クリスマスデート 〜神村&海里 side〜
前話と同時期の中2のクリスマスです。
少し長めです。
12月25日16時、海里達が通う中学校の最寄り駅には誰かを待っていそうな女子が1人いた。
彼女はふかふかの手袋をつけた両手を寒そうにこすり合わせながら、白い息を吐いている。
ひっきりなしに右手首につけている腕時計を見ては周りを見渡す。相手は集合時間に遅れているのだろうか。
彼女は時計台の下のベンチに座ろうとする。
ちょうどその時、駅とは違う方から何かを叫びながら時計台の方へ走っていく男子の姿が目に映った。
彼は、ベンチに座ろうとして下げかけた腰を上げた彼女に頭を下げて謝っているようだ。
謝る彼に、自分の腕時計を指さしながら顔を赤くして何かを言っている彼女が見える。誰の目に映っても彼女が怒っていることが分かる。
頭を下げ続ける彼の頭を、そのふかふかの手袋でぽんぽんと叩き、彼女は駅に向かって歩き出した。頭に衝撃が来たことに驚いて頭を上げた彼は、数歩先を行く彼女の背中を慌てて追いかけていく。
一組のカップルは駅前にほっこりとした雰囲気を与えて駅の改札を抜けていった。
海里は集合場所に決めた駅前の時計台の下で大志(神村)を待っていた。昼食は家で取ったが、そんなに多くは食べられていなかった。
今日のクリスマスデートが楽しみで集合時間の5分前にはもう着いていた。今は既に5分経って集合時間になり、もう5分経った頃だ。あまり時間に厳しくはないので、このぐらいなら気にしないが、寒すぎて少し腹が立ってくる。
もう一度周りを見渡すと、こっちに向かって走ってくる大志の姿が見えた。
「あっ、やっと来た~!」
「ごめん、ちょっと遅れたっ!」
私の前にくると同時に大志は頭を下げた。
「もう、こんなに寒いんだから待たせないでよ。ほら、行こ!」
下げられた頭を手袋でぽんぽんと叩いて駅に向かっていく。
「あっ、先に行くなよー!」
ようやく頭を上げた大志は駅に向かっていく海里の背中に声をかけた。
階段を上がってホームにつくとちょうど目的地を通る電車が入ってきた。
「あ、これ、目的の駅も通るじゃん。大志、これに乗ろっ」
「ふぅ・・・そうだな。」
車両に入り、空いていた椅子に座る二人。大志は小走りしてたせいか額に写る汗を手の甲で拭っていた。車両内はクリスマスデートを目的としたカップルが多そうだった。
「お互いに何か買ってクリスマスプレゼントにしようって言ってたけど、どこで買うの?」
「そりゃあ、リオンモールじゃね?あそこは大抵何でも売ってるし、一番上の階に映画館あっただろ?」
「あ!あそこなら確かにいっぱいあるね。私も昔お母さんに連れて行ってもらったなあ。お父さんが車を運転して、懐かしいなぁ。」
「そうなんだ。あれ?正弘とは行かなかったのか?」
「ああ、そう思えば今の家族じゃ全然行ってないね。外食は結構あるけど。」
「うちはそんなに外食はないな。ところで、何が欲しい?」
「それはリオンで見ながら決める。あ、着いたっ。降りよ?」
「そうだな。」
肩からぶら下げている鞄を手に持ち直して大志は席を立ち、扉付近で彼を待つ海里の横へ歩いていった。
『車内に落とし物お忘れ物ございませんようご注意ください。お出口は右側です。扉付近のお客様はドアから手を離してお待ちください。ご乗車ありがとうございました。木田、木田です。』
二人はホームに降り立つ。後ろを振り返るとピンク色の看板にでかでかとリオンと書かれているショッピングモールが見えた。
「駅からつながってるんだね、ここ。」
大志は相槌だけ打ち、それなりにごった返している人ごみの中で海里の手をそっとつかみながら、『リオン→』と記された表示を見て進んで行く。
「海里、この手袋とかどうだ?」
「ええ、手袋は今持ってるからいいよ。それより大志、これはどう?」
「うーん、これは・・・」
順調に歩いて数分でリオンには着いた。エスカレーターで2階に集まっているファッション系の店を歩き回っている。
