Study part2
ユイは取得してまだ間もないなれない手つきでハンドルを握り、車を走らせなんとか町の病院へ到着した。
駐車場に入れる余裕もなく路肩に駐車しようとしたが、上手くいかず病院の塀に衝突する。
しかし、それどころではないユイは後ろの席に横たわる一流を抱きかかえるとユイは病院へと駆け込んだ。
「すみません、弟が!」
すぐに診察室へ運び込まれた一流はすぐに治療室へ運び込まれ、治療が行われた。
その間、ユイは待合室で心落ち着かず座っていたが、新堂の言葉によりユイの中にネウロパストゥムへの疑問が生まれていた。
そもそも普通の世界に生きる人々はアライザの存在すら知らない。ネウロパストゥムがアライザから人類の平和を守るために戦っていることも知らない。
もし知ってしまったならその人間はネウロパストゥムの保護がない限り全員殺されるからである。
ふと、病院の待合室にあったテレビがユイの視界に入る。
「速報です。今朝高等学校を狙った歴史的大量殺人犯達が遺体で発見されました。どうやら犯人たちは車両で校内へ乗り込み、生徒や教師合わせて二百人ほどを殺害したとされています。殺人犯がどのような動機で学校を襲撃し、どのような道具を用いて殺害したかは現在捜査中とのことです」
ユイはその報道が、政界に潜入したアライザ達により事実と書き換えられていることに気づいて舌打ちをするが、人々はこの報道が正しいと信じるのだろう。
「次はこちら、あの歌姫ロールスウェイトが日本に上陸しました! こちらの映像を――――」
一転、華やかな話題に切り替わり、ユイは再びテレビから目を離す。
既にメディアにはアライザの手が加わり、ネウロパストゥムでは太刀打ちできなくなっている。
そしてこれが政界の奥深くまで浸透したならば事実上日本は乗っ取られる。それだけは未然に防がなければならない。
既に外国の中には国を乗っ取られ、反抗組織としてしか活動できていないところもあり、手遅れにならないよう、バチカンに本拠地を置くネウロパストゥムは世界各地に機械使いを派遣しているのである。
「疑っている暇はないけれど、このままでは……」
ユイが考えていると白髪混じりのメガネをかけた聡明そうな医師がやってきて、治療が終わったことを告げる。
「私はこの病院の院長です。弟さんはほぼほぼ大丈夫でしょう。後は寝させて体力の回復を待つのみです。何か不調がありましたらすぐにお知らせください」
「本当にありがとうございます!」
ユイは院長に何度も頭を下げる。
「いえいえ、ひとえにこの子の力です」
院長はそう言うと、隣にいた女性の看護師に何かを持ってこさせるように告げる。
看護師は頷くと慌てて奥へと引っ込んでいった。
「どうかされましたか?」
「いえ、マーキナーを取りに行かせただけですよ」
院長はにこりと微笑む。
「マーキナー? あなたはまさか日本の機械使いですか?」
「えぇ。そもそもこの町は昔から機械使い達の町でしてね。そのほとんどが幼い頃に操り方を教わっています。ご存知ありませんか? 日本の糸里村を」
ユイは幼い頃に教えられた日本にある機械使い達の集落の名前が糸里だったことを思い出す。
ロシアを始めとする<本場>の機械使いとはルーツが違い、その操り方も独特だと云われている。本場にはない『指繰り』と呼ばれる指先までを扱う技術を得意とし、更に精密な動きを可能とするが、その難易度も高く、指繰りを習得するために糸里にやってくる機械使いもいるらしい。
「目立つボストンバッグに外国人の貴女。そして怪我をしている少年。入ってこられた時からおおよその検討はついていました」
そして院長は看護士が持ってきた木箱を開け、指輪を取り出して両手にはめた。
「見なさい。外にはもう奴等がやってきていますよ。最近の奴等は何か変だ。潜んでいる期間が終わったかのようにね」
ユイが振り向くと外には様々な職種の服を着た人々が群れを成して病院へ集まってきており、看護師や医師たちがシャッターを下ろし、機械を操作している。
「ニュースになっていた黒服達はこの村の若造です。奴等の異変に耐えきれなくなったのでしょう。全く、若者はせっかちだ……」
ユイはボストンバッグが車の中に入っていることに気づき、外へ出ようとするが、院長に止められる。
「院内にも数体マーキナーが保管されています。霙二式改程の性能ではないが十分に戦えるだけのものではあるはずだ。今持ってこさせている」
「ありがとうございます」
「霙二号機改は海外向け、ネウロパストゥム用に開発されたマーキナーでね、どうも我々には使いにくい」
外からは軋むような音が鳴り、シャッターが凹み始めていた。
院長の周りには同じくマーキナーを手にした医師たちが集まり、看護師の一人がユイにマーキナーを渡した。
「看護士たちは患者の保護を! この病院はシェルター並の強度を誇る! 心配するな!」
