第49話 文化祭~異世界部編~
急に話が飛びまして(投稿も遅くなりましたが)、もう文化祭です。正直、青春系は難しいですが、今後も頑張りたいと思います。
帰ってきた石井家はその翌日から正弘と海里がクラブで学校へ、卓人が会社へ行くために単身赴任を再開し、普段通りの日常が続いた。それは二学期を過ぎても変わらず、特にこれといった事もなく、そして場面は初めての文化祭に移り変わった。
中1は文化祭では出し物も何もしなくていいらしく、準備のようなものは特になかったので、海里が適当に回って満喫しよう!と案を出して採用された。が、俺はクラブの方も行きたかったので先にそっちを優先することにして海里たちとはあとで合流することになった。
いつも通る渡り廊下を通り、異世界部の部室に入る。きれいに装飾された外とは違って相変わらず飾り気のない教室だった。中には数人いて、正弘が開けたドアに少し驚きながらも話を続けていた。
「石井くん、どうしたんだい?」
「どうしたも何も先輩が呼び出したんじゃないですか。」
「そうだっけ?」
「羽山は呼び出してないわよ?」
「そうなんですか?」
長屋の言葉に首をかしげながらもそのまま教室の中に入っていった。
「そういえば出し物するって言ってたんですけど準備ってしてたんですか?」
「ああ、もともと1年生は出し者には出ないからね。言っていなかったんだ。」
「そうなんですか。」
「ええ、毎年恒例よ。あなた達も来年やるのだからきちんと見ておきなさい。」
「は、はい。それにしても隼人や架澄はまだ来てないんですか?」
「ええ、てっきりあなたと一緒にいるものと思っていたのだけれど違ったのね。」
「まあいいだろう。いつかは来るはずだ。」
「すごい楽観的ですね〜。」
「わ、悪いか!」
「いえ、全然。」
そう言うと彼は適当に席を見つけ、座った。
珍しく教室内に紅茶の香りが漂っていなかった。
「あの、長屋先輩。」
「なにかしら?」
「今日は紅茶飲まないんですか?」
「衣装に匂いがついたらだめでしょ?」
「あ、そういう理由でしたか。てっきり紅茶は飽きたのかと思いまして。」
「死ぬまで紅茶は飲むわよ。」
「体に気をつけてくださいよ。」
「ありがとう。大丈夫よ。こう見えて体は強いから。」
「そういう問題じゃないですよ。カフェイン中毒とか。」
「まあ気にはしておくわ。」
「そういって気にしたためしないだろ、長屋。」
「そうかしら?私はそこそこ気にはしているのよ。」
「羽山、長屋さん、そろそろ時間だ。着替えなくていいのか?」
「そうだな、石井くん、またあとで。」
「羽山、お前はここで着替えるんだろうが。長屋さんは更衣室で。」
「そうなのか?俺は更衣室じゃだめなのか?」
がっかりした羽山に声をかけて男子生徒がたしなめる。
どうやら羽山も男子更衣室で着替えたかったらしいがわざわざ行かなくてもいいだろという声でおとなしくなった。
一方の正弘はと言うと突然声をかけた男に面識がなくて首をひねっていた。それに気がついた2年の名端がそっと近づき、声をかけた。
「3年の山谷先輩。イケメンなんだけどチョコは受け取らない主義だから変な憶測が色々と立っていてね。」
「そうなんですか。」
「うん。まあ悪い人じゃないから気にしなくてもいいと思うよ。」
「おい、名端、衣装どこだっけ?」
「あー、ちょっと待ってくださいー!」
そう言うと彼は山谷の方に走っていった。
「石井くん、少しいいかしら。」
「は、はい。」
長屋に声をかけられて振り向いた正弘はほんの少し絶句した。
「どうしたの?」
「い、いえ、いつもの制服姿からは想像できなかったので。」
彼女はきれいなワンピースを着ていた。黒髪がいつもよりも目立つ。
「長屋先輩、何役なんですか?」
「異世界の田舎のヒロイン役よ。」
「それにしてはきれいな衣装着てますね。」
「羽山がね、ヒロインはこういう衣装がいいって言って聞かなかったから。」
そう言うと彼女は微笑んだ。
そして正弘に服が歪んでないかと問いかけた。正弘は少し下がって長屋全体を見た。制服のときよりも目立つ胸はあえて見ないようにして上から下まで見通す。
「大丈夫ですよ。」
「そう、ありがとう。」
彼女はそこでくるりと一回転する。いつもの彼女の様子からすると少しテンションが上がっているように見えた。
「そういえば僕はどうすればいいんですか?」
「君ね・・・ちょっと聞いてくるわ。」
「あ、ありがとうございます。」