お互いぼんやりと欲しい物はあった。だが、それは口には出さず、いろんなものを物色していく。
二人の足はいつの間にか本屋の前で止まっていた。
「そうだ!私、あの本を前に読んだんだけど、すごく良かったの!大志にも読んでほしいから、これ、私からのプレゼントにする!」
そう言いながら海里は、店先で紹介されていた一冊の本を手に取った。
表紙に写るのは満天の星空を見上げる女性とその人の手をにぎる男。そばには病院のベッドに寝かされた女性の姿がある。絵の隙間を縫うようにして濃い青に目立つ色で描かれているタイトルが目に入っていく。
「『星の海に浮かぶ君』・・・?」
「そう!」
海里はテンションが上っているようだ。それぐらい良かったのだろうか。その本の帯には、『感動の傑作!!』と書いている。
「恋愛も友情も入っていて、とにかく最後は感動したなぁ。部屋で読んでて涙が出てきたもん。」
「へぇ、気になってきたなぁ。じゃあ、俺も何か本をプレゼントするぜ!今年は本の交換だな。」
「だね。」
海里は手に取ったその本を右手に持ったまま、贈る本を探しに行く大志の後をついていった。
表示を見ずに進んでいたせいか、いつのまにか漫画コーナーに入っていた。
「あ、私、ここで漫画読んどくから、本決まったら来て。」
散々歩いたが、大志の思う本はいくつかあるらしく、わかりやすく迷っていた。業を煮やした海里は試し読みできる漫画を選んでいる。大志は迷っていた本があったコーナーへ歩いていった。
「何読もうかなー・・・、う〜んと、あれ?え?うそ!?この本の漫画版、あるじゃん!私、自分用にこれも買おう!」
持っていた本とおいてあった本とを見比べる海里の顔には喜色の笑みが浮かんでいた。
海里が凝視している漫画には虹色で『星の海に浮かぶ君』と書いてあった。
海里は持っていた本の上にその漫画を乗せた。その漫画が最後の一冊だったようで手に取ったら、漫画があった部分だけ下に敷いてある布が見えた。それを見て、ラッキーっと思っていると、大志の声が隣から聞こえた。
「海里?」
「わぁっ!びっくりしたー。驚かさないでよー。何?」
「本、決めてきたぞ。結構悩んだんだけど、やっぱりこれかな。」
そう言って彼が見せてくれたのは、最近何かの賞を取っていた小説だった。海里は奇遇にもこれを読んだことがない。
「あ!これ、最近話題になってるっ!確か未来の戦争の話だよね?」
「そうそう。『世界強制戦争』が今年読んだ中で一番面白かったかな。海里は読んだことないよね?」
「読んでみたいとは思ってたけど、ないよ。嬉しい!レジ、行きましょっ」
海里は満面の笑みで読んでいた漫画を棚に置き、本を2冊持って先へ歩いて行く。
「海里、一冊増えてるけど、どうしたんだ?」
「あー、これは大志に勧めた本の漫画版。自分用に買おうと思って。」
「へぇ、それ漫画も出てるんだ。すごいな。」
「そうでしょ!えへへ」
自分のことのように嬉しそうな海里を見て、大志も顔をほころばせた。
無事本を買い終えた二人は本屋から出て向かい合い、お互いの持っている本を交換した。
「じゃあ、はい。これ、プレゼント。」
「私も、これ。」
二人共両手を突き出して本を渡そうとしたのでプレゼントの本を取れなかったのは余談だろう。
本屋にいた時間は結構長く、元々予定していた映画はお腹が空いたという理由でなしになった。
「映画はまた今度にしよう。」
「そうだな。ご飯、どこで食べる?今は・・・18時ぐらいだけど。っていうか何食べたい?」
「う〜ん、私は、温かいものがいいかな。」
「それは俺もそうだな、外寒いしな。」
エレベーターの横に掲示されている店舗説明を見ていく大志は、視線をそのままにしながら海里に話しかけた。
「お、うどんとかあるぞ?」
「何のメニューでもありそうな店でいいんじゃない?ほらこの『ガスコ』とか。」
「そうだな。それにするか。えーっと、7階だな。」
神村は傍にあったエレベーターの上のボタンを押した。
