Two persons part4
「どこに行けばいいの? 飛行機使えば外国にも行けるよ?」
「そう…ですね。問題は向こうに行ってからなのですが……。とりあえず空港へ向かいましょう」
二人は最寄りの駅へ向かうため、通学用のバスも停まるバス停へ向かい、バスに乗り込んだ。
学校での騒ぎのせいか、乗員と他の客たちの二人へ向ける視線は痛いものだったが無視することで乗り切ろうとした。
ただ、ルシィルの入った大きなバッグだけはどうにもならず、人の目を集めることとなった。
「一流君、我慢です」
「うん……」
一流とユイは空いている座席へ座り、出来るだけバッグも座席の内側へ寄せる。
「すみません、もう少し寄りますね」
「こっちこそごめん……」
ボストンバッグが入ると一流の座席の二分の一が埋まり、一流とユイの距離が縮まる。
ユイの肩に一流の頭が触れ押し付けられ、体の側面と側面は密着している。
「朝から汗ばかりかいていますのであまり私の方へ近づかない方がよろしいかと……」
「い、いや! 大丈夫! 全然大丈夫!」
一流はユイの汗よりも、シャツのボタンが外れて露になっている胸元の方に意識が向いてしまい、必死に目を背けた。
風呂場で全裸の姿を見たにも関わらず、汗も相まってなのかその威力は全裸と同等かそれ以上であり中学生にとっては凄まじいインパクトだった。
だがユイはそれに気づく気配もなく、窓を開けて少しでも汗をかかないように努力している。
「二人は姉弟かい?」
前の座席に座っていたお婆さんが二人に声をかける。
「え、あ、遠い親戚です。見ての通り私は日本人ではありませんので」
ユイの言葉にお婆さんは二人を見比べ、ユイに注目した。
髪の色、目の色、肌の色、見た目で言えば全く違うと言ってもいい。
お婆さんの隣に座っていたおばさんが笑いながら、全然違うでしょ、と言った。
「あらま、凄く綺麗なお人じゃねぇ。でも、二人を見てると姉弟に見えたのは本当なんだよ、許しておくれ」
お婆さんの申し訳なさそうな顔に二人は顔を見合わせ、少し気まずそうにしながらも頬を赤らめ、照れる。
「いえ、ありがとうございます。凄く嬉しいです」
ユイが笑顔でお礼を言うと、お婆さんも柔らかに微笑む。
「血が繋がってないのに姉弟のように仲がいいのは珍しいねぇ。お互いにお互いを大事にしなされよ」
お婆さんはそう微笑むと、おばさんになだめられ前を向く。
ユイはお婆さんの言葉を胸に深く刻み込み、一流をアライザから守ることをもう一度心に強く決めた。
一方、一流はユイの感情と感覚をネウロパストゥムとしてのものではなく一般人のものに直そうと決めた。
「ユイさん。あれ、何だろう」
一流がふと窓の外を指した。
ユイがその方向を見ると、斜め前を軽トラが右に左に動きながら走っている。幸い対向車は居ないものの、今走っている場所は二車線の山道であり、危険であることに違いない。
「荷台に人が乗ってる……まさか」
「えぇ……。そのまさかでしょう。アライザ、こんな大胆な行動をとるとは……」
ユイは歯を食いしばり、怒りを堪える。
収まらないアライザへの怒りを表に出し、一流に気づかれないよう、出来るだけ平静を装う。
「でも何で一般の人を?」
「恐らくあの学校での出来事を見ていたのでしょう。目撃者は消す、奴らの任務の一つです。ルシィルをお借りしてもよろしいですか?」
「うん!」
一流は狭い中なんとかボストンバッグを開き、指輪をユイに渡す。そしてユイの目配せでボストンバッグを窓の外に放り投げた。
ユイは両手を小さく交差させ、右手の人差し指と中指を交差させる。すると、バッグから飛び出したルシィルは、ボストンバッグを拾いバスの中へ放り投げ、バスの屋根に飛び乗った。
「あんた方、普通の人じゃないのかぇ!?」
ルシィルの登場に周りの乗客から悲鳴が上がる。
それもそのはず、ルシィルの外観と動きの方がアライザより化物に近い。
「すみません、巻き込みたくはありませんので私達はここで」
ユイは、屋根にいるルシィルの手に捕まりそのまま肩に乗る。
一流も申し訳無さそうにしながら同じように反対の肩に乗る。
「一流君、振り落とされないようにしっかり握っておいてくださいね」
「もちろん」
右手を下げ、左手を上げると、ルシィルは屋根を蹴って空を跳ぶ。
そして軽トラの荷台にいるアライザの首を掴むと、荷台への着地の衝撃を利用して捻りながら道路に投げつける。
時速六十キロメートルで走る車からコンクリートの地面に投げつけられたアライザはコンクリートに衝突すると同時に首が離れ、そのまま胴体は転がりあっという間に遠くになる。
軽トラの動きがもとに戻り、一見落着と後ろを見ると、運転席の窓から無表情で二人を凝視している運転手の姿があった。
「まさか……!」
バスに飛び移ろうと手を動かそうとするユイの手を、一流は全力で押さえて止めた。
窓から這い出ようとする運転手とは反対に、運転手を失ったバスはそのまま道を外れ、斜面にタイヤがはみ出すと、大きくバランスを崩し、山道を転げ落ちていった。
「あ…あ……」
見ている事しか出来なかったユイは両手で顔を覆うと荷台にしゃがみこんでしまった。
もしあの時飛び出していれば、ユイはバスと共に転落していたか、地面に叩きつけられるかのどちらかだった。
いくらルシィルと言えどすべての衝撃からユイを守ることは不可能だっただろう。
だが、今までアライザとの戦闘で死者が出ても冷静だっただけに一流はユイの状態に驚きを隠せなかった。
「また…また私は何も出来なかった……!」
ユイの涙声に一流は何も言えずただ荷台に座り込む他なかった。