第73話 神村と海里②
お待たせしました。続きです
「え?」
「え?」
「あ、いや、冗談だよな?」
「もちろん冗談だよー。びっくりしたー?」
「びっくりしたに決まってんだろ。」
神村の返しに海里は満面の笑顔を咲かせた。
(かわいい・・・。やっぱりかわいい・・・。)
神村は心の中でそう言いながら海里を見つめた。窓から覗く景色の静けさとは裏腹に、教室からは笑い声や物音が響く。
「そろそろ、戻ろうかな。」
「ちょっと待って!」
戻りかけた海里を引き止める。
思わず体が動いたものの、そのあとに続けるべき言葉が出ずに固まる。
「どうしたの?神村にしては珍しいテンションじゃん。緊張してるの?」
「何にだよ。というか俺、ほとんど緊張しないからそれはないと思う。」
「じゃあなに?」
「いや、あの・・・。」
「ん?早く言わないと教室に戻っちゃうよ?」
「好きなんだよ、お前が。」
流れで口をついた言葉。出た瞬間に神村の鼓動は一気に速くなった。
「ふぇ、冗談じゃないの?」
「お前が冗談だって言ったから冗談みたいになってるけど、俺は本気だ。」
「え、だって・・・。」
そこまで言って海里は口をつぐむ。
助けを求めるようにあちこちを見るが、周りには誰もいない。
海里は諦めたのかまっすぐに目を見返し、そしてうつむいた。そのまま、小さな声でボソッとつぶやいた。
「急に言われたって・・・」
冗談と返したときに口を突いて出た自分の言葉に少なからず驚いた海里は、心のどこかで自分は神村に好きという感情を抱いていたのか、と自覚する。
海里の心の中では神村と付き合うのか付き合わないのかの吹き出しが争っている。
いたたまれない沈黙が場を支配しそうになった時、耐えられなくなった神村が言葉を発した。
「海里、どう、なんだ?」
「でもさ、神村くん、有沙ちゃんのことが好きだったんでしょ?」
海里の返答に神村は一瞬体を硬直させた。まるで隠していた秘密がバレたときのように。
息を飲み、そのまま固まる神村に対して海里はなおも問いかけた。
「有沙ちゃんがまさくんに取られちゃったから私に変えたのか、有沙ちゃんが好きだったけど私のほうが好きになったのかどっちなの?」
「もともとは有沙のことが好きだった。だけどお前と一緒にいる時間が増えていくうちにお前に惹かれていった。これじゃだめか?」
「そっか・・・。」
「ねえねえ、あの二人、どうする?」
「どうするって言ったって最後まで見届けるしかないだろ。ここまで聞いてしまった以上は。」
「だよね。」
「私もね、もともとはまさくんが好きだったの。でも、お父さんが再婚して、まさくんが家族になって最初は困惑した。でも、やっぱりまさくんのことが好きだった。」
「まあそんな気はしてたけどな。」
「だから神村くんは全く眼中になかった。」
「それを言われるときついな。」
「まさくんが有沙ちゃんと付き合い始めて自分の気持ちをどうしようかって悩んだけど、これでようやく踏ん切りがつけれるかもしれない。」
「ということは?」
「こんな私ですがよろしくね。」
「要するにOKってことか?」
「うんっ!」
神村に満面の笑顔で返す海里。
神村は周りに人がいないことをいいことに、喜びを隠しきれないようだった。
「よかったねっ。それにしてもまさくん、よくモテるねぇ。」
「有沙お前もだろ。」
物陰で隠れて聞いていた二人は、神村と海里に気づかれないようにそっと教室の中に戻った。
「正弘くん、何してたのー?」
教室に入るなり、長屋が絡みだす。
酔ってると言っても違和感のないようなテンションの彼女に、いつもは見れない一面を見た気がして少し得した気分になった正弘。
その日の打ち上げは宿直の用務員さんがしびれを切らして見回りに来るまで続いたのだった。