第43話 作戦開始⑤
その頃、戦場の北側ではすでに激闘が始まっていた。
宮廷騎士団が前に出て引きつけ、その隙にそれ以外の王立軍が周りを囲む、アストリアからダレスが受けた指示はそうだった。だが、予想以上の魔物の数に王立軍は苦戦を強いられていた。
「退いてもいい。だが負けるなって過酷すぎませんか?」
目の前のゴブリンを倒しながらカイルがぼやく。
「おまけに今日は雲が多い。嫌な予感がします。」
彼の言葉にダレスも一瞬空を見上げる。たしかにどす黒い雲が空を覆っていた。
「僕らの仕事はとにかく魔物をここに引きとどめること。愚痴なら後で酒でも飲みながら話そう!」
冗談を交えて返し、敵に魔法を打ち込む。横にいた彼もその冗談に一瞬笑った後に、魔物の群れに飛び込んでいった。
「お前もゆくゆくは宮廷最高魔術師として部隊を引っ張っていくんだ。しっかりしろ。」
幼い頃から幾度となく言われ続けてきたこの言葉。生まれた時から神童と呼ばれ続けてきたダレスにとって、それ以外の道を選ぶことは許されなかった。
「戦いたくない。」
一度だけ誰かに呟いたことがあった。人生でたった一度だけ吐いた弱音。相手が誰だったかは覚えていないし返答も覚えていない。ただ、納得できなかったことだけが記憶に残っている。
「僕は戦う運命なんだ。」
それ以来、ダレスは自分にそう言い聞かせることにした。フェリックス家の当主として、宮廷最高魔術師として戦う、それこそが自分の生きる意味だと。
「だからごめんね、もう少しだけ君たちを倒さなきゃいけない。」
そう呟いてダレスは『火・火槍』を撃ち込んだ。撃たれた魔物は悲鳴を上げながら火に焼かれていった。
「ダレス様危ない!」
「え?」
火に焼かれる魔物に一瞬気を取られていたダレスは後ろから近づいてきたコボルトに気がつかなかった。魔法を打つ間も無く、コボルトの攻撃がダレスを庇った一人の兵士の体を引っ掻き、兵士の体が地面に倒れた。
慌ててダレスは『風・風壁』で彼と自分の周りを覆う。
倒れた兵士の顔を見たダレスは驚いた。
「なんで…。」
ダレスの身代わりになって攻撃を受けたのはカイルだった。
ダレスの問いかけに彼は弱々しく答える。
「隊長を守るのが部下の仕事です...。」
そう言い残すと彼は目を閉じ、静かに息を引き取った。
ほんの少しだけ笑っているような彼の顔に、ダレスは思わず涙をこぼした。
「カイル...ごめん...。」
最後に一度だけ彼の遺体に手を合わせると、ダレスは『風・風壁』を解除した。周りの魔物が一斉に襲いかかってくる。それを一気に『火・爆発』で消しとばすと次の群れへと走っていった。カイルの想いを無駄にしないために。
「前方にゴブリンキング2体確認。護衛にゴブリンメイジ他数体。」
前に出ていた騎士から、戦闘前に全員に支給された魔道具による伝達で敵の状態が入ってくる。ダレスは『風・飛面』で飛び上がると、敵の位置を確認し、近くまで飛んだ。
「ダレス様。あそこです。」
ダレスが降りてきたことに気がついた騎士が指差す。彼の指す先には一回り大きなゴブリン2体と、それを取り巻く護衛らしき魔物が数体こちらへ向かってきていた。
「私は左側の一体を相手します。君は何人かを連れて右の一体を始末してください。」
「わかりました!」
その騎士が仲間を呼びに走っていくのを確認し、ダレスはゴブリンキングの元へ向かおうと再び『風・飛面』を使おうとした時、何者かの咆哮と共にキングの一団を白い靄が包み込んだ。