彼女は教室の反対側で台本の打ち合わせをしていた羽山に聞きに行った。手持ち無沙汰の彼は教室の中を覗いていた。机の上に置かれていたプログラムに目を止めた彼はそのまま目線を上げ、時計を眺めた。
「あと1時間、か。」
「君はとりあえず舞台袖にいてほしいそうよ。」
「あ、わかりました。ありがとうございます。ちょっと行きたいところがあるので舞台が始まる20分前には戻ってきます。」
「ええ、いってらっしゃい。」
長屋に見送られ、正弘は教室を出た。
部室から中学校舎への廊下の窓から中庭が見える。仮に作られた舞台の上では5人組が踊っていた。そこから目を離し、階段を降りると模擬店の並んでいる場所に向かった。そこでは武道部がポップコーンを作っているはずだ。そして隼人と架澄もおそらくそこだろう。行き違う人たちの明るい会話を聞き流しながら彼は歩みを速める。
「あ、石井くん!」
模擬店に近づいたころ、彼を呼ぶ少し高い声が聞こえた。そして手を振る男女。
「お、架澄、隼人も。やっぱりここだったか。」
「うん、石井くんこそどこ行ってたの?」
「異世界部。」
「あ〜忘れてた!羽山先輩、なにか言ってた?」
「いいや、なにも。」
「ならこのままでいっか。」
いいのかよ、と思いつつ彼はなにも言わなかった。
その付近はポップコーンのだけでなく、様々な模擬店に香りが漂っていた。目を移すと、陸上部が作っているチュロスがあった。
「あ!・・・有沙!」
「あ、正弘くん!」
彼女は正弘を見つけると店番を放って外に出てきた。
「どうしたの?なにか用?」
「いや、武道部の模擬店を覗きに来たら隣にいたからさ。」
「あ、そっか、正弘くん武道部だっけ?でも準備してた時いた?」
「いや、異世界部にいた。」
「正弘くん兼部してるの?すごーい!」
「そうか?」
「うん、あ、どっか行こ?ここで話すのも邪魔だし。」
「ああ、そうだな。」
そう言うと二人は近くに設営されたテントに向かって歩き出した。テントの中には模擬店で買ってきたものを食べている家族連れらしきものが4、5組座っていた。その端に腰を下ろす。
「そういえば異世界部はなにも出し物ないの?」
「いや、30分後ぐらいに劇やるんだってさ。2年生以上で。」
「そっか〜じゃあ正弘くんは出ないの?」
「舞台袖だってさ。」
「じゃあ舞台袖で見てる正弘くんを見に行こうかな〜。」
「やめてくれ恥ずかしい。」
「おい、荒山、店。」
「あ、横山先輩、すみません。すぐ戻ります!正弘くん、じゃあね!」
「お〜頑張れよ〜。」
走って自分の模擬店に戻る有沙を見送ると彼も立ち上がった。改めて時計を見ると劇が始まる25分前だった。彼は模擬店の前を通過すると部室に戻った。
「戻りました!」
「お〜おかえり、というかどこに言ってたんだ?この忙しいときに。」
「すみません。武道部の模擬店を覗きに行ってました。」
「そうか。準備は始まってる。急いでくれ。」
「はい!」
そう言うと彼はその隣にある部屋に入っていった。今まで部室までしか行ったことがなかったため気付かなかったが、異世界部の部室の隣の部屋は会議室だった。今日は机をどけてスペースを作っているようだ。部屋の前の方にカーテンレールを取り付けてそこに大きな幕をぶら下げていた。
「あ、石井くん、ちょっといいか?」
「はい!」
名端に呼ばれ、彼は部屋の前へ走り出した。テストを行っていた照明が一瞬彼を照らした。
「では、異世界部主演の劇、『異世界で生産者』上演開始します!」
応援に駆けつけてくれた2年生の先輩の声で幕が開き、羽山がそっと中央に歩いて行く。制服を着た彼は中央に立つと声を張り上げた。
「あーもう、こんな世界嫌だ!俺は死んで異世界に行くんだ!そして英雄になってやる〜!」
そう言うと彼はポケットから出した薬包紙に包まれた粉末を飲み下した。設定は毒だがただの砂糖である。
それと同時に舞台は真っ暗になり、羽山は早着替えをして再び舞台の中央に立った。舞台が明るくなると同時に徳井や山谷を始め、5、6人が通行人が装って通過してく。
「ここが異世界か!よし、ここで英雄になるぞ!とりあえず異世界ものの定番は冒険者ギルドだな。どこにあるんだろうか。」
そう言って彼は歩き始めた。とは言っても舞台は狭いためにその場をぐるぐる回っているだけだが。そして数周界回ったところで、彼は舞台袖に消えた。それと同時に設営係が建物の絵を舞台の背景に差し替える。
そしてATMのような機械をその前に据えた。
「お〜ここが冒険者ギルドか!さてさて、俺の隠された能力はなんなんだ?」
