Study part3
「ここは、どこだっけ……?」
一流が目覚めた場所は白い病室だった。
どうやら個室のようで、何もない。
家具も、花瓶も、ちょっとした小物すらない。
言いようのない違和感を感じながらも起き上がり、身体の動きを確かめる。
関節や骨、筋肉まで違和感は特になく、そうしているうちに徐々に記憶が蘇ってきた。
車の運転手に襲われ、ユイを庇って攻撃を喰らいそのまま気を失ったのだ。
どんな攻撃を喰らったのかまでは覚えていないが、身体に異変がないということはそんなに大したものではなかったようだ。
「お目覚めになりましたか。こちらへどうぞ」
ドアが開き、看護師と思われる女性が現れた。
一流はその女性の表情を無意識に確かめる。
そして表情があることに安堵すると身体を起こしてスリッパを履き立ち上がり、病室を出ていく看護師の後についていく。
しかし、歩くその廊下は異様に長く、その道程に他の病室らしきものも見当たらない。一流はここまで来ると何があっても怖くはない。
命の危険に晒され続けると感覚がおかしくなるのだろうか。
「外をご覧ください」
廊下の終わり、自動ドアが開くと開けたロビーに出る。
正面入口以外は何故かシャッターが降り、所々凹んだり穴が空いたりしている。
ロビーでは看護師達が忙しく掃除や片付けを行い、壊れたシャッターを外そうと奮闘している。
「もしかして、アライザが?」
一流は看護師に聞く。
だがすぐに一流は一般人にアライザがわかる訳がないと気づく。
「はい。この病院の院長を始めとした医師たちと貴方のお姉様を名乗る女性がこの村を襲ったアライザの大群と戦いました」
「ユイさんが!?」
一流は慌てて外へ飛び出る。
そしてその地獄絵図の如き様に言葉を失う。
「見事普通のアライザは全て撃破しました。ですが敵の指揮官と思われるアライザと交戦している時、謎のヘリコプターがやってきて医師と貴方のお姉様、敵の指揮官らしきアライザまで捕獲し飛び立っていきました」
「え……え……?」
一流は突然の出来事に頭がついていかず、答えを求めるユイは居らず、これからどうしていいかわからなくなった。
当初の目的地だった空港に着いたとしてもどこへ向かえばいいのかわからない。
しかし、追いかけなければユイがどうなるか、最悪の結末だけ予想できた。
「この村の長に話を聞くと良いでしょう。幸いこの村の人間は私を始め幼子を除くすべての人がマーキナーを操ることができます。この村は日本の機械使い達の里なのです」
「日本の……機械使い……」
一流は自分が住んでいる町の隣町が機械を操って殺し合う者達の隠れ里だったことに衝撃を受けた。
しかし考えてみればこの場所は霙機械の工場からも近く、マーキナーをそのまま運んで来ることも出来る。
機械使い達もまた、人の世に溶け込んでいることを一流は知った。
「霙家四男、霙一流君。霙家の裏の跡継ぎと聞いております」
「僕が……跡継ぎ?」
一番縁が無く、最も嫌悪する言葉が飛び出し、一流は思わず顔を歪ませる。
それを感じ取った看護士は一瞬躊躇ったが、止めることなく言葉を続けた。
「霙家の表の会社経営の跡継ぎは長男、裏の跡継ぎ即ち宿命の跡継ぎは四男の一流君だと正志様から伺っておりますが……」
「……そうなんだ。それにしてもさ、お姉さん色々詳しすぎない?」
一流は看護師の正体を見つめるように言う。
ただの看護師が他人の家庭事情まで知っているはずがない。
一流と同じ黒髪は膝まで届き、腰の位置で一つに縛っているものの、その長さは異様だった。
そして目はどことなくユイと似ていて、獲物を狩る獣のように鋭く奥に並々ならぬ意志を感じる。
ユイと似ていると思ったのはそれだけではなく、身長はユイほど背丈は高くはないものの引き締まったスタイルを持つ整った容姿だった。
「……申し訳ありません。実は私、この村の長の娘でありこの病院の看護士ではありません」
そんなところだろうと思っていた一流は短節に返事を返すと、おびただしい数のアライザ達の残骸の中へ出る。
機械油の中毒性のある独特な臭いが立ち込め、汚染区域のような状態になった町のいたる所から煙が上がっている。
町の各地で戦闘が行われた証拠だ。
「指揮官の捕縛と共にアライザが撤退したため犠牲者は数名に押さえられました。長の家はこちらです」
村長の娘に案内され、村の最奥に構える一際大きく建つ屋敷に着いた。