沈黙が訪れたので、海里はポケットからスマホを取り出し、20時ぐらいに帰る、とメールを送る。同時に神村もネットニュースを暇つぶしがてら見ていく。
チン、という音が鳴り、7階についた。目の前に目的のレストランがある。
「何名様ですか?」
「2名です。」
「10分ほどそちらの椅子に座ってお待ち下さい。順番が来たらお呼びします。」
「わかりました。」
神村は用紙に自分の名字を書いて海里の待つ席の隣に座った。
「何食べる?」
「俺は・・・そうだなー、カレーかな。海里は?」
「私は・・・。何にしよっかな〜。カレーも食べたいけど、大志がカレーにするんだったらそれをもらえばいいしな〜。」
「そうだな。俺も海里からもら『カミムラ様〜、カミムラ様〜』はい!」
『テーブルが空きましたので案内いたします。』
「海里、席空いたらしいぞ。行こ!」
受付の人は窓際の二人席に神村たちを案内した。机の上にはメニューが置いてある。
神村らは席についたところでウェイトレスがやってきて机におしぼりと水を置いた。
『注文がお決まりでしたら、今聞きますが。』
そう言ってどこかから伝票を取り出した。
「あ、じゃあ、俺はこの、カレーで。」
いち早くメニューを開いてお目当ての料理を見つけた神村は、それを指差しながら伝える。
『えー、カツカレー定食、ですね。』
「海里は決まった?」
「うん。私はこれにする。」
『わかりました。では注文の方繰り返します。カツカレー定食1つ。まぐろのたたきご飯1つ。以上でよろしいでしょうか?』
「はい。」
『ドリンクの方はどうされますか?』
「あ、じゃあ、このセットドリンクバーを2つ。お願いします。」
『わかりました。はい。では、ドリンクの方はあちらにドリンクバーがございます。それでは失礼します。』
「じゃあ、私、ドリンク取りに行ってくる。」
「おう。俺も一緒に行くわ。荷物、ここに置いておこう。」
「だね。」
飲み物を取りに行き、神村がトイレに行ったところで料理が運ばれてきた。
『こちらカツカレーです。』
「あ、それはこっちです。」
『前失礼しますね。まぐろのたたきご飯は・・・?』
「私です。」
『以上でご注文の方、よろしかったでしょうか?』
「はい。」
『それではお楽しみください。』
ウェイトレスと入れ違いに神村が戻ってきた。
「お、いつの間にか料理が来てる!乾杯しようか?」
「じゃあ、記念すべき私達の初クリスマスデートにかんぱ〜い!!」
「乾杯!ぷはぁ〜」
「フフッ。大志、お父さんが風呂上がりにビール飲んだときみたいな声出てる。」
「お父さんの気持ちがちょっとわかるな〜。じゃあ、」「「頂きまーす」」
二人は同時に手を合わせて声を出していた。無意識のうちにハモった。
スプーンでカレーをすくい、口へ運ぶ。海里は醤油を上にかけてスプーンを使った。
「お、美味い。」
「美味しい!あ、そうだ!大志のカレーも食べていい?」
「いいよ。はい。」
そう言って神村はカレーの皿を海里の方に向ける。
それを見て海里は少し口をとがらせた。
「?どうしたの?」
「もうっ、言わせないでよ。見本見せるから大志もやってね。」
「何を・・・?」
海里は自分の頼んだ料理をスプーンですくい、そのスプーンを神村の口の方へ持っていった。
「はい、あーん♪」
「っ!」
「食べないの?」
「食べるよ。」
そう言って口を大きく開けた。
口の中に醤油をかけられたマグロの味が広がる。
「お、美味しいな、これ。」
海里を見ると、顔が少し赤くなっていた。
「恥ずかしかった?」
「つ、つぎは大志よっ!早くちょうだい?」
神村の胸がキュンとなった。心臓がバクバクとなっているのを感じながら、自分のスプーンでカレーをすくい、海里の口に持っていった。
「あ、あーん」
「うん、美味しいね!」
神村は一気に顔が熱くなるのを感じた。
「フフフッ、大志の顔、とっても赤いね。」
楽しい夜はどんどん更けていく。
ピンク一色の晩餐が終わったところで19時を少し回った時間になっていた。
