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ストームミックスジュース  作者: 中目ばんび
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⑤章   嵐の夜の海

「今日は望の好きなプッタネスカだよぉ~」

 あゆみが夕飯にプッタネスカを作ってくれた。私の大好物である。


 アンチョビと辛いトマトソースのコンビネーションが絶妙で、黒オリーブと織り成すハーモニーも堪らない、粉チーズが世界で一番合う最高のパスタ料理だと思っている。


 今日も一日中晴れていたが、天気予報によると台風が迫ってあり後二~三日後には嵐がやってくるという。明日か明後日には203号室の男も現れるだろう。


 『ストームミックスジュース』も残り三日分程しかなく、どうすれば良いか201号室の老婆に相談に行こうと思っていた矢先の吉報だったので助かった。なんとか凌げる。

 

 103号室の家族もなんとかそれまで無事でいてくれる事を願おう。私の『ストームミックスジュース』はとてもじゃないがもう分けてあげられないが、老婆や他の住人のストックをシェアして貰い、なんとか凌いで欲しい。


 今回の嵐では海水を沢山汲んでおこう。もうこんな心配が起こらないようにストックには気をつけなければならない。



 そんな事を考えながら、食事をしていると――家のドアを叩く音が聞こえた。


 ドンドンドン! ドンドンドン! ドンドンドン! ドンドンドン!



 その音は凄さまじく、あらぶるその殴打は、ドアを叩き壊した――。

 

 そして、男が斧を片手に部屋の中へと入ってきた。


「きゃあああああ!」


 あゆみがその男を見て悲鳴を上げた。


 私はすぐさま立ち上がり、男に掴みかかった。

 

 血だ……。男に触れると、男の体には沢山の血が付着していた。


 抵抗する男が斧を振ろうとしたので、透かさず腕を抑え、私と男は硬直状態になった。


「今だ! バスルームの浴槽にあるはずだ! 早く、いけ!」

と、男がいきなり玄関に向かって叫んだ。


 するともう一人、部屋の中へと入ってきた。


 女性だ……。その女性は硬直状態の私と、男を見ていた。


 私の部屋に入ってきた強盗は二人――それは、私の知っている人物だった。


 103号室の夫婦だ――。


 夫婦が『ストームミックスジュース』を奪いに来たのだ……。


「やめろおおおおおお! その残りの『ストームミックスジュース』はあゆみの分だ! 持って行かないでくれ、もうそれしかないんだ! 帰ってくれ!」


「すまない……息子が……もう溶けだしている……『ストームミックスジュース』が必要なんだ! ここで私達に『ストームミックスジュース』を恵んでくれたことのある恩人を殺しても……」 


