見る先には魔法学院のグラウンドがあり、そこで生徒たちが魔法の実技演習をしていた。
「お前は参加しないのか、ダレス。」
「呼び捨てされたのは初めてだ。みんな変にへりくだる。面白くないよ。」
そう言って彼は黙り込んだ。遠くから聞こえる学生たちの声が間に割り込んで微妙な間を埋めようとする。
「戦いたくないな。僕は。」
唐突に彼から発せられた言葉に腹が立ったのがわかった。何か言うべきか。一瞬迷ったのちに気づけば彼女は言葉を発していた。
「お前は生まれ持った力がありながらそれを使いたくないと。どれだけ願っても力を得られなかった人間が幾人もいるというのにか?」
思わず声が荒くなる。ダレスが驚いてこちらを向いた。だが、止められなかった。こみあげてくる感情のままに言葉を紡ぎ続けた。
「力を持つのなら戦え。それが力を持ったものの宿命だ。この世界においてそこに選択権はない。」
理不尽なことを言っているのはわかっていた。だが、どうしても言いたかった。自分がどれだけ願っても得られなかった魔法の力。その力を生まれながらにして持つのに、使いたくないと弱音を吐いた彼を自分は許せなかったのだ。
「急にすまない。忘れてくれ。」
ミリシアはそれだけ言い残すとその場を去った。ダレスの顔は見れなかった。ただ気まずい気分だけが残った。
宮廷最高魔術師の家系であるフェリックス家の次期当主に対しての暴言。おそらく処分は免れないだろう。そう覚悟していたはずだった。
5年後。王立騎士団に所属していた彼女は宮廷騎士団への昇格を果たし、その半年後にはなんと宮廷騎士団長に任命されてしまっていた。
「力のあるものが戦う運命、か。いい言葉だ。」
任命式の日。国王が呟いたその言葉にミリシアは恥ずかしさでいっぱいになりながら叙任を受けた。そこが彼らの始まりだった。
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