第79話 小さな戦い
そのあと行われた始業式もいつもの通り校長のあまり中身のないような話を延々と聞かされ、飽きが来始めるころに終わった。
暑苦しい体育館から抜け出し、外の涼しい空気に触れると正弘の目は一瞬で覚めた。
どうやらまだ桜が咲くには時間がかかるようで、大方散ってしまった梅の花がその体を寒そうに風に揺らされていた。
教室に戻ると、黒板に今日の時間割が書かれてあった。
20分後、宿題確認テストが始まるようだ。科目は数学と英語。
前の席で数学の問題集とにらめっこしながらノートと見比べている海里に、正弘は遠慮なく声をかける。
「海里、数学どうだ?」
「聞かなくてもわかるでしょ。今忙しいの。話しかけてこないでよ。」
「はいはい。」
海里にちょっかいを出すのをやめた正弘の机の上にはシャーペンと消しゴム、シャー芯、定規が置いてある。それ以外の物、例えば鞄やノート、教科書などはもう後ろのロッカーにしまっていた。
その行動は正弘はテストの準備が完璧だ、とか、あいつは余裕だぞ、という呟きを生んでいく。
そしてとうとう一人の男は正弘に尋ねる。
「おいおい、正弘は余裕なのか?ああ、諦めてるのか!」
「いやいや、俺も今回のテストはいい線行くからな!」
「本当にそうか?俺、その言葉去年から何回か聞いたぞ?」
「いいや、今回のテストは本気でそう思ってるからな。」
「そ、そうか。意気込みは素晴らしいな。じゃあ、俺はそろそろ勉強を・・・」
扉が勢いよく開き、監督の先生が入ってくる。美術の今井先生だ。今井先生はこの学校に大分昔からいるらしく、生徒にはとても厳しい先生として知られていた。
「やべっ。片付けないとっ!」
「ほら、まだ見てるやつ、早よ片付けろ!もう5分前過ぎてんだ!早くしまって席につけ!」
ドスの聞いた声で生徒をビビらせる。正弘は慌てることなく席についており、海里はあわあわしながら鞄に教科書をしまって後ろに行っていた。
俺は視線を今井先生の方に向ける。
彼はいつも黒いYシャツに黒いズボン、黄色いネクタイをつけて授業やテストの監督に来る。その格好でその声を使うから本当にヤクザみたいだ。それも相まってか彼を恐れる生徒は多い。
そんなことを考えているうちに、気がついたら前の席からテスト用紙が回ってきていた。自分の分を取って後ろの人に渡す。
わずか1分後、数学のテストは始まった。
大見得を切った俺の運命を賭ける戦いが始まった。