看護師達は平常勤務に戻り、医師たちは正面入り口の一部だけを開放し、外へと飛び出していく。
ユイは渡された木箱を開き、指輪をはめ、手を交差させてマーキナーを立たせる。どうやら操作方法はあまり変わらないようだった。
「そのマーキナーは木田のスティール2。操作方法はあまり霙二式改とあまり変わらない筈だ。いけるかい?」
「勿論です」
ユイは医師に続いて入り口から出ていく。
外にはおびただしい数のアライザが押し寄せ、病院だけでなく、町の各所から煙が上がり、あちこちで戦闘が行われていることを現す。
この様子だとこの町が機械使い達の集落であることを知っているかのように、アライザ達本来の姿で容赦なく迫ってくる。
ユイを含めた機械使い達の実力も申し分ないが、数で劣る医師たちは致命傷さえないものの、倒すたびに傷がひとつ、またひとつ増えていく。
医師たちが赤い血を流していることに気づいたユイは日本の機械使い達が肉体改造を施していないこと疑問を抱きながら出来るだけ自分に攻撃が向くよう敵の前に躍り出る。
幸い、ユイはスティール2にほとんどよく似たマーキナーを使ったことがあったばかりだった。
「スティール! 『鉄の祭典』!」
ユイが両手を打つと、甲冑を模したスティールの両手両脚の装甲が開き、中から無数の刃が飛び出てくる。
そしてそのまま回転を始め、空中を飛び、縦に横にと敵陣を掻き回す。
スティールの持つ多数の敵に対するこの技は立体に動くことにより、その破壊力と自由度が増していた。
体勢を変化させながら、踊るようにアライザ達を破壊していく様はスティールがメインのステージのようだった。
「医師の皆さんは私の援護を頼みます。生身の人間では死んでしまいます」
ユイはスティールと我が身を盾に医師たちを庇いながら敵を破壊していくが、いくらユイが改造しているとは言え、身体の半分は人間である。死ににくいだけで死なないわけではない。
「あれが本場の機械使い、ネウロパストゥム……か」
鬼神の如き機械繰りに恐怖のようなものを感じた院長だったが、外国の少女一人に任せては面子が立たない。
「皆の者! 糸里の技を見せる時ぞ!」
「おぉっ!」
医師たちはそれぞれのマーキナーの奥の手であろう技を披露し、戦いに加わる。
糸里の指繰りはマーキナーの動きに繊細さを与える。
それを不要と考える者もいるが、実際にその技を見たなら考えを改めるだろう。
「クラウン、『炎の交響楽団』」
院長は両手を時計回りに回転させ、自身のピエロを模したマーキナー、クラウンの口から火を吐かせる。
三百六十度に回転しながら高熱の炎を吐いたクラウンに、院長は両手の人差し指と中指を交差させる。
すると何が加えられたのか炎が大爆発に変わる。
院長はクラウンの背後で見を守るがその爆風にクラウン諸共空中へ放り出される。
アライザ達の十数体が塵と消えたが、まだ物量は圧倒的だった。
「そろそろボスが必要かな? いえ、ただ私が退屈になったので出てきたまでですが」
声とともに空中からアライザ達の中心へ落下し、アライザ達を足下に立ち上がったのは、初老の老人を模した敵の指揮官らしきアライザだった。
その眼力は生気のない他のアライザとは違い、生と死の境界線を幾度となくくぐり抜けた歴戦の猛者だけが持つ覇気のような気迫を無機質の身体から放っていた。
「日本の機械使い共を根絶やしにするつもりが、ネウロパストゥムまでいるとは驚きだな……。これは足を伸ばした甲斐があったか?」
「貴様は何者だ!」
院長が声を張り上げる。
クラウンを操り地面に落ちていた敵の刃物を掴んで投げるが、指揮官アライザはその柄を掴んで片手でへし折る。
「私か? 私か!? ほっほぅ! 言うつもりだったが聞かれるとはこれは一本取られたな! ならば答えてやらぬは悔いが残るというもの! 私の名はモートス・テッラエ。偉大なる御方、ルクレツィア様に造られた身体は由緒正しき名品である!」
「ルクレツィア……?」
その場にいる機械使い全員がその場にぴたりと時が止まったかのように静止した。
絶好の好奇の筈なのだが、人工知能を搭載し人間の感情を感じることのできるアライザ達はその異様な事態に機械使い達を攻撃することが出来なかった。
「ルクレツィアァァァァッ!!」
「ルクレツィアだとッ!!」
「ルクレツィアに造られた……!? ならばこの手で貴様の首から上だけ残して吐かせてみせようッ!」
機械使い達は何かに取り憑かれたように豹変し、怒りに打ち震る獣の如くモートスへ飛びかからんとそれぞれのマーキナーを走らせた。。
その一体感は、機械使い達の脳が統一されたかのようで、目の色から顔の形からその細かな動作まで全員が同じように見えた。
「ルクレツィア様を呼び捨てするなど二千年早い。すぐさまその首を跳ねてやるぞ!」
「やってみろォォォッッ!!」
ネウロパストゥムとアライザの異様な光景を看護師の一人が身体をがたがたと震わせながら見ていた。