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parts part2

 (みぞれ)機械。

 国内有数の機械メーカーであり、大手メーカーから依頼されるあらゆる部品の生産から作業用ロボットの研究、開発、販売までを行う企業である。


 創業者であり、現在の社長である(みぞれ)正志(まさし)の父である(みぞれ)栄治(えいじ)は、町工場として依頼された部品を作っていた霙機械を世界最先端の技術を取り入れた工場に生まれ変わらせ、同じく日本の技術を牽引していた大手企業に取り入り、日本に名を轟かせるまでに育て上げた。


 そしてその一人息子であり、父の才能を色濃く引き継いだ正志(まさし)は部品の生産だけではなく、工業の分野において多数の製品の開発と作業用ロボットの普及に成功し、(みぞれ)ブランドとして名を上げた。

 

 二代に渡り会社を大きくした霙家の跡継ぎとして生まれた霙正志の息子四人、娘二人は、周りからの期待と厳しい教育によりその才能を遺憾なく発揮し、長男は霙機械の跡継ぎとして順調に成果を上げ、次男と三男は四年と二年、霙機械で働いた後に海外で霙機械の子会社を展開し、成功を修めている。

 一方、娘二人はそれぞれ女優、歌手と芸能界に進出し、霙の名を広げていた。


 そして四男にあたるのが、十三歳の霙一流である。

 しかし、兄や姉たちが霙家の一員として成果を上げている中、一人霙家に関心が薄く、霙家の跡を継ぐ意欲がなかった一流は兄や姉たちから凄まじい虐めを受け続け、遂に今朝、姉の手で家を放り出された。


 放り出され、唯一生きていくために与えられたのがルシィルの入っていたボストンバッグと五千円札一枚だった。





「これが僕の事情です。だから僕はこのバッグの中身が何なのか開けようとも思わなかった。ただ、おじいちゃんの家へ行こうとしていたんだ」



 ユイに質問されたすぐ後にルシィルはアパートの駐車場に着地し、一流はユイの住居であるアパートの一室に招かれた。

 殆ど新品の家具ばかりの一室で、真新しいテーブルセットに向かい合わせで座る一流とユイは先程の質問の答えと互いの抱える事情を打ち明けることにした。



「すみません、そんな事情があったとは知らずに」



 ユイはそう言いながら淹れていたお茶をお茶を差し出す。

 一流はお辞儀をして受け取ると、一口含む。



「いかがですか? 今まで他人に淹れる事がなかったので正直なところお口に合うか心配なのですが……」


「美味しい……です」



 一流の言葉にユイは表情を崩して微笑む。

 その表情に一流は思わず見とれてしまい、顔を赤くして俯いた。

 ユイはそんな一流には気づかず、自分で淹れたお茶で喉を潤す。そして一口飲んだ後に俯く一流に気づくと、途端に慌てだした。



「やっぱりお口に合いませんでしたか!?」


「いや、そうじゃなくて……。自然な金色の髪を見たことがなかったので……」


「そうですか、私の国では珍しくはありません」


「すごい綺麗です」  



 そう言って一流は再び顔を赤く染めたが、ユイの雰囲気、表情は一変した。

 それは暗いというより強い憎しみが込められているように見えた。



「私は綺麗などではありませんよ、一流君……。なぜなら私は既に真っ当な人間ではないのですから」



 一流が聞き返す前に、ユイは机のうえにあった裁縫道具の中から針を一本取り出し、指に刺した。

 指からは赤い血が流れることはなく、透明な液体が滴った。



「私は機械を操るために体を改造して戦闘に対応できるよう身体能力を上げています。なので私の血は赤くありません」


「そんなことが……」



 一流が声を大きくするとユイは一呼吸置き、微笑むと人差し指を口の前に立てる。



「ここは借り部屋、あまり声を大きくすると周りの迷惑になります。それに私達が戦う敵はそれほどまでに恐ろしく強大なのですよ。一流君、少しルシィルを取り出しても構いませんか?」



