第42話 作戦開始④
「マサヒロくん、起きて。」
眠りこけていた俺は誰かに肩を揺すられ、目を開けた。
「ああ、リクトか。どうしたんだ?」
起き上がってリクトに向き直る。外は少し明るく、それに照らされたリクトはいつも以上に真剣な顔をしていた。
「もうすぐ作戦が開始される。早く準備を!」
そう言い残し、彼は他の3人も揺り起こしていく。
俺は近くに置いてあった防具を手に取り、身につけた。クローカーの魔法のおかげか、予想以上に軽かった。
「有沙、大丈夫か?」
付け終えた俺は苦戦している有沙に近づいた。首を振った彼女の代わりに、防具をつける。ちゃんと装備されているのを確認して離れようとすると、服の袖を引っ張られた。
振り返ると有沙が俺の袖をつかんでいた。驚いて彼女を見るも、下を向いていて彼女の表情はわからない。
「まさくん、私怖い...。」
今まで弱音を吐かなかった有沙が小さな声でつぶやく。
なんとか持ちこたえていた心が折れてしまったのだろうか、有沙は俯いたまま動かない。俺はどうしたらいいのかわからないまましばらく立ち尽くしていた。彼女の目からは涙が零れ落ちていく。
「今までは大丈夫って思ってた。でも、いざ行くってなったらやっぱり怖くて。ここで死んじゃったら私たちどうなるのかな。元の世界に戻れるのかな。お母さんに…会えるのかな...。」
最後は涙のせいでほとんど言葉になっていなかった。静かな洞窟に有沙の泣く声だけが響く。
「死にたくないよ...。」
かき消えるような小さな声でつぶやく。俺はほとんど無我夢中で有沙を抱き寄せた。
「お前は俺が絶対守る。勇者である以前に俺はお前の彼氏だ。絶対に死なせない。みんなで笑って元の世界に戻ろう!」
そう言って俺はより強く彼女を抱きしめた。胸の中で有沙が小さくうなずく。その頭を撫でると俺は有沙から身体を離した。
真っ直ぐ彼女を見つめる。いつの間にかその茶色の瞳から恐怖の色は消えていた。
「よし、じゃあ行こう!」
「うん!」
俺は少し元気を取り戻した有沙の手を取り、洞窟の入口へと歩き出した。
空がほんのりと明るみ、遠くから人々の鬨の声が聞こえる。
各々の武器をもって立ち並ぶ勇者部隊の兵士たちは、暗闇で見るよりもはるかに頼もしかった。彼らが動くたびに鎧の金属が擦れる音が大きく響く。
そして彼らの傍には、昨日はいなかった部隊が集まっていた。荷台にアイテムボックスを載せた龍車が数台と、それを引くノークベルトが数体、それに兵士。補給部隊だとリクトは言っていた。夜明けと共に戦場を駆け抜けてきたらしい。
その勇ましさに俺は体の内側からなにかが込み上げてくる感じがした。
だが、そんな一行を飲み込むかのように空はどんよりと曇っていて、どこか不気味だった。
「全員揃ったな。よし、行こう。」
俺たちが外に出たのを確認してレイウスは声をかけ、一同は一列に隊列を組み、少しずつ狂神の陣地へと近づいていく。予想と違って魔物と出会うことも無く、一隊は黙々と進み続けた。
「ダレスたちがうまくやってくれてね。ほとんど向こうに引き寄せられたみたいだ。だから予想以上に敵の反撃は少ないかもね。」
横を歩くリクトの言葉に、安心したように有沙が胸をなでおろす。
「そういえば二人はいつまで手をつないでるつもり?」
後ろから飛んできた海里の言葉に俺はあわてて有沙の手を離した。
「ごめん、そういえば繋いだままだった。」
「いいよ、繋いだままでも。」
「いいのか?」
「うん。」
再び繋ぐべきか悩んでいると、有沙の方から手を取ってきた。俺は今さら少し照れながら手を握り返す。改めて感じたほんのりとした人の温もりが手に伝わり、心が少しだけ軽くなったような気がした。
「見せつけてくるねぇ。」
「ほんとだよ!」
後ろの海里や神村の言葉など耳に入らないかのように有沙は俺の手を握ったまま歩き続けていた。さっきまでの涙とは打って変わって前を向く彼女に、俺はふと、前線基地で交わした言葉を思い出した。
「ここから先は命の危険もある。もし不安ならここに残るのもありだけど。」
レイウスやリクトと話す海里たちを見ながら俺は有沙にこう告げた。
「有沙を危険にさらしたくない。」
だが、彼女は首を横に振るとこう言った。
「まさくんと一緒にいたい。」と。
「有沙って強いんだな。」
「急にどうしたの?」
「いや、基地での会話といい、今朝のことといい、すぐに切り替えたというかうまく言葉では言えないんだが、ふとそう思ったんだ。」
俺の言葉に有沙は少し笑うと、前を見つめて言った。
「私さ、陸上やってたじゃん?だからさ、結構切り替えなきゃいけない場面ってあるんだ。だからかもね。」
「そうか。」
隣を歩く彼女が今までにないほど強く見える。いつの間にか彼女に勇気をもらっていたような気がして可笑しくなった。
「俺が守るって言ったんだけどな...。」
「何か言った?」
「いや、なにも。」
「そっか。」
そう返して俺は有沙の手を離さないようにしっかりと握った。
「守らないといけない人がいる」
そのことが俺を強くしてくれる、そんな気がしていた。