第46話 石井家~1日目~
時計を見るともうすぐ目覚ましが鳴ろうという時間だ。俺は目覚ましを止めて着替え、下に降りた。
今日は海里の実家に行く日だったな。
そう考えていると、トイレの方からうめき声がした。先に起きていた海里から話を聞くと、どうやら昨日飲みすぎたせいで二日酔いになっているらしい。卓人の顔が青ざめている。そんな声を聴いていると、自分も吐きたくなる。少しでもいいから声を抑えてトイレのドアを閉めてほしい。
とりあえずお父さんは何かの薬を飲み、海里の実家へと新幹線で行った。幸い車酔いは誰もおらず(というより新幹線で車酔いはないだろう)、海里達の実家へ無事についた。
そこは大阪府だった。
お父さんの家族は幼稚園ぐらいの時に大阪から東京へ引っ越して来たらしく、お父さんだけ東京に残って家族は住み慣れていた大阪に居を戻したらしい。
駅では海里のおばあちゃんであり、おれにとってもお祖母ちゃんとなった人が車で迎えに来てくれていた。ちなみに駅で飛び交ってる言葉はほとんどが大阪弁だ。
お祖母ちゃんは東京暮らしも経験しているから標準語でも喋れる。
「それでいつまで泊まるんや?」
「一応3日は泊まろうかと。」
「そうかいな。正弘君は大阪、来たことないと思うから案内してあげんで~。圭織さんも来たことないんとちゃう?」
「私も中々ないですね。」
「明日が楽しみやな。」
違った。標準語みたいだけど、ソフトな大阪弁が入っている。たぶんそれでもまだわかりやすい方だろう。
車の外を流れる風景はどれも見たことがありそうでなかった。少し整然としている東京とは違い、ごちゃごちゃしていた。
「東京とはまったくちゃうやろ?」
運転席から投げかけられた言葉に素直に頷く。信号で止まった車の横を、数人の若者が通っていく。
窓を通して入ってくる彼らの言葉は半分理解できて、半分はわからなかった。
よく知らない街をぐるぐると走っているうちに気がつけば高速道路に乗っていた。標識を見ていなかったからどっちの方面にむかって走ってるのか見当もつかなかった。
「しかし大阪は暑いですね。」
「せやな。前東京行ったときはあまりに涼しくて驚いたなあ。」
前の席で母親と義祖母が話していた。海里は疲れてしまったのか寝てしまっていた。正弘はやることもなくただ外をぼんやりと見つめていた。
高速を下りて、下道をしばらく走ると住宅街に出た。山がすぐそばまで迫っている街を緑の市営バスが走っていく。坂を登ってしばらくしたところに目的地はあった。静かな住宅街の一角の現代風の家の前に車を止めると彼らは荷物を取り出し始めた。
「しっかし静かだなあ。」
「ね。さっきの市内とは大違いだね〜。」
「まあこの辺は大阪言うても京都に近いからなあ。」
「そうなんですか。」
車は大阪をほぼ横断するようにして来たようだった。すでに義祖母が開けていてくれた門を、荷物をもちながらくぐる。小さな庭にはいくつかの植木鉢が並べられていた。それらを横目に通過し、玄関にカバンを置く。
「これあがってもいいのかな・・。」
「いいよ〜。」
独り言のつもりで呟いた言葉に海里が反応し、返答を投げた。
「では、改めまして。石井圭織です。よろしくお願いします。」
「石井正弘です。よろしくお願いします。」
親子揃って頭を下げた。石井家の食卓にはいろんなごちそうが並んでいた。おそらく女性陣が張り切ったのだろう。
正弘の反対側にはなぜかまた、義祖父が座っていた。
(なんで俺の前はおじいさんばっかり座るんだろう・・。)
と不満を込めた疑問を心のなかでつぶやくと、なりゆきに身を任せた。おじいさんの音頭で大人は乾杯し、子供は二人でそっとグラスを打ち鳴らした。マナー上よくないと言われた覚えもあるが気にしない。
「お父さん。また飲んでる。」
「え、あ、ほんとだ。懲りないなあ。」
「またこれで二日酔いするかな。」
「すると思うよ。また朝からトイレに篭もられるのか〜。」
「心配するとこそこ?」
「ああ。」
「ふ〜ん。」
話しながらも二人の目線はおじいさんに注いでもらって上機嫌で飲み干す父親の姿にそそがれていた。
まだ飲むと言い張る父親をなだめ、寝室へとさがってきた彼らはベッドに倒れ込んだ。彼らと言っても正弘だけだが。天井に設置されたライトの光の直撃に彼は手を目の前にかざした。
「ねえ、お母さん。」
「どうしたの?」
「あしたどうするの?」
「どうしよっか〜。」
自分の荷持の整理をしながら母親が軽い返事を返してきた。その返答になにを思ったのか、海里は突然ベランダへと出た。
海里に手招きされて空を見上げた正弘はそこに幾つもの星を見つけた。大阪といえど、東京より星は見えた。
「早く寝なさいよ〜。」
すでに布団に入っているのか、母親のすこしくぐもった声が中から聞こえてきた。夕食のあと、風呂を先に済ませていた彼にとっては残りは歯を磨いて寝るだけだった。
ベッドに座ると一日の疲れが一気に押し寄せてき、次の日のことを考える間もなく彼は横になって眠りについた。