第36話 緊急事態②
「みなさん、緊急事態です。直ちに準備してください!」
「どうしたんだ?!」
「みなさんが倒すべき狂神が、突如として行動を活発化させました。本日からの巡回は中止、今から前線に飛んでもらいます!」
彼の言葉に食堂の空気が凍りつく。
「でも俺たち全然訓練できてないぞ?」
神村の焦った言葉に有沙と海里が頷く。
「私やリクト、王国の兵も援護します。危険な目には合わせません。みなさんの力が必要です。お願いします!」
訓練が始まって以来、これほどまでに真剣でどこか不安そうな顔をしているクローカーを見たことはなかった。
「わかった。行こう。」
俺の言葉に他の人たちが息を呑んだのがわかった。
狂神の恐ろしさは今までの授業で幾度も聞いた。だからこそ、準備不足で挑んで勝てる相手ではないことは分かっていた。
「でも俺たちが行かないと他の人たちが死ぬんだろ?」
もしかしたら元英雄の血が騒いだのかもしれない。俺は迷うことなく行くことを決めた。
「まさくんが行くなら私も」
海里の言葉に、他の二人も心を決めたのだろう。目線だけで頷くと、俺たちは自分の部屋に向かった。
俺は部屋にある荷物をすべて『空間・アイテムボックス』に入れ、準備を終わらせた。
覚悟を決め、約1ヶ月過ごしたこの部屋を出ようとして、思い出した。アエリスに、英雄の森を出ることになったと伝えるのを。
俺は急いで『空間・念話』をアエリスに繋いだ。
(アエリス、聞こえるか。手短に言う。英雄の森を出て前線に行くことになった。)
『む、もうその時か。わかった。リク、後で俺も行く。』
アエリスのその言葉を確認した後すぐに念話を切り、クローカーのもとへ向かった。
もうみんな揃っていた。
「さあ、手を繋いでください。準備はいいですか?」
覚悟を決めたような顔で頷く。
「『無・転移・リカリス』!」
その詠唱を聞いた途端、白い光に包まれた。眩しくて閉じた目を次に開いたとき、遠くからもはっきりと大きな壁が見えた。おそらくここが前線であるリカリスという街なのだろう。クローカーの着きましたという声をかき消すように、喧騒が流れ込んできた。
クローカーは小声で『風・風壁』とつぶやき、喧騒が聞こえないように薄く正弘たちを囲んで言った。
「みなさん、今から軍の司令部へ行きます!私にちゃんとついてきてくださいね!」
そう言って彼は歩き出した。
王都から送られたのだろう大量の武器や物資を担いだ筋骨隆々の男たちや騎士らしき人々が、慌ただしく横を走り去っていく。その間を縫って少し歩くと、時計台らしき石造りの立派な建物が見えてきた。王国の旗がはためいているところを見ると、ここがクローカーの言う司令部なのだろう。
「失礼します。勇者の4人を連れてきました。」
建物内の一室の前で彼は立ち止まり、中に問いかける。「入れ」という声がうっすらと聞こえてきたのを確認して、クローカーが扉を開けた。
中では円卓の周りで数人が話し合いをしているところだった。その誰もが外にいた人間とは段違いのオーラを身に纏っていた。
「やぁ、マサヒロにみんなも!昨日ぶりだね!」
人々の影からリクトの笑顔が見える。無表情の人々の中で彼の周りだけが輝いていた。
「彼らが例の勇者か。」
一番奥にいた、がっしりとした体型で灰色っぽい髪型をした男がリクトに問いかける。まるで腹の底にまで響くような重い声だった。
「はい。並の魔術師よりは役に立つと思います。」
「そうか、それは頼りになるな。」
リクトの言葉に耳を疑うも、それを否定できるような空気ではなかった。
「私はカイザック・ソヴァール。本作戦の司令官だ。そして私の左にいるのが副司令官のアストリア・ミハエルと宮廷最高魔術師のダレス・アレイ・フェリックス。そして宮廷騎士団長のミリシア・アターシャだ。」
一番奥の男が紹介していく。
カイザックに紹介された3人が軽く頭を下げた。
「他にも紹介すべき人物はたくさんいるが、それはこの戦いが終わったあとにでもやろうか。本題に入ろう。」
彼の言葉に、アストリアが前に出て円卓の上の地図を指し示す。そこには狂神の位置や本部の場所が描かれていた。
「ここでくいとどめなければ、王国が滅亡する。そう思って戦ってほしい。それはそこの4人も一緒だ。」
アストリアが俺たちを順番に見ていく。彼の目の奥には、嫌とは言わせない強い力があった。
「では、作戦の概要を伝える。」
彼は机の地図を指し示しながら説明を始めた。