その恨み買い取ります。
歌舞伎町のとある裏路地の奥、突き当たりのお店。
宝石でいうところのオニキスのような黒の扉の前に貼られた貼り紙にはそう書かれていた。
「あなたの怨み、このお店で活かしませんか?面接したのちに査定額を出させて戴きます」
何故私がこのお店の前にいるかというとネットを飛び渡っていた時のことである。
私の彼氏、篠崎 透が浮気をしていることを友達の加奈から聞かされたことがことの始まり。
たまたま加奈と彼氏の話をしていた時だった。
「そういえば心の彼氏がさあ。知らない女の人と映画館の前で一緒にいたの見たよ?なんか声かけ辛くって見て見ぬフリしたけど凄く親しそうだったよ?何か聞いてない?」
「……聞いてない。てかそれいつのこと?えっ?意味がわからない……」
私ははっきりいってパニックになっていた。
かなりうまくいっていると思ってたのに!
二年も付き合っててしかももうすぐ卒業まじかで!
これから社会人として一緒に頑張っていこうとまで約束してたのに!
私の頭の中はグチャグチャで思い出すのは彼との約束。
「将来ミュージシャンとしてやっていくんだ!カラオケでも高得点取れるくらいになってきたし、歌の勉強だって欠かしたことなんてないんだぜ?ヤマギの内定も貰えてるし。幸先良いんだ」
ヤマギとはここ最近、楽器専門店で鰻登りのお店である。中古の買取から新品の販売で音楽のジャンルで扱う楽器が異なるようにジャンル別に専門店を開いている会社だった。
その中でもポップスヤマギは一番人気で学生向けのものから玄人向けの商品を扱っていてヤマギでも店舗数が多いところの内定だといっていた。
それで結婚や子供のこともチラチラと話し始めた矢先である。
安心しきっていた私の心はズタズタに切り裂かれたように悲鳴をあげていた。
「大丈夫?私から彼に事情聞いてみようか?辛いでしょ?私が付いているからね」
高校からの友達の加奈が優しく慰めてくれる。
部活が一緒で家も近かったことから仲良くなったのだった。
「ありがとう。でも私彼のことまだ信じたいから直接確認してみるね。加奈が嘘つくわけないし、何か事情があったと思うの。うやむやにしたまんまだと気持ち悪いしハッキリさせる」
もしこれが本当なら彼のことは信じれなくなるし、加奈が嘘つくはずもないし、きっと気のせいだわ!
ネガティブな感情が起きないように無理やりでもポジティブにしなきゃ。
この時の私はまだ子供みたいな考えだったと思わざる得ない。
加奈との通話を切った後、すぐに彼氏にコールを掛ける。
ワンコール。
ツーコール。
プルルルル。
プルルルル。
ガチャ。
「あっもしもし。ただいま取り込み中でーす。要件がある方はもう少しお待ちください!すぐに出れなくてごめんなさい。待てない方はこのまましばらくすると留守電になります。メッセージお願いします」
電話越しの彼の声は登録された留守電だった。
なんで出ないのよ!
もう知らない!
「話したいことあるから留守電聞いたらすぐに連絡して!」
それだけ言い残すと私は枕に顔を埋め目から溢れる涙をぬぐった。
しかし止めどもなく溢れる涙は決壊したダムのように流れていった。
彼からの連絡はひとしきり泣いた後の二時間くらい経ってからだった。
「んーやっと繋がった!バイトで忙しくて!それで話したいことって何?」
彼の声がやたらと高いテンションで正直なところイラッとした。
「遅い!バイトは今日ないって言ってたじゃん!嘘つき!」
「店長から急に呼び出されて助けてくれって!やっぱり俺が頼りになるからだと思うの!できる男は辛いよ」
ははは!っじゃないわよ!
私は今イライラしてるんだから!
「真面目に話してるのに!茶化さないで!じゃあなんでいつもならバイト行ってきますってメールしなかったの?」
「っう。それは……急な電話だったんだからしょうがないだろ?それに誰の為にバイトしていると思って……」
「誰の為?はぁ?聞こえない!ハッキリ喋って!」
「はぁ?てかなんでそんなに怒ってんの?」
「話を逸らさないで!」
話が噛み合わない。
私はどうしたら良いの?
不安ばかりがつのりつい攻撃的な口調になっちゃう。
頭ではわかっているのにどうにも感情がでちゃう。
ダメな私。
「お前が怒る理由がわからないとどう答えたらいいのか分かんねえよ。てか疲れてるから家に着いたらかけ直してもいい?」
「私だって自分がなんでこんなに怒ってるのかわかんないもん!バカッ!もう好きにしたら?」
「あぁそうかよ!わかったよ!この分からず屋!」
プツンッ
ツーツーツー。
もう私のバカ……。
自己嫌悪と後悔、売り言葉に買い言葉。
感情的になって……。
この後どう接したらいいか……。
向こうだって悪いのよ。何が分からず屋よ。
私だってわからないわよ……。
ああこんな自分が嫌。