そういうと彼はATMのような機械の上に手をおいた。同時にその機械が光りだした。」
「あれどうやって作ったんですか?」
「中に電球を入れて、こちらで遠隔操作できるようにしたのよ。ちなみにあれ、話すわよ。」
「え?」
「あなたに能力はありません。よって職業は農家です。」
「お〜!!そうかそう・・・か・・?農家?」
「はい。街の入り口にある門の近くにある農家に行ってください。そこなら養ってもらえるでしょう。」
「嘘だろ・・?英雄じゃないのか?」
「そんなに簡単に英雄になれると思わないでください。現実世界でなにもしてこなかった人がなんで英雄なんかになれるんですか?甘い夢見すぎです。」
そう言うと機械は沈黙し、羽山はそこに崩れ落ちた。
「こ、こんな話なんですか?というかあの機械の声、長屋先輩ですよね?」
「ええ、私よ。あ、次出番だから行くわ。またあとでね。」
「あ、はい。がんばってください。」
そう言って道具とともに舞台に出ていく彼女を見送る。
「あ、羽山先輩、お疲れ様です。タオル、どうぞ。」
「ああ、ありがとう。」
「というかあんなストーリーなんですか?異世界部だからもっと英雄になる話とかかと思ってました。」
「だからだよ。異世界に行けば英雄になれる、そういう思い込みがあるからこそこういう劇にしたんだ。しかしまさか甘い夢見すぎ、とまで言われるとは思ってなかったよ。台本にはなかったからさ。」
「だから驚いたような顔してたんですね。でも逆によかったですよ。」
「ははは。もしかしたら異世界に飛ばされたらこんなこと言われるのかもな。」
そう言って笑った彼からタオルを受け取ると、台本を見返した。
(長屋先輩が戻ってきて、羽山先輩と名端先輩か。道具は門・・?)
心の中で首をかしげると同時に長屋が戻ってきた。
「疲れたわ。そんなに長くないはずなのに。それよりも観客以外に多いのね。」
「そうなんですか?」
「ええ、会議室の後ろの方まで人が集まっていたわ。さすがに緊張するわね。」
「まあそれだけ異世界部が人気だってことですよ。」
「その割に入部者は増えないわよ。今年3人入ってかなり驚いたわ。」
「まあ確かに2年生は長屋先輩と名端先輩だけですもんね。」
「おい、石井、そこにある槍持ってきてくれ。」
「はい!」
「大変ね〜。」
長屋はそう言うと台本を見直していた。正弘は槍を手伝いの2年に渡すと、そのままそこに立ち続けた。
見ると門が少しずつこちらにずれていくところだった。驚いてみると、紐で引っ張られていた。危なかっしそうにゆらゆら揺れながらこちらに向かってくる。おそらく観客席から見れば門を通過した羽山が離れていくように見れるのだろう。
「よし、回収だ。くれぐれも倒さないようにしてくれ!長屋、出番だぞ。」
「わかってるわ。」
門の回収したと思うと彼女は舞台の後ろの幕の後ろを通過し、反対側の舞台袖に行った。羽山が舞台袖に引っ込むのと同時に小屋を引き出してきて、彼女はそこの周りで織物らしきことをし始めた。
「じゃあ、行ってきます。」
「ああ、行ってらっしゃい。」
再び設置された門をくぐる山谷と徳井。
「いいなぁ。勇者か〜。俺もああなりたかったな・・・。」
「ここで勇者たちに食料を渡したり、食事を振る舞うのも悪くないじゃないですか?」
「まあ、ここがみんなに取って帰ってくる場所になってるんだったら悪くないかな。勇者って魔物やら魔王倒したら終わりだけどこの仕事は永遠に終わらないもんな。さて、戻って昼食の支度でもするか。」
彼の言葉を合図に、幕は降りた。正弘が時計を見ると、始めてから30分が経っていた。
「よし、最後のあいさつに行くぞ。」
「はい!」
羽山に言われ、異世界部と応援の中2が舞台にもう一度並ぶ。幕が上がり、彼らを拍手が迎えた。
「ありがとうございましたーー!」
一斉に頭を下げる。
(異世界部って楽しいな。)
正弘は頭を下げながら、そう思った。と、同時にふと心の中である仮定が浮かびだす。
(俺がもし”危神”倒さずに農家やってたら、もし産神の意に逆らってたら俺の人生、どうなってたのかなあ・・・。)
そして少し顔を振りながら打ち消す。来年は自分たちが劇をやるんだ、と思いながら降りていく幕の内側で正弘は観客に頭を下げ続けた。
「あ、正弘!異世界部の劇終わった?」
「ああ、無事にな。」
「よかった〜」
外の眩しさに目を細めながら武道部の模擬店まで歩いてきた正弘を迎えたのは隼人の声だった。