Study
ユイと一流、二人の乗り込んだ軽トラはアライザから逃げるように速度を上げ、山道を上っていく。
通ってきた道の方からはサイレンの音が聞こえ、警察や救急車がやって来ていることがわかった。
「ユイさん……」
一流はバスの中で会話したお婆さんの事を思い出すと目の奥が熱くなるが、二人共が落ち込むわけにはいかないと、気を強く持った。
それにしても、今まで一流はアライザとの戦闘やアライザが関わった事故についての話を聞いたことがなかった。
この時代であればインターネットや携帯電話でそんな異常な事件の情報は一気に拡散する筈である。今回のような学校で起きた事件なら目撃者も多い。
「ユイさん! さっきのアライザが!」
一流は四つん這いで車を追いかけてくる物を発見した。
恐らくバスと共に落下した衝撃のせいで、頭部には凹凸があり、首は斜めを向いている。足や腕もてんでバラバラの方向を向いていてホラー映画に出てきそうな風貌だ。
運転手もそれに気づいたようで、更に速度を上げるが、アライザはぴったりとついてくる。
「すみません、私とした事が……」
ユイは顔を上げ、ルシィルを立てらせると右手を突き出し、左手で十字を切る。
右腕下部から現れるシェイクスピアを手にしたルシィルは、前後に足を広げると、アライザへ向けて振りかぶり、スピアを投げた。
風を切りながら飛ぶウル鋼の槍はブレることなくアライザの眉間に突き刺さった。
アライザは動きを止め、軽トラとの距離が離れていく。
「一流君、これがシェイクスピアの正規の使用法です。見ていてください」
突き刺さったスピアは高速で振動し、アライザの頭部が爆発する。
スピアは突き刺さった段階で矛先が折れ、アライザ頭部の爆発と共に粉々に砕け散った。
「シェイクスピア。高速振動で、アライザの内部体液を沸騰させ、爆発させるルシィルの投擲武器です」
「それだともうシェイクスピアは使えないんじゃ……」
一流は心配するが、ユイは大丈夫、と笑う。
「投擲武器は本来使い捨ての武器です。ルシィルの武器はまだありますよ」
ユイはそう言うとルシィルをボストンバッグの中へ片付ける。
車はそのまま走り、山道を抜け、都会から少し離れた田園の広がる道へ出た。
車通りも少なくなり、徒歩や自転車で移動している人がちらほら現れ始めると、車は道の脇に停まる。
運転席から中年の男性が降りてくると、ユイと一流も慌てて荷台から降りる。
「誰が乗っているのかと思っていたが、まさか学生だったとはなぁ! あの化物を倒したのはあんたらだろ? 助けてくれてありがとな!」
強面の中年男性は豪快に笑うとユイと一流の肩を叩く。
その威力に一流がよろめくと、更に笑った。
「俺は新堂。姉さんの方は外国人? ん、じゃあ姉弟じゃねぇのか?」
「私はロシアから来たユイと申します、隣にいるのは霙一流君。空港まで向かう途中にあの化物に襲われまして……」
ユイはアライザの事を伏せたが、実際に襲われた新堂に隠せる筈もなかった。
「あの化物は人のように見えたが何なんだ? 倒したあんたなら知ってるんだろ?」
どこまで話せばよいかユイは考え込む。
考えた末に話すことに決めた。
「信じていただけないかもしれませんが、あの者は進化した人工知能を持ったロボットで、人の社会に潜み、人間の支配を目論んでいます」
ユイがそう言うと、先程よりも大きな声で新堂は笑い出す。
その声量に一流は耳をふさいだが、ユイは神妙な顔をした。
「嘘ではありません、全て真実です。奴らは人間の社会の頂点に上り詰め、支配しようと企んでいるのです」
新堂は、ぴたりと笑うのを止めるとユイに言い放つ。
「姉さん。俺からすれば別に人間が上に立とうが人工知能が上に立とうがどうでもいい。戦争のない平和な生活が送れるのならそれで良いんだよ」
「なっ……!」
ユイは驚きのあまり言葉を失う。
ネウロパストゥムを正面から否定したのだった。
「人工知能の支配で命が奪われてるって言うのなら別だが、俺はそんなニュース聞いたことねぇ。もしかしてあんたらが暴れたからアイツらがやり返しただけじゃねぇのか?」
ユイはバスに乗っていた乗客たちを思い出す。