 私は必死でご主人に頼んだが、聞き耳を持たず、私に斧を振ろうとしている。


「早く、いけ! ここの住人を殺してでも……あの子を生かすと決めただろ……もう後戻りはできない」


 主人のその言葉を聞いて、奥さんはバスルームに入った。すぐに『ストームミックスジュース』を取ったのか、バスルームから出て、玄関から逃げ出そうとした。


「ごめんなさぃ……あの子とお別れしたくないの! あなた、必ず戻ってきてよね!」

 奥さんはそう言うと部屋を出ていった。その手には『ストームミックスジュース』が入ったバケツを持っていた。


「か、返せええええ! それがないと……私も困る! 私もあゆみを生かしたいんだ!」


 私は力の限りご主人を押した。


 ご主人は倒れて、斧を床に落とした。


 私はすぐにその斧を掴み、全力で振り下ろした。


 パカンっ! ……――。


「や、やめてえええええええええええええええ!」


 あゆみのその泣き叫ぶ声が聞こえた時にもう手遅れだった――。


 私の両腕は真っ赤に染まっていた。男の体に付着していたものだけではないとすぐに理解した。


 これは返り血を浴びたのだ……私は――。


 人を殺した。



 斧で頭を真二つに割ったのである。


 あの夫婦の……主人を……私は殺してしまった。


 転がる目の前の死体は、あたりに噴水の様に血を撒き散らし、脳みそが土砂崩れの様に流れていた。



「私は……なんて事をしてしまったんだ……。違うんだ! あゆみ……私は……ただ、あゆみを守る為に……」

 動揺しながら、あゆみにそう言った。


 あゆみは震えながら、私を見ていた。


「やめてって……私……何度も望に言ってたのに……気づいてくれなかった……」


 あゆみは私を見て何度も、「やめて!」と繰り返していたようだ……。私が人殺しをして人間じゃなくなるのを止める為に――。


 その声が私には聞こえなかった……。


 私を見ていたあゆみの事を……私は見ていなかった……。あゆみの涙が見えていなかった。


 私はこの日、本当に人間じゃなくなってしまった……。


 理由はどうあろうよ、子供思いの親を殺した――。


 そして、私は斧を再度握った。


 もう、私は人間じゃない……ただ、あゆみは救う……。


『ストームミックスジュース』を取り返しに行かなければ……。


 次はあの母親だ。





 ****






 止めるあゆみを振り切り、部屋を出て私は一階へと向かった。


 揉み合いになった時、夫婦の旦那の体には血が付着していた……。


 もしやと思い、私は一階の部屋を順に見ていくことにした。


 101号室から見ようと、インターホンを押した。

 ここには50代の男と寝た切りの奥さんが居る筈なのだが、呼びかけても梨の礫で返事がない。


 部屋のドアノブに手をかけてみると、ドアが開いた。


「失礼します~、えっ……」


 中に入ると、横たわる二人の死体があった。


 やはり……あの夫婦のご主人は、人を殺していた。


 101号室には『ストームミックスジュース』はどこを探しても見当たらなかった。


 続いて、102号室に寄った。すると、ここもドアは開いていて嫌な予感がした。


 その予感は的中した。部屋の中に40代の男の死体があった……。


 試合はこの暑さもあって痛んでおり、虫が湧いていた。


 どうやら暫く前に殺された様だ……この部屋にも『ストームミックスジュース』はなかった。



 あの夫婦には憐みを少し感じていたが、ここまでやっているなら――。


 私も加減なしでおもいっきりできる――そう思い、103号室のドアを斧で破壊し、中に入った。



 中には丸く子供を抱き抱えながら縮こまる奥さんの姿があった――。



「どうか……助けてください……。この子を失いたくない!」

 奥さんが、斧を持ちながら近づく私にそう訴えった。


 この子を失いたくない……みんなそうやってここの住人は必至に生きていたんじゃないのか?


 それを知っていてこの夫婦は……101号室、102号室、そして私の203号室を襲って『ストームミックスジュース』を奪って、自分達だけ助かろうとした……。


 ならここで……私に殺されてもしかたないよね……。


 私はそう理由をつけて、親子に斧を振り落とそうとした。


 狂笑していたと思う、私はもう人間じゃない! 完全に狂ってしまった……。


 もう止まれない。



 その時――あゆみの声が聞こえた気がした。


「やめて」


 私は斧を床へ投げつけた……。丸くなる子供が怯えているのがようやく見えた……。


 

 ズシッ! と、背中に何かが乗ったのが分かった。



 それに気づいて、振り向くと……。


 下半身の殆どが溶けているあゆみがいた。


 私の事を両手でぎゅっと抱きしめていた……。




 ****





「あゆみ……止めてくれてありがとう……」


「うん、途中で脚が溶けだして、ここまで来るの大変だった! でも、止めれて本当に良かった。這いつくばってでも来た甲斐があったよ」



 私があゆみの頭を優しく撫でると、あゆみはそう言った。



 溶けだすあゆみを見て「すみませんでした……これを……」と、奥さんが私にコップに入った『ストームミックスジュース』を手渡した。



「あゆみ、飲んでくれ」


 私があゆみの口元にストームミックスジュースを持って行くと、あゆみは手でそれを押し返し、拒否した。


「ごめんね、望……私はもう……コレ飲まないよ」


 あゆみはそう私に言って私を見つめた。すると、彼女の腕まで溶け始めた。


「な、何言ってんだよ……あゆみ! 飲んでくれ! 頼むよ!」


「ダメ、飲まないよ……もう望に辛い思いして欲しくない。ここで終ろう」


 あゆみは断固としてストームミックスジュースを飲もうとしなかった……。


「うわあああああ!」


 私は手が溶けだして、抵抗できないあゆみの口にストームミックスジュースを無理やり流し込んだ。


 だけど、あゆみはそれを全て吐き出し……。飲んではくれなかった。


「あゆみぃぃぃぃ……頼むよ……言うこと聞いてくれ!」


 私のそのお願いに対して、あゆみは首を横に振った。


「残りの『ストームミックスジュース』はその子にあげて……。私はもういい、十分だよ!」


 そして彼女は私の顔をみて続けた――。


「望、愛してくれてありがとう――」


 そしてニコッと私を見て笑った。


「あゆみ……いやだ……」


 気づくと、あゆみの顔以外は全て溶けていた。


「――さようなら、幸せにこれから過して欲しい」


 そう言ってあゆみは――私の手の中から消えた……。


 あゆみ……私は君を無くして、どうやって幸せになれって言うんだ?