「最後は、さっきも話したけど、ここから近くのイルミネーションを見に行こう!」
「そうだねって寒っ!外、こんな寒かったんだ・・・」
「そうだな。手、繋ごう。ここから歩いて行くから。」
海里の冷たい手に神村の異様に温かい手が触れた。
「え、温っ!大志の手、結構暖かい。」
「俺の取り柄だからな。」
「地味にいいなぁ、その取り柄。私もほしい。」
「俺がいるからいらないよ。」
「〜〜〜!な、なんか急に熱くなってきたわ。」
「奇遇だな。俺も熱い。お、もう着いたみたいだぞ。」
言葉通り、海里の眼前には青白く光った大きいクリスマスツリーが見えた。その根本には多くのカップルがいる。
「あ、ほんとだ!速いね。」
「そうだろ?とりあえず、回ろうか。順路は・・・こっちか。お、」
神村は階段を見つけた。ちょうど順路の方向にある。そこで何かを思いついたのか、声を上げた。
神村は先に1段階段を降りると、後ろの方に自分の手を差し出した。
「どうぞ、お手を」
「はい」
神村は急に気取った話し方になった。
「さあ、お嬢様。こちらから階段です。お気をつけください。」
「フフッ。3段しかないよ?えーと、はい、執事さん。気をつけます。」
階段を無事下り終えたところで二人は小さい声で笑いあった。
きれいなイルミネーションロードを歩いて行く二人だが、周りには他のカップルのイチャイチャする姿が目に入る。
「そういえば、有沙たちはどこでデートしたのかな?」
「正弘も何も言ってなかったな。俺たちと会わないってことはここ以外の近いところだよな。地元じゃない?」
「ああ〜。それはあるかもね。」
「なんかどんどん人が少なくなってきてるな。もう半分ぐらい進んだのか。」
「あ、あそこにベンチがあるよ。ちょっと休憩しよう。それにしても、きれいだねぇ。」
ウットリして周りを囲むイルミネーションの海をみつめる海里、の横顔を見つめる神村。
「そうだな。きれいだな、海里。」
視線を海里からそらさないまま言ったことで、こっちを向いた海里と目が合う。
「っ!あ、ありがと。」
自分のことを言われていることに気がついて、顔を赤くする海里が可愛くて、神村は思わず海里を抱き寄せた。
「ふえっ何っ?」
「いや、かわいくて、つい・・・。」
その言葉に海里はさらに顔を赤くして、もう、というように口を尖らせる。
その仕草に胸がドクンと鳴る。尖らせた口に自分の唇を近づけ、そっと触れる。
触れ合った一瞬が何秒にも感じられる。
お互いに心臓がバクバクしてその振動が相手の体に伝わっていく。
ハグをしたまま数分経った。自分の気持ちを落ち着けると、相手の心も落ち着いていくように感じられる。
「そろそろ行こうか。」
その言葉をどっちが言ったのだろうか。自分も相手も理解しないうちに二人は席を立っていた。
電車を降りてT字路につくまで二人は無言のままだった。というよりどちらからも話しづらかった。
「じゃあ、ここで。」
「いや、もう夜遅いから家まで送るよ。」
「ありがとう。ねぇ、今日は、楽しかった。また行こう!」
「そうだな。あ、最後に。」
「どうしたの?」
神村はかばんからリボンの付いた袋を取り出した。
「実はショッピングモールでこれ、買っておいたんだ。かわいい花柄で青色の石がついたブローチなんだけど。海里に似合うと思って。」
「え、ありがとう!大事に使うね!」
海里の顔には一瞬にして笑みが広がった。
「よう、神村。」
「お、正弘!」
「まさくん。どうしたの?」
「母さんから迎えに行ってこいって言われてな。神村、ここまででいいからお前も早く帰れよ。」
「わかった。じゃあな、おやすみ。大丈夫だとは思うけど、気をつけて。」
「大志も。おやすみ!」
そう言って海里は背を向けて正弘と並んで帰っていった。
貰ったプレゼントを胸に抱きかかえて。
海里と繋いだ手は未だに少し温かった。
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