 一流が頷くと、ユイはボストンバッグのジッパーを開き、ルシィルを操るための十の指輪をそれぞれはめる。

 そして、腕を交差させ、ルシィルを立ち上がらせる。

 部屋の中で圧倒的な存在感を見せるルシィルはまるで飼い主の指示を待つペットのように見えた。



「ルシィルを始めとするマーキナー達は懸糸傀儡をモデルに、ウル鋼と呼ばれる特殊な金属を加工し最先端の技術を駆使して造られています。マーキナーとは先程君を襲ったような意思を持ったロボットを破壊するための兵器なのです」


 

 黒く光る金属の身体は一流のイメージするロボットとはまるで違い、狼とも豹ともいえない流麗な曲線を描く四肢に、二足で立つその姿を、最先端の技術を見る機会の多かった一流でも数十年先の技術のように思えた。



「『ロボットが意思を持ったとき、人間の時代は終わるだろう』。偉人が数十年前に残した言葉ですが、その数年後にその時は来てしまったのです」


「ということはもう何年も前からロボットが……」


「えぇ。既に人の生活に溶け込み、人の上に立っているものもいるでしょう。ですから意思を持つロボット、通称<アライザ>と私達‹ネウロパストゥム›は長い年月に渡って戦ってきました」



 ユイがルシィルを操って華麗なタップダンスを一流に披露していると、部屋のドアを強くノックする音が聞こえた。

 ノックというよりドアを殴っているようなその音に、ルシィルの動きを止め、警戒しながらユイは除き穴から外を見る。



「見たことない男の人達、五人。恐らくアライザです。早くも場所を突き止められるとは……あの観衆の中にまだ居たんですね。一流君、ルシィルをしばらく貸してください」


「う、うん」



 一流は昼間見た無表情で限りなく人間に近いロボットたちのあの眼を思い出すと背筋が冷たくなった。

 人が表情を失い、生気を失った姿は一流が今まで見てきたどんなものより恐ろしかった。


 ユイがドアに張り付き、一流もユイの隣にしゃがんでいると、隣の部屋の扉が大きく開かれる音が聞こえ、男の怒鳴り声が聞こえてきた。



「うるせぇ! バイト明けで眠いんだから、こっちは!」



 ドアを殴る音が止まる。



「あん、てめぇら変だな。何者(なにもん)だ?」



 隣の住人とアライザと思われる集団の会話をいつ割って飛び出していくか、ユイはルシィルをドアのすぐ側に移動させる。



「大丈夫です、アライザ達は人間の世の中に溶け込むようプログラミングされていますので私達ネウロパストゥム以外には手を出すことはありません」


「そうなんだ……」


 聞き耳をたてていると、隣の部屋の住人がドアを閉めた音が聞こえた。部屋から通路に出てきたのだろう。



「隣の部屋に住んでるのは確か外国から来た学生の女の子一人のはずだ。男がぞろぞろ訪ねるのは変じゃねえか?」


「すみません、私達は教師でして、この部屋に住んでいる子の担任と副担任、そして教科担当の者です」


「嘘だな。そのしばらく浸ってたような機械油の臭いは誤魔化せねぇぞ。何者だ?」


「……対象者変更。ネウロパストゥム、あるいはネウロパストゥムに準ずる者と判断。攻撃を開始する」



「まずい!」 



 その言葉を聞いたユイは、ドアを蹴破るが如く開けながらその向こうにいるアライザにルシィルを操り攻撃を仕掛ける。

 ウル鋼という聞いたこともない金属を用いたルシィルの蹴りはアライザの一人に命中し、金属が凹む鈍い音を立てる。

 蹴りを食らったアライザは身体をくねらせ、フェンスを破壊しながらマンションのその外へと落下していった。



「なんだあんた! あんたもヤバそうだな!」


「えぇ! 私は相当ヤバイです! ので、早々に立ち去ることをオススメします!」



 ルシィルの肩に飛び乗り、右手を上に上げ左手を大きく引くと、壊れたフェンスを乗り越えて外へと跳んだ。 

 それに続くように三人のアライザ達が飛び降りていったが、その場に一人だけ残った。   



「うえぇ。マジかよ。ここ五階だぜー……」



「男、お前は我々の存在を知ってしまった。よって消えてもらう」



 軋む音と共に右肩が外れ、右肩から下を地面に落とすと肩の下からするりと鋭い刀身が現れた。

 無表情でアライザはゆっくりと隣の部屋の住人へと詰め寄る。



「ん、何だお前のその腕。もう何も掴めないな、ご苦労さん」


「死ね」



 アライザは腕を振り上げ、男に向かって袈裟斬りを放つ。

 間一髪で避けることに成功した男は三歩下がり、間合いを取る。

 狭く長い廊下での戦闘はリーチの長いアライザが圧倒的に有利だった。

 一流は後方から加勢しようと少し顔を覗かせ、様子を(うかが)った。



「ここは任せて引っ込んでろ!」


 