ルシィルに反応して運転手がユイを襲おうとしたのであれば、運転手を失いバスが転落したのはユイのせいであると新堂は言ったのだ。
「それ…は……」
「ダメだユイさん、この人の言葉を信用しちゃいけない」
一流が新堂とユイの間に割り込む。
「ユイさん、忘れているかもしれないけどそもそもユイさんがルシィルを出したのは新堂さんがアライザに襲われていたからだ。襲われていた本人がこんなこと言うはずがない」
その言葉を聞いた新堂は舌打ちをすると、突然手を伸ばし、一流の頭を鷲掴みにして軽々持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。
鈍い音と共にそのまま一流は動かなくなった。
「一流君っ!」
「お前達ネウロパストゥムが余計な抵抗をするから俺たちも罪のない人々を殺さなきゃならねぇ。この子供もお前と一緒にいたからこうなった」
ユイはボストンバッグを掴み、新堂と距離を取る。
そして指輪を取り出し、ルシィルを出す。
「お前は自覚ないかもしれないが、やっていることは普通の人間から見たら『テロ』だぜ? 学校でのアレを見ただろう? テレビじゃ日本のお仲間が教師を殺した犯罪者として既に逮捕されてるぜ」
「それは貴様らが手回しをしたのだろうっ!」
ユイは怒りに打ち震えていた。
目の前のアライザを倒し、一刻も早く一流を病院へと連れて行かなければならないというのにも関わらず、新堂の話に聞き入ってしまう自分への怒りだった。
だが、それほどまでにユイの知る世界はネウロパストゥムによって教え込まれたものしかなかった。
新堂の言葉に聞き入ってしまっているのも一流によって少しずつ考え方に変化が訪れていたからだった。
「都合がいいなぁ、お前らは。何か都合が悪いことが起きるとすぐにそれを俺たちのせいにする。人間の性だ」
ユイは自分の考えに自信が持てず、反論出来なかった。
「お前の知っている世界は本当の世界か? それが本当に正しいのか? ネウロパストゥムに育てられたお前に正しい判断が出来るのか?」
新堂の言葉に、ユイは身体から力が抜けていく。
今まで何度も一流と衝突してきたが、その時は一流のことを中学生だと思い、自分の意見を貫いてしまうところがあった。
だが、新堂に言われ思い返してみると、一流はずっと普通の世界で生きていた。普通でないのはネウロパストゥムやアライザであり、ネウロパストゥムの常識が世界の常識である筈がないことに気付いた。
「一流君が正しかった……。しかし、アライザであるお前の言葉が正しいとは思わない!」
ユイは右手を腰の位置まで下げ、左手を大きく振り下ろす。
「ルシィル! 『アゾット剣』」
ユイの言葉と同時にルシィルの左腰側面が開き、そこからナイフサイズの剣が現れる。
剣を抜いたルシィルは順手に構えると獣のような跳躍で新堂へ飛びかかる。
「『百撃』!」
新堂を押し倒し、馬乗りになったルシィルはその胸部にアゾット剣を突き刺した。
そしてユイはもう一度左手を振り下ろし、右手を左手に添える。
すると左腰側面からもう一本アゾット剣とよく似たナイフが現れ、左手でそれを新堂へ突き刺す。
ルシィルはアゾット剣とナイフを突き刺したまま立ち上がり、右足の指でアゾット剣を、左足の指でナイフを掴む。
「知能を持たぬ人形が!」
新堂はルシィルの足を掴みバランスを崩させようとするが、自らの身体に突き刺さる二つの刃と、ルシィルの重みがそれをさせなかった。
ルシィルは右足を上げ、アゾット剣を抜くと足踏みの如く再び突き刺し、次に左足で同じ動きをする。
次第に高速になりながら踊るように繰り返されるその技がルシィルの持つ足技の一つ「百撃」。どんな態勢からでも行うことのできる百撃は、獣のようなフォルムの両脚に仕組まれるピストンにより砲撃のような威力を誇る。
「ぐおおおおお!」
破片や部品を撒き散らしながらも抵抗を見せるが、新堂は胸から上下に分離したところでようやく停止した。
ユイの操作によりルシィルは二本の刃物を腰に収める。
二本の刃物は吸い込まれるように体内へ格納されていく。
「あなたのお陰で大切なことを学ぶことができました」
新堂の残骸にそう言うと、ユイは目を覚まさない一流を助手席に乗せて軽トラのエンジンを入れた。




