第63話 劇の練習 終
遅くなりました!すいません。ここ最近、雨がすごいですねぇ~。みなさんも気をつけてください。まあ、言われなくてもわかっていると思いますが。
「本当に戻りますか?この世界では何度もコンティニューが効きますが。」
「いや、構わない。戻してくれ。」
「わかりました。では。」
「元の世界に戻って、またやり直そう。ゼロから。」
主人公である名端の言葉で劇は終わった。
教室に流れたしばしの静寂のあと、部長である長屋が一番最初に沈黙を破った。彼女は、劇の間に気になった点を一人一人に告げて回る。終わった後は昼食休憩だ、と宣言した。
去年から羽山以上にクラブを仕切っていた彼女は、今年になって一層、動きに磨きがかかったように見えた。去年はくくっていなかった艶のある黒い美しい髪も今は後ろでひとつにくくっていた。
「さて、石井くんだけど、ある程度の気持ちはこもってるわね。でも、もう少し振りを大きく出来るかしら?このキャラって結構大げさなのよね。だからやり過ぎだ、っておもうくらいまで大きくしてもかまわないと思うわ。」
「あ、そうですか。」
「ええ。でもその他はさすがね。完璧よ。」
「長屋先輩、変わりましたね。」
「私?あまり変わってないわ。ただ前に出て動かしていかないといけないっていう責任がのしかかってきただけよ。正直私には荷が重すぎるわ。」
そう言うと彼女は自分の肩を軽く揉んだ。
はっきり言って自分の演技をしながら部員全員の動きを確認するのはかなり大変だろう。しかも全員分の注意点を、ひとつ残らず覚えることなど無理だ。だが、あえて長屋はそれをやろうとした。自分が最後にやる劇に対する思いの大きさの現れだった。
「あの、長屋先輩。俺、手伝います。」
「え?どうしたのよ、いきなり。そんなどこかの漫画のイケメン脇役がヒロインに向かって言い放つ恋の展開まっしぐらな気障なセリフを吐いて。」
「?えっと・・・長屋先輩?」
「羽山、何してるのかしら?」
「いやー、長屋が変わってほしいからちょっと声真似してみた。」
(い、一瞬長屋先輩かと思った・・・。流石羽山先輩!)
「パソコンで私の声をつなげただけでしょ。声真似なんて言わないわ。」
「チッ。バレてたか・・・。」
「バレるわよ。大きなパソコンを持ってきて、スピーカーを繋いでたら。」
「音響用の可能性だってあるだろ。実際去年はパソコンで音を出力していたし。」
「音響用のパソコンはいつもはあそこの棚に入ってるはずよ。よっぽどのことがない限り出さないわ。」
「う・・・。」
完全に長屋に丸めこまれた羽山を見て、正弘は長屋がなにも変わっていなかったことに気が付き、少し安堵したのだった。
昼食休憩が終わり、劇の練習が始まるとそんなおふざけもなくなり、皆の表情が引き締まっていく。先程現部長に言われたアドバイスを脳裏に浮かべ意識しながら練習をする。
気づくと、カラスの鳴き声が外から聞こえ、カーテンの内から漏れ出たオレンジ色の光は床の端を照らしていた。時計を見ると6時、つまり下校時間の5分前だった。
『校舎内に残っている生徒は直ちに下校の準備をし、帰宅してください。教室を使った生徒は窓を閉め、鍵を閉めてから帰宅してください。下校当番の先生方は職員室に・・・』
という放送が鳴り、練習をしていた異世界部も今の時間に気付き、帰る準備をしようとしている。
「皆さん。今日身に着けたこと、アドバイスされたことはなるべく覚えて次の練習の時にこの状態を持続したままにしておいてください。今日は通し練習をしましたが、やはりもう少し声を出さないと会場の奥にいるお客さんまでちゃんと聞こえないわ。だから次の練習の時には『声』をテーマにして進めていくつもりよ。
今日はよく頑張ったわ。気をつけて帰って。あ、あと次の練習は来週の日曜日よ。以上です。解散!」
入り口付近で帰る支度をしていた中3が10秒もしないうちに扉を開けて出て行った。それを皮切りに残っていた中3と中1、架澄と隼人もさよなら~、と言いながら帰っていった。
正弘もそろそろ帰ろうか、と体を起こし鞄に台本などを入れて帰る準備をしていると、羽山と長屋の会話が聞こえてきた。
「それにしても、異世界部って名前だけで入りたくない部活認定されているというのに、劇だけは昔から盛況だったよな~。」
「羽山先輩ってなんでこの部活に入ったんですか?今ではこんなのですけど、先輩が中2のときはもう少しきりっとしてたから、他の部活でもうまく出来そうな感じだったんですよね~。」
「なんだよ、きりっとって。俺はネット小説にはまったから、が理由かな。ああいうのを読んでるとこの主人公はなんでこんな知識を持ってるんだ?とかいろんな疑問もあったけど、結局最後には異世界、行ってみたいな~。が出てくるんだよな。っていうかなんでいきなり?」
「秘密です。ほら、まだ石井君もいるんだからこんな話、やめましょうよ。」
「いや、長屋がフッったんだろうが。」
帰る準備を既に終わらせていた俺は会話が途切れたところで挨拶をする。
「さよなら、部長方。」
「おう、ばいばい」
「さよなら、石井君。」
扉を閉め、外に出ると部屋の中から長屋の「さて、私も帰るとしますか。」という声が聞こえてきた。
正弘は少し薄くなってきているオレンジ色に染まった廊下を進んで靴を履き、帰路についた。
「ふわぁぁー。」
ふと気が抜け、正弘は思わず伸びをした。人目をはばからずに、だ。
一日中教室にこもって劇の練習していたため、体は固まっているわけではないが、やはり精神的に疲労していた。
日が長くなって、まだ明るい空を見上げながら、ぼんやりと歩いた。ある家の横を通った時、中から美味しそうな夕食の匂いと、家族らしき幸せな声が聞こえてきた。
「早く帰ろっと。お腹すいた。」
彼は足を早め、帰路を急いだ。
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