Study part4
病院の塀に衝突して止まっている軽トラを見つけた二人は、助手席に無造作に置かれていたボストンバッグを発見すると、帰りはゆっくりと世間話をしながら歩いて帰った。
世間話と言えど、一流は十三歳、桜は三つ年上の十六歳でありまだ学生だった。話す内容は学校や家庭、恋人の話に寄り、二人共アライザやネウロパストゥム、機械使いの話は自然と避けた。
往復で一時間ほどかかり屋敷に戻ってきた一流と桜は、屋敷の奥の間まで上がり、畳の上にごろんと寝転がってテレビを見ていた村長にルシィルを見せる。
「確かに、霙二号機改だな。それにしても息子に愛機を渡して旅に出させるというのは正志様も親馬鹿というか……」
村長はルシィルの各部を触り、整備が完璧にされているのを見て、感嘆の声をあげる。
アライザとの戦闘後はどんな状況であってもユイは欠かさずルシィルの手入れをしていた。途中からは一流も見様見真似で手伝い、いつしか二人の日課になっていた。
元々機械に強い一流は今回、軽トラからルシィルを取り出した際にボストンバッグに入れていた道具でルシィルの各部分の手入れをしていた。しかし時間の制約と、技術の差もあり細部までユイほど細かく綺麗には出来ている自信はなかった。
「よく手入れが行き届いているなぁ」
「ありがとうございます。それであの……、旅と聞こえたんですけどどういう意味ですか?」
一流はユイと出会ってから、アライザとの戦闘を繰り返し、逃げる過程でたまたまこの村にやってきただけで、旅の事も跡継ぎの事も全く知らなかった。恐らくユイも知らないはずだ。
村長だけでなく、桜もなんとなく知っているような雰囲気から周りから自分だけ取り残されたような焦りを感じた。
「旅と言っても想像しているようなものじゃない。君はこの糸里の村でマーキナーの仕組みを知り、マーキナーを操れるようになってもらう。即ち、機械使いになるための修行をするんだ」
「僕が? 機械使い? 機械繰りは幼い頃から練習しないと出来ないほど難しいんじゃ……」
この村の人々を始め、あのユイも幼い頃からマーキナーを操るための訓練を日々行っていたことは一流もよく知っていた。
長い年月をかけて身体に技術を覚えさせ、マーキナーを動かしながら自分自身も敵から見を守るための技を習得しなければならない。両方に意識を分散させ、両方共を高いレベルでこなせなければ戦いで生き残ることは出来ない。
ユイの改造した身体が、鍛錬で磨き上げた技術だけではアライザを破壊し尽くすことは不可能であることを証明している。
何かを捨てても常勝は約束されない、一流が今から鍛えて一朝一夕で見につくような技ではアライザの無慈悲な刃に呆気なく引き裂かれてしまうだろう。
「確かに、今から『普通の』鍛え方をした所でどうにもならないだろう。しかし、君の祖父が考案し、君の父が完成させた鍛錬法があるんだよ」
一流は祖父と父の名が同時に語られる時はその殆どが偉業を成し遂げたときか、恐れられるくらい危険な物を発明したかのどちらかだと知っていた。
今回の鍛錬法が前者か後者か一流は前者であることを祈った。
「三ヶ月。三ヶ月君はこの家に住み込みで朝から晩まで人形繰りと仕組みをひたすら覚える」
「えぇっ!?」
今まで黙っていた桜が思わず声を発する。
村長の家に住み込むということは同時に村長の娘である桜とも同じ屋根の下で過ごすということになる。
「一流君、この家には桜の他に二人の娘がいてだな。桜は比較的大人しい……が、他の二人はそうもいかない。覚悟しておいてくれ」
「父様、何故今一瞬悩んだんですか?」
桜が村長を睨みつける。
「だが娘達も機械使いとしては優秀だ。血統が良いのかな」
「いや、厳しい鍛錬のせいです」
「だそうだ。仲良くな」
一流はユイと生活するのとは話が違うと頭に叩き込んで覚悟を決める。
ユイを助け出すには生半可な力では無理だということはわかっている。
「最初の一ヶ月はひたすら他人の人形繰りを見て、マーキナーの細部構造を覚える。そして二ヶ月目は真似をしてもらう。ひたすら他人の真似をする。三ヶ月目は毎日出来る限り試合をする。全員違う人間、違うマーキナーとだ」
「三ヶ月の間にユイさんが死んでしまうという可能性はありますか?」
一流は一番の心配だったユイの安否について聞く。
日本の機械使いの長ならこの世界の事情にも精通しているはずだ。
村長は微笑むと首を横に振る。
「空を飛ぶヘリを見たが、ネウロパストゥムのマークが見えた。何故医師たちまで連れて行ったのかは分からないが、向こうで大きな戦闘に参加して負傷しない限りは大丈夫な筈だよ。ただ、海外は日本より戦闘が激化している。ネウロパストゥムも人が足りなくなっているのかもしれないから安全だとは言い切れないけどね」
一流はユイのサポートが出来なくなった理由が向こうが忙しくなったからだと聞いていた。
それは何かが起きて人手が回せなくなったということで合っているだろう。そうなればユイが前線に参加している可能性もある。
「頑張って三ヶ月で完成させます」
「いい表情だ。きっとできるよ」
「……」
その時の一流の表情に、心臓がとくんと跳ねたような不思議な感情を覚えた桜は思わず目をそらした。