第38話 束の間
「なぁ、アストリアよ。」
「はい。」
本部が置かれた建物の一室。窓から前線基地を見下ろしながらカイザックが問いかける。
「この戦い、勝てると思うか。」
「わかりません。彼ら4人がどこまでの働きを見せるか次第です。」
アストリアの返事に、カイザックは小さくため息をつきながら基地の広場にいる4人を見た。
「王国の命運を任せるには若すぎるな。神は残酷だ。」
「そうですね。」
窓にアストリアが近づく。人の流れの中で見え隠れする4人は少し笑っているようにも見えた。
「リクトに任せて正解でしたね。」
「あいつは人の心を動かすのが上手だからな。」
「ええ。さすがです。」
「戦場で彼らが折れないことを祈るだけだな。」
そう呟いて彼は窓から離れた。残されたアストリアは祈るような気持ちで4人を見つめていた。
リクトのおかげでようやく笑えるようになった海里たちを残し、俺はクローカーと共に基地内を移動していた。装備が置かれたテントに入った俺たちは、隅に大事そうに置かれた木箱に近づいた。
「これが皆さんに付けていただく防具と、数日間分の食料ですね。」
クローカーが箱を開けて説明する。
「かなり重装備なんだな。」
「万が一のことがあってはいけませんので。これらの食料は王国軍が運びますので、皆様には防具と、それからこれを。」
そう言ってクローカーは革の袋を俺に渡した。中からはいくつかの石が出てきた。
「魔道具です。これを使えば離れた人とも会話できます。およそ2メートルくらいが範囲だと思ってください。」
「それを俺だけに伝えてどうするんだ?」
頭に浮かんだ素朴な疑問をクローカーにぶつけると、彼は少し困ったような顔で言った。
「私からお伝えするより、マサヒロ様からお伝えいただいた方が皆様も安心するかと思いまして。」
「そうか。」
そう呟くと俺は防具を手に取った。手で撫でると、表面にうっすらと何かの紋様が刻み込まれているのがわかった。
「これは?」
「これは防御用と軽量化の魔法陣ですね。といっても小さいものですが。」
「わざわざ刻み込んだのか?」
「これくらいしかできませんから。」
そう言って彼は微笑んだ。その笑顔にどこかぎこちなさを感じて俺は不思議に思った。だが、その理由を俺が聞く前に、クローカーが口を開いた。
「正直、命の保証はできません。本当はもっと訓練を積んでからの方が良かったんですが...。」
「ああ。それはしょうがない。いきなり突破されてしまったんだから。」
「そうですね。マサヒロ様はすごいですね。こんな状況でも落ち着いてらっしゃる。」
「ま、まぁな。」
(前世がリクだったからとは口が裂けても言えないな)
「さて、戻りましょうか。皆が心配します。」
何かを振り払うようにクローカーが歩き出す。俺は彼の後を追って物資が置かれていたテントを出た。
少しずつ傾く日が、作戦開始の時刻が迫っていることを無言で告げていた。