その道すがら、畑や家屋が抉れたように荒らされていたり燃えていたりしていたが、村の男たちは協力して既に修復に取り掛かっていた。そして、女達は作業を支えるために炊き出しを行い、握り飯を始めとした料理を男たちに配っていた。
アライザの残骸は村の中心に集積され、高く積み上げられていた。誰が回収するのか気になった一流だったが、すぐに需要があることに気づいた。
「アライザの残骸は一番近いところでは霙機械が、他にも様々な研究機関が挙って買い取ってくれるのです。誰が造ったか、いつから在るのかも不明な先進技術の込められたアライザには、アライザを知る世界中から注目されているのです」
「されで得た情報で新しいマーキナーを……でしょ?」
屋敷に通された一流は、自宅の何倍も広い屋敷の中を迷わないよう村長の娘についていく。
何のためにあるのかわからない部屋がいくつもあり、全ての部屋に人が住んでいるとは思えない程人の気配がない。
幾つもの部屋と階段を上がり、やっとたどり着いたのは何処からどう見ても屋敷の中で一番凝った造りの部屋。襖には木々が描かれ、廊下に使われている木の材質も他とは違うような気がした。
「父様、霙家四男が跡継ぎ、一流様連れて参りました」
「おお、来たか。中へ入るといい」
襖を開くと、中は思ったよりも現代的でテレビを始めとする家電製品が幾つか目に入った。
そして二人を待っていた村長の娘の父親、つまりはこの村の長、日本の機械使い糸里の長は左手にお椀を持ち、右手に橋を持って氷水に冷やされたそうめんをすすっていた。
「あの、父様。緊張感がないので食事を一旦止めてください」
「うぐ……ふぐふっふへふふぁふはらはっへ」
口いっぱいにそうめんを頬張った長は娘に注意され、急いで飲み込もうとするあまり喉に詰まらせ勢い良く咳込む。
外の状態からは想像もつかない和やかさぶりに一流は村長の意識の低さに苛立ちを覚えた。
「ごほ! ごほん! ……桜、一流君が持っているはずのルシィルはどこだい?」
「ルシィル……そう言えば!」
村長の娘である桜は一流が手ぶらであることを再確認して声を上げる。
一流はてっきりユイがアライザと戦うときに使い、ユイとともに攫われた物だと思っていた。
もしユイが使ってなかったとしたならユイは何で戦い、どこにルシィルはあるのだろうか。
「一流様、ルシィルはどこですか!?」
「いや、僕は気を失っていたから……」
「ですよね!」
看護士として病院内にいた桜はユイがどうやって病院に来たか思い出そうとする。一流も倒れる前の事を思い出してユイがどうやって病院まで来たかを考えた。
「車……は運転できそうにないから――――」
「いえ! そう言えばあのネウロパが駆け込んでくる前、大きな音がしたような気がします、まるで壁に突っ込んだような……」
「車なら戦ったアライザが乗っていたのがある! もしかしたらユイさんはそれに!」
「ということはまだ病院に……急いで戻りましょう!」
一流と桜は合点し顔を見合わせると、部屋を飛び出し、屋敷を駆け回って外へと脱出した。
入ってきたときはあれほど迷路のように感じたこの屋敷も出るときは道を覚えていたのか楽だった。
「この屋敷はからくり屋敷と呼ばれていまして入る者にとっては奥に進めないよう罠や仕掛けを、反対に籠もる者には助けになる仕掛けが多く設置されているのですよ」
桜が指した所を見ると、出口へと向かう部屋の柱にだけ赤い印が刻まれてあった。その印は村長のいた最奥の間から出る時にしか見えない場所にあり、入るときは死角になっていて見えない。
簡単ながら重要な仕掛けに男ならではの好奇心が疼きだし、後でこの屋敷を探検しようと心に決めた。
「そんなキラキラ顔しているところ悪いですが下手に歩き回ると死んじゃいますよ?」
察しがいいところはユイと似てないなと思いつつ一流は名残惜しそうに屋敷を振り返る。
すると、屋敷の裏へと続く細道から腕らしき物が見えた。
桜の静止を無視して裏へと回った一流はそこに積み上げられたアライザ達の残骸を見て、身体が固まった。
その数は村の中央に集められたアライザ達の残骸と変わらないくらいの数であり、百は超えている。
「これは誰が?」
「父様しかいませんよ」
「父様ってあのそうめんすすってた?」
「その人以外に父様がいるなら私の方が驚きますよ」
涼しい顔をしながらこの数を一人で倒す技術に、一流は日本の機械使いたちの長の力を見た。
「何をしているんですか? ルシィルのところへ行きますよ!」