第67話 文化祭二日目
学校に着き、教室の扉を開けると、そこには多くの同級生がいた。
数分もしないうちに担任がやってきて「今日の文化祭もがんばりましょう!」と言って帰っていく。
それを尻目に正弘と海里、有沙と神村は一度正弘の席に集合していた。
「今日はどこを回る?」
正弘は今日は昼から劇があるだけで朝は空いているのだった。幸いにも正弘のいるクラスの出し物はポスターだけで、貼ってあるだけでいいので教室にいる必要はない。
「あ、私、陸上部の出し物のポップコーンの店番になってるから、昼からは無理よ。」
「そっか、有沙はそうだったね。じゃあ、昼からは有沙が作るポップコーンを食べる、ということで。」
「えー、なんか恥ずかしいねっ」
女子二人がキャピキャピ騒いでる中、先程まで無言だった神村が口を開いた。
「思ったけど、昼からは正弘が劇で有沙は店番だから俺と海里二人だけで回ることになるんじゃね?」
その一言でその場が一瞬凍る。正弘は神村と、海里は有沙と目を合わせてそのまま固まった。
「え、えっと、どうした?急に固まられると困るんだが。」
「そう言われてみればそうだな。」
「私が?神村と?一緒に?回る?」
「いいんじゃない?お似合いの二人だし!」
「ま、面識あるし大丈夫だろ。」
「なんでふたりとも賛成意見なのー!」
「悪くないと思うが。」
「そうね。」
「いや、変わってないよ?!」
「ま、そういうことだ。頑張れ。」
「うん、海里ちゃんファイト!」
「なにを頑張れと!」
変な空気になったものの、海里の全力のツッコミで、ある程度はましになったように感じた。
教室のドアを開けると、そのまま4人で廊下を歩く。いつものように、正弘の両隣を有沙と海里が挟み、その横は神村。パンフレットを片手にワイワイ騒ぐ他の3人を眺めながら、正弘は少し新しい人生を満喫しているような気持ちになっていた。
集合時間になり、昨日のように部室へ行くとすでに全員揃っており、正弘が来るのを見た長屋が声を張り上げる。
「今日も劇ですが、今日は昨日以上に人が来ると思われます。人の多さに圧倒されないように頑張りましょう!」
長屋の声で、一層気合が入る。開演1時間前だが、舞台の裏や袖はせわしなく動いていた。
衣装の着付けや大道具・小道具の確認、点検。最後の台本の読み合わせ。
「あ、正弘くん、これ手伝ってくれるかしら。」
「あ、はい。今行きます!」
長屋に呼ばれ、彼は舞台の真ん中に出ていった。彼女はマイクの位置の調整をしているところだった。
「去年マイクなんて使ってましたっけ?」
「人が多いからセリフが服に吸い込まれるのよ。それで去年、一番後ろからだと微妙に聞こえなかったから、って置いてもらったの。」
「でも昨日はありませんでしたよね?」
「昨日はあまり人来てないでしょ?」
「あー、それで。」
「ええ、それでなのだけど、なにか喋ってくれるかしら。」
「何かって・・・具体的になにを?」
「それこそなんでもいいわ。私への愛の告白でもいいわよ?」
「え・・・?」
「冗談よ、本気で言ってると思う?」
「ですよねー。」
(焦ったー・・・。)
正弘は深呼吸して呼吸を整えると、劇の中の1台詞をある程度の位置から読み上げた。
「時は流れていく。もう止められないんだ。この世界はやり直すこともできるが、それでも君が失った時間はもう戻らない。そして、周りの人間の君を失ったときに感じる気持ちも、もう戻せない。」
わずか20秒、それだけのセリフが会議室に響く。なぜこのセリフを選んだかはわからない。だが、自分をじっと見つめる長屋を見てふと思いついたセリフがこれだった。これに想いを込めたわけではない。だが、長屋は何を思ったか、うつむくと再び顔を上げ、正弘をまっすぐに見つめた。
「正弘くん、ちょっといいかしら?」
「え、あ、はい。」
長屋に手招きされて向かった先は、校舎の隅にある小さな部屋だった。
恐らく倉庫として使われていたであろうその部屋には簡素な椅子と机、そして机の上に散らばった大量の紙。正弘には見覚えがあった。1年前、長屋に連れられて入ったその部屋は何も変わっていなかった。
「ここにあるのは全部私が書いたものなのよ、知ってると思うけど。異世界部を引退したら全部捨てようかなって思ってたけど、これ、あなたにあげるわ。」
「え?いいんですか?長屋先輩がせっかくまとめたやつなのに・・・。」
「いいのよ、あなたなら託しても大丈夫かなって思うから。自分でさらに追加しても構わないし、そのまま保存してても構わない。あなたの好きにしてくれていいわ。」
「あ、ありがとうございます。」
驚いたように見つめる正弘に、長屋はそっと微笑み返した。
(本当にこの先輩は美人だな。)
「さて、戻るわよ。舞台の裏は今頃大騒ぎかもね。あ、そうそう。今動かすの大変でしょうし、鍵、渡しておくわ。」
長屋はポケットからひとつの鍵を取り出すと、正弘に手渡した。
「なんかお別れみたいになっちゃったけど、まだまだ私は現役よ!」
「はい!」
扉を開けると、異世界部の部室まで二人は走って戻った。
戻ったあとの本番の劇は昨日のような台詞が飛ぶことも少なく、順調に演じきれた。