Two persons part3
「『立て、ルシィル!』」
見様見真似だが立たせることに成功した一流は、ルシィルを警戒した教師が手を離した隙にルシィルの背後に隠れる。
一流のこれまで見てきた限り機械使いはマーキナーの背後で操作するのが最も安全な筈だった。
「マーキナーとネウロパストゥムの弱点など一目瞭然だ」
そして、アライザ達はマーキナー狙わず、機械使いを狙ってくることも、ユイとアライザとの戦いを見て一流は知っていた。
「弱点を、弱点のままにしておくもんか!」
一流はユイの動きを頭の中でイメージ、真似をする。
ルシィルと一流の間に入り込んだ教師は一流を掴むために手を伸ばす。
どんな攻撃が来るか対応を考えていた一流だったが、確実に仕留めるために掴もうとする可能性が高いと読んだ。
ユイのように柔軟でもなく、徒手での戦闘訓練も受けていないただの子供である一流では掴まれてしまうと逃げようがないからだ。
後ろに下がるでも、横に避けるでもなく、出来る限り低くしゃがみ教師の手を逃れた一流は両手を広げ、抱きしめるように動かす。
「いけぇ! ルシィル!」
一流の操作に反応してルシィルの右腕の下部が開き、シェイクスピアが現れる。
ルシィルが手に取るとスピアはルシィルの指先から肩まで程の長さに伸びる。
一流の声に反応した教師は背後にいるルシィルを振り向くが時既に遅し、振りかぶったルシィルは教師の眉間にスピアを突き立てる。
透明な液体が額、耳、鼻、口から溢れ出し、四肢は力なく崩れ落ちる。
「はっ……! はっ……!」
緊張が解け、教師の横に座り込んだ一流は大きく深呼吸した。
そして、ふと運動場を見ると、運動場の中を走る黒塗りのワゴン車を見つけた。運動場に車が乗り込むなど常識外れもいいところであり、その外観から一見ネウロパストゥムの処理隊のように見えたが、彼らならもっと隠密に行動するだろうと考える。
一流が見ていると、ワゴン車からスーツ姿でスーツケースのような物を持った男達が降り、真っ直ぐ校舎の中へと入っていった。
一流の脳裏に、スーツケースのような物をもっている人はおおよそネウロパストゥムである、というユイの言葉がよぎった。
「あれは……ネウロパストゥム……?」
とりあえず一流は異常なこの状況ではユイと合流することが大切だと考え、腰を上げる。
すると隣で動かなくなった教師が目に入る。
「そう言えばどんな構造をしているんだろう……」
人間と区別のつかない外見を持つアライザ達がどんな構造で動いているのか気になった一流は、好奇心で眉間から皮膚をめくって見た。
「これは……」
言葉を失った一流が見たものは、部品の一つ一つが飴玉よりも小さく、人間が作り出すには数カ所の大工場が一年かけて一体造れるかどうかわからないほど精密かつ繊細な造りになっていた。
そして謎が浮かび上がる。
アライザ達は普通の人間社会に溶け込もうとする。ということは人と同じ物を食べ、飲むという事だ。
しかし、機械の身体には食べ物を消化する機能も排泄する機能も備えられない。技術の進歩した現代でも人体の臓物を機械で再現することは不可能である。
なによりここまで精密な構造をしているのであれば、頭や腹部の欠損一つで動きが止まってもおかしくはない。
「機械だけで動いているわけじゃない……?」
それから一流はしばらく調べてみたが、人間で言う心臓部に小さく「emeth」という文字が刻まれている事以外何も見つけることは出来なかった。
結局の所、アライザ達がどうやって動いているのか謎が深まるばかりだった。
「一流君! やっと見つけましたよ!」
一流が頭を悩ませていると不意に背後から声をかけられ、一流は心臓が飛び出しそうになる。
振り向くとそこには胸元ははだけ、袖を捲くった不良のような姿のユイが居た。しかも何故か靴を履いていない。
「それは……もしやアライザですか?」
ユイは、一流の目の前にある解剖された状態のアライザを怪しげに見る。
一流がアライザに目を戻し、よく見てみるとまるで人を引き裂いて中身を掻き回したような状態だった。
「いや、これはアライザの構造が知りたくて……」
一流がそう言うと、ユイも顎に拳を当てて唸る。
「なるほど。それにしても気持ち悪いですね、本当に人のようです」
「ごめん」
「いえ、構造が気になるのは仕方ないと思います。アライザ達が人工知能を持ったロボットの最新型というのは間違いないのですが、それだけで動いている訳でもない……というところまでが現在の研究で明らかになっていますが、世界の研究機関が長い年月をかけて研究してもそこまでしかわかっていないのが不気味な所なのです」
「心臓部に文字が入っているのは?」
「『emeth』。真理という意味で、ゴーレム錬成の際に使われるとされるものです。頭文字である『e』を消せば『meth』、即ち『死』という意味になり崩れ落ちると云われています。ですが科学的には証明できていません」
「なるほど……」
二人が話し込んでいると、下の階から衝突音が聞こえ、壁が崩れ、物が壊れる音が聞こえてきた。
生徒たちはいつの間にか校外へ避難し終えており、警察が校内へ進入を試みている。
「この音は?」
「恐らく日本のネウロパストゥム。系統が私達とは全く異なるので分かりかねますが、マーキナーを操ってアライザ達と戦っているのでしょう」
ユイは後方支援団に預けたスティールの持ち主に、後程詳しく話を聞くべきだと考え、この場は離脱を試みる。
「この場はとりあえず退避しましょう。下手に介入すべきではありません」
「でも、同じ目的なら助けるべきなんじゃ……」
一流はユイの冷徹無情さに反抗するが、ユイは表情を変えない。
「彼らには彼らの事情があり、私達には私達の事情があります。どうかわかってください」
「でも……」
「……」
ユイの無言の迫力に押され、一流は渋々頷くと、ルシィルをバッグに収め肩に担ぐ。
ユイは一流になんと言えばいいのかわからず言葉を詰まらせていた。たまに一流に睨まれてしまうのをどうにかしたいのだが中々うまくいかなかった。
「次の場所は……すみません、避難した後に連絡してみます……」
「うん」
ユイが先導し、ベランダを伝って木に渡ると、学校の敷地を仕切るフェンスを飛び越える。
一流もそれに続いてフェンスを乗り越える。
途中、一流は誰もいない教室の中を覗いた。すると所々に血の跡があり、誰が血を流したのか気になったがユイが知っているとも思えない。
「――――え? そんな……。は、はい、わかりました」
校外へ避難し、ユイは早速携帯電話を取り出し連絡する。
だが、思わぬ答えが帰ってきたようで電話を終えた後、ユイはあからさまに落ち込んだ様子を見せる。
見ていられない一流はバッグを担ぎ直して声をかける。
「ん、もうサポートしてもらえないって言われたとか?」
一流の発言にユイの体が飛び跳ねる。
どうやら図星のようだった。
「ど、どうやらこちらに人と時間を割く余裕がなくなったようでして。自力でどうにかして連れてこい、と」