第3話 いつかのあの日の幸せな日常
第2話の後半に続きの話を付け足しました(約2時間前)。見ていない方は先にそちらを見てから読んでください。
至近距離で見てみると、タグリアの言語で文字が刻まれていた。
『リク・ソヴァール(郭暦2000~2308) ~復活を操り世界を救った英雄 ここに眠る~』
『カナティア・ソヴァール(郭暦1900~2500) ~英雄とともに世界を救い、英雄とともにここに眠る~』
正弘は自分でも気づかないうちに、瞳からこぼれ出た雫は頬を伝っていた。何の涙かはわからないが、カナティアと過ごした幸せな日常を思い返していた。
息子たちが小屋を出て王都で暮らしに行ってからは俺とカナティアは何事もない、それでも充実した日々を送っていた。
「ただいまぁ」
小屋を開けると中に倒れ込む。自分では実感していなかった体のほんの少しの衰えに呆れが出る。
「おかえり。どうだった?」
「まぁ捕れたよ。でもいつもよりは減った。」
「なにも捕れないよりはましよ。」
居間の椅子に座ってのんびりと本を読んでいたカナティアが立ち上がると、両手を前に出す。
リクはすでに解体された鹿をはじめとする肉類や根菜類をカナティアに渡した。
「夕ご飯できたら教えるから寝てていいよ」
「ありがとう」
カナティアの言葉に甘えるべく彼は居間を横断し、自分の部屋に入る。
この森に住み始めてからなにも変わらない風景。明るい日光が差し込む窓にカーテンを引くとそのままベッドに寝転び、目を閉じた。
「起きてよ、バーカ」
耳元の囁き声に重いまぶたを開けると、カナティアの翡翠色の目が視界に飛び込んできた。
「できた?」
「うん。10分ぐらい前に」
「だったらもう少し早く起こしてくれたら良かったのに」
「寝顔見てたら10分経ってた」
そう意地悪く笑うと彼女は部屋を出ていった。開け放されたドアからいい匂いが漂ってくる。
夕ご飯の匂いでメニューを当てようとしても当たった試しがない。鼻が詰まっていようと詰まってなかろうとだ。
「鍋?」
「そ。畑の野菜結構育ってたから使おうと思って。好きでしょ?この出汁。」
自慢げにカナティアが開けた蓋から湯気が飛び出す。無言で頷くと彼はダイニングの椅子に座った。
「なんというかカイトとカタラタスが王都に行ってもこの椅子片付けられないよな」
「あの子達もたまには帰ってくるからねー」
2人が4人になり、そして2人に戻った。人数が減った分、温かみは増していた。
「いただきます」
二人同時に言うとリクは湯気を立てる野菜に箸を伸ばした。
「いやぁ、相変わらずおいしいね。」
「最初はすごく苦戦したんだよ?この味付け。シオトンコツだっけ?」
「そうそう。ニホンで好きだったんだよ。」
この小屋に住み始めてから、リクはカナティアに無理を言ってニホンで食べていた鍋の出汁を再現してもらったのだった。
「あれはすごかったね。一日かかったもん。」
「全然原料わかんないし。」
「ほんと。」
いつもの食べ慣れた味が、疲れた体に沁みる。
なんとか王都で手に入れた2人用の小さな土鍋はあっという間に無くなってしまった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「あ、覚えたんだ。」
「うん!言ってみたかったんだ。」
カナティアが小さな皿を片付けるうちにリクが土鍋を持つと水を入れて流しに置く。
「はい、これ」
濡れたままの食器を渡される。いつもの流れでリクはタオルを手に取るとそれらをどんどん拭いていった。
「なんか疲れた。このままここで寝ちゃいそう。」
「寝ちゃえば?」
「絶対風邪引く。」
「布団かぶればいいじゃん。」
食器の片付けも終え、彼らは居間にあるソファでくつろいでいた。
「これ、はい。」
しばらくどこかへ行っていたカナティアが帰ってきたと思えば、リクの上にタオルケットを落とした。
「これで寒くないでしょ?」
「まぁな。あれ、お前もか?」
「うん。たまにはね。一緒に寝たいから。」
「そうか。」
ソファに座り直し、タオルケットを肩まで引き上げると、その横にカナティアが若干リクのタオルケットに入り込むような形で座り、彼の肩に頭を預けた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ。また明日」
顔の横から聞こえてくるカナティアの小さな寝息を聞きながらリクはそっとまぶたを閉じた。
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