 男は一流に向け言葉を放つ。



「何者だ?」


「はん、その腕危ねぇし! てめぇ頭ぶっ飛んでんな! いや、まだぶっ飛んでねぇか。よし、今からその頭ぶっ飛ばしてやる!」


「人間の身体能力では我らは捉えられん――――」



 男はアライザの言葉を遮るように背後に回り、躊躇なく首を取る。

 「裸締め」と呼ばれる、利き腕で喉仏を固定し逆の腕でそれを締め上げる技であり、人間ならばよほど力の差、体格の差がない限り逃れられない一撃で決まるような技である。

 この技の難点は仕掛けるまでであり、仕掛けることさえできれば失敗したとしても息が整うまでの間に仕留めることができる。



「ちっ、喉仏を潰しても死なねぇか」



 アライザは男の裸締めに苦しむ様子もなく、左手で男を掴んで引き剥がすと、軽々フェンスへと投げる。

 男はなんとか急所を守り受け身を取るが、目の前には刃が迫っていた。



「機械に人間の技は通じないか」



 男は刃を横に転がって避けると、左足を一歩前に踏み出し、左手を顔の前に、右手を腹の前に拳を構える。

 格闘術を修めていたのか、その男の構えからは闘気のようなものが感じ取れた。



「さっき落ちてったやつのように殴る蹴るは通じるみてぇだな」


「先程のアレは希少金属ウル鋼による蹴り。人間の骨とは比べ物にならない強度を誇る。我らよりも硬い」


「だらァ!」



 男の前蹴りは見事にアライザの腹に命中するが、アライザの体はびくともせず、蹴りを放ったはずの男の足がくの字に曲がる。

 男は飛んで下がるが、右足はおかしな方向に曲がっている。



「畜生!」



 右足を失った男はフェンスに追い詰められ、アライザに刃の先を突きつけられる。

 首先から赤い血が滴るが、万事休す。

 男が出来ることはもう一つしかなかった。



「まぁいい、道連れだ!」



 男は刃を潜り、アライザの右肩と左手首を掴む。

 


「無駄なことを」

 


 アライザは右肩から伸びる刀で男の太腿を突き刺す。

 


「ぐおおおお!」



 男は余りの痛みに悶え、顔を歪めるが、掴んだ肩と手首を放そうとはしない。

 アライザは刃を動かし、傷口を抉る。

 その度に血が吹き出し、男の口から呻き声が漏れる。

 だが、先に限界を迎えたのは押し問答に耐えきれなくなったフェンスだった。

 それを好機と思ったのか、アライザは全身で男の身体を突き飛ばす。



「ナメんじゃねぇぇえ!」



 男は力を振り絞りアライザの身体を掴んだまま体重をフェンスに乗せる。

 鋭い音を鳴らしながらフェンスは割れ、男の身体が宙へ放り出された。

 アライザは刃を抜こうとするが、男が骨と筋肉で刃を抜けないように固め、掴んだ両手に力を込めたため、男と共に宙を舞った。



「ここからが勝負だぜ」



 男は身体を巧みに操り、アライザと上下を逆転させる。

 アライザは上下が逆転したことにより抜くことのできた刃で男の胸を貫いた。


 心臓から溢れた鮮血が時間差で宙を落ちる。

 既に地上ではルシィルを操るユイが身体に傷を負いながらも三体のうち二体を破壊していた。


 一流はドアを開けて外へと飛び出し、壊れたフェンスから下を覗く。


 そこには落下し、地面に花を咲かせた男と動かなくなったアライザに驚く余裕のないユイが最後の一体を相手にしている姿があった。

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