 あんまりだ……君の居ない世界などに……私は興味はない。


 すぐ行くよ、あゆみ。




 ****





 残りの『ストームミックスジュース』はあの親子にあげた。


 もう私には必要のないモノだから……。


 あゆみが居なくなった今、もう必要なものなど、世の中には存在しない。


 

 あの後、お金を取りに一度だけ203号室の部屋に戻ったが、なぜか夫婦の主人の死体は部屋から消えていた……。


 不気味に思ったが、もうどうでもよかった。



 何も考えず、次の嵐の夜まで『裏野ハイツ』を離れて、少し離れた町のホテルに泊まった。



 二日後の嵐の夜まで、私はホテルから一歩も出ない生活を送った。


 そして、あゆみが消えて初めての嵐の夜が来た――。


 私は吸いこまれるように『裏野ハイツ』に戻り、ベランダから見える海へと向かった。


 私は嵐の海岸を歩く……――なぜなら君に会いたいから。





 ****





 漆黒の海が、手招きをしているように私を誘いこんだ――。


 おかしい、最近まで海水を汲みに行っていた筈なのに……。


 竜巻が真黒なとぐろをあちらこちらに巻き、雷は呻き声のように轟く。


 まるで地獄の門でも開いている様な光景だ……。


 こんな、こんな……光景は見たことがない――。


 これが……あゆみがあの日、見た光景なのだろうか……。


「あはっ、綺麗だな……こんな光景見たら――」


 この闇は自分が抱える苦しみを――全て呑み込んでくれるのではないかと――。



 期待してしまうじゃないか……。



 そして、私は海の中へと進み始めた。


 そんな、私を誰かが見ていた気がしたが、どうでもよかった。


 『裏野ハイツ』に住んでから、視線を感じるのはしょっちゅうで、もう……慣れている。


 海に入り、大嵐の一部になったのだとすぐに感じた――。


 嵐の海と同化し、一つになると――。


 世界がなぜか、クリアに見えた様な気がした……。


 そして、すぐに意識を失った。




 ****




「なっ!?――――――」


 ここは……どこだ?


 『裏野ハイツ』みたいだが……。私の部屋ではない……。


「私は……生きているのか?」


「あら、望! ようやく目を覚ましたのね。母さん心配したわ」


 目の前には母さんがいた。私はどうやら布団の中にいるみたいだ。


 恐らく気絶していたのだろう……。


「母さん……な、なんでここに?」


 私は母さんにそう聞くと、母さんは微笑みながら答えた。


「あんたが、急にいなくなったから探して……ようやくあんたの知り合いの不動産から聞き出してここを突き止めたのよ! バカ! お父さんも心配してるわよ!」


「そうか……ごめんなさい。で……この部屋は?」


 私の部屋ではないこの部屋はどこなのか、気になり早速聞いた。


「ここは母さんが借りた101号室よ、丁度開いていたから……あんたがどうなっているか分からないから借りたのよ! ほら、いいから何か飲みなさい! 病人!」


「はぁ……」


 母さんが飲み物が入ったコップを私にくれたので、丁度喉が渇いていた私はそれを一気に飲み干した。


 その時、母の後ろに……。


 見覚えのある老婆の姿があった――。


 201号室の老婆だ。なぜ、ここに?


 飲み物を一気に飲み込む私を見て――老婆はニヤリと笑った。


 その顔はとてもおぞましく恐ろしい顔だった――。


 

 その顔を見て、私は自分の異変に気づく……。


 布団に入っている筈の私の下半身は……溶けて、なくなっていた。


 そして、コップの中の真黒の液体に浮かぶゴロッとした目玉が私を見ていた。



 ドロッとした触感が私を襲った――。



「ああ゛あ゛……あああ゛あ゛ああ゛あ゛ああ゛あ゛ああ゛あ゛ああ゛あああ゛あ゛!!」


初ホラー 楽しかったです。 


悲鳴で終われてよかったです。


読んで頂きありがとうございました。

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