待つ男
人生初の小説です。何分文章力に欠ける部分があろうかと思いますが、読んで感想を頂けたら幸いです。
男は待っていた。
片田舎の駅には不釣り合いな、洗練されたスーツに身を包み、足には磨きあげられたブランド靴。ただ、目を閉じたままその時を待っていた。さっきの電車を見送ってしまったから、あと30分は来ないだろう。夕暮れのプラットホームには、男の影だけが長く伸びていた。
男は箱を取り出して耳元で振ると、空虚な音をたてて応える。空か………我ながら往生際が悪いと苦笑しながら覗き込むと、奥に一本だけ残っていた。最後の一本を大事そうにくわえると鞄の火を探そうとしたが、肝心の鞄が見当たらない。男は煙の代わりに深いため息を吐く。
「火、貸してあげよっか?」
急に背後から聞こえた声に驚かされる。若い、綺麗な女だった。無骨なシルバーのライターを差し出した女の袖口から、白くか細い腕が覗く。諦め切れていなかった男は、礼を述べつつ喜んで申し出を受けた。
「その代わり、これ、もらって。私にはもう必要ないの。」
そう言って、箱を差し出した。そのライターもあげるわと、手をひらひらさせる。男は、自分ももう必要ないのだと断ったが、女はそれを巌として聞き入れなかった。もう、そうなることが決まっているのだと、言わんばかりに。
「貴方には必要だわ。だって、電車は来ないもの。」
そう言って、女の眼差しは線路の向こうへと流れた。いつの間にか、ホームの影も消え、ベンチの横には白い光がともる。
突然、駅舎が騒がしくなって、駅員が慌ててこちらに走って来た。何でも、前の駅で人身事故が起きて、不通になったのだと聞かされた。田舎なもんだから、こんなこと滅多になくてねぇとぼやく。暗くなったし、田舎の単線では復旧に時間がかかるかもしれない。お客さん一人じゃタクシーも何だし、どうしますか、待ちますか?駅員が申し訳なさそうに訪ねる。
フッと小さく煙を吐くと、男は降参と言わんばかりに両手を上げて、少し笑いながら頭を振った。
「いえ…待つ必要がなくなったので。」
男は傍らの帽子を拾い上げ、煙草の箱を片手に去って行った。
別に小説を書く趣味がある訳ではなかったのだが、新年度に入って多発する人身事故に触発されて、いつも書いている日記がいつの間にか短編小説になってしまった。列車へ飛込む者の心情に思いを馳つつ、鎮魂の意味を込めて。