第34話 言い訳
「あ、あの!」
そんな、停滞しつつも動き続ける空間を有沙の声が壊した。
「ごめんなさい!私のせいで二人が喧嘩しちゃって!」
「え?」
「あ。」
困惑した表情で互いを見た二人はおそらく相手の気持ちも悟ったのだろうか。
「もー。まさくん、浮気しないでよ。」
「浮気って一応お前は家族だからお前以外の女と付き合っても浮気じゃないぞ?」
「戸籍上は家族だけど本当は家族じゃないでしょ?だから浮気じゃん。」
「というかなんで俺が有沙を好きであるという前提が出来上がってるんだ?」
「え?違うの?」
「お前人のことなんと思ってるんだ!」
「浮気者。」
「知り合って間もない人、しかも女子の前で言うのはやめてくれ。」
「お。気にしてる。やっぱり好きなんじゃん!」
「違うから誤解させるのはやめてくれ!」
「え?石井くん私の事好きだったんですか?」
「いや、知り合って一日のやつを好きになるってどういうことだよ!というか誤解されてんじゃん!」
「一目惚れとか?でもよかったじゃん!」
「よくない!」
3人しかいない教室に1人の悲鳴と2人の笑い声が響く。
(ったく。他人の意中の人を取っていくとは酷いことをするな。正弘。)
気をきかせて外に出た神村はドアの場所で一人、心のなかで呟いた。
「ということで改めてよろしくお願いします。」
一件落着した二時間目、有沙は二人のもとに来ると頭を下げた。正弘と海里も頭を下げ返した。ふと彼の脳裏に小学校の時の旧友がよぎった。
(そういえば颯太元気かな。)
5月以来一度も足を運んでいなかった颯太の教室(隣のクラス)へひっそりと足を向けた。
「どうだろ?」
教室の入り口から顔を覗かせた彼の目に、クラスメイトと最高の笑顔で笑う颯太が映る。
「大丈夫そう、だね・・。」
少し寂しそうなつぶやきをその場に残し、彼は踵を返した。初夏の少し湿気と熱を帯びた風がそのつぶやきを吹き飛ばし、消し去っていった。
「明後日から期末考査だな。今日は自習でいい。ただし騒がないこと。教え合うのは構わない。」
あくまで授業をしようとする英語科の加藤に散々文句を言ったあとの4時間目、古典教師のはからいに感謝しつつ、正弘は数学の問題集を開いた。
(あれからほぼ毎日朝早く行くことになって眠いんだよ。)
有沙に会いたくて早めに行っていることの言い訳を自分で自分に言い聞かせると彼はペンを手に取った。空を飛んでいく鳥の影が一瞬手に映り、彼はすぐ横の窓を見上げた。
まだ薄い青が支配する初夏の空に輝く太陽。あまりの眩しさにカーテンをひくと、彼は頭を数学モードに切り替えた。