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ストームミックスジュース  作者: 中目ばんび
3/5

③章   ストームミックスジュースの作り方

 海岸に現れたモノを全て呑みこみ、その漆黒の腹へと入れる嵐の日の海。先程、私はそんな海から海水を裏野ハイツの住人達と汲みに行ったが、なぜ海水をこんな嵐の危険な日に汲みに行かなければならない理由も知らないし、海水の使い道も不明だった。


 老婆は私に言った――この真黒な海水は呑みこんだ生命を全て溶かし、命のエネルギーへと変える。海水は嵐の夜に海岸にいる生命体を呑み込んで溶かし、エネルギーを蓄え、海の生命体に栄養を与えている。


 

 嵐の夜の海はこの世のモノではない。生命を溶かす未知なる液体なのだ――。


「だから、海の養分になった犠牲者が海からここに戻ってきたら、海に呑み込まれてしまった養分を与えなければいけない。養分を補充できなければ……海から戻って来たものは、溶けて水となり消えて……その後二度と元には戻らない。二度と会えない……。だから私達は『ストームミックスジュース』を作って、大切な人に与えなければならない」


 老婆がそう私に話すと、今度は男が犬を溶かした訳を答えた。


「この真黒な海水は嵐の日の夜にしか採れないが、全ての生命体を溶かす悪魔の海水だ。お前の彼女の様にここへ戻ってきた者は海にかなりエネルギーを吸い取られている……。なので、我々で奪われたエネルギーを補充してやらないといけない。ただ一つ問題がある……それはただ汲んできただけの海水だとエネルギーが足りないという事だ! その為、別途で海水に生命体を入れて溶かし、栄養価満点の海水にして与えてやらなければいけない……それが『ストームミックスジュース』だ。俺が調教した大人しい犬を溶かし、みんなが大切な人を守るため悪魔になって作るエネルギーだ……。これがないと、海から戻った者達はみんな溶けて死ぬ」


 男はそう言って、浴槽に完成した『ストームミックスジュース』をペットボトルに汲み、よくシェイクして私に渡した。


「え……こ……これを……ど、どうすれば……」

 

 真黒なその液体はとても不気味で、ペットボトルを持つ手は震えた。


「これを溶け始めている彼女に飲ませて来い! そうすれば今は回復する」


 こ、これを……あゆみに飲ませると……こんな気持ちが悪いものを……大切なあゆみに……。いや、男に言われずともストームミックスジュースを渡された時、あゆみはこれを飲まなければ助からないと、私は分かっていた……分かっていても……犬が溶かされるのが怖くて……。


 そして、あゆみがこんな恐ろしいものを飲まないといけないという現実が、可愛そうで……。私は男にその事実を言われるまで、現実から目を逸らしていた……。



 だけど、私は悪魔にならなければならない――。



 嵐の夜の海にエネルギーを吸い取られ、身体はもう限界を迎えているあゆみ……――。


 それでも、彼女の帰りを待つ私の為に……戻ってきてくれた。彼女の帰還が壊れそうになっていた私の心を救ってくれた。


 『裏野ハイツ』に住む人達は今まで大切な人が戻ってきたら、その対価としてこの悪魔じみた『ストームミックスジュース』を作る日々を過ごして来たのだろう……。


 こんな恐ろしい事を誰から始めた事かは知らないが、私の部屋の浴槽の排水口から出てきた動物の毛や虫、そしてあの頑固な汚れも……前のあの部屋の住人が大切な人を溶かさない為に精神を削って『ストームミックスジュース』を作っていた証拠だ……。


 イカれてやがる……だが、イカれなければ――大切な人は守れない。



 その覚悟が私にはあるか?



 たとえ、罪のない動物の魂を生贄に使おうとも……。


 答えは――。


 ある。



 あゆみを救わなければならない! あゆみが助かるなら私は……悪魔にでもなんにでも私はなってやる。


 覚悟を決め、男から貰ったストームミックスジュースを手に私は――あゆみの元へと走り出した。


「あゆみぃ……待ってろよ……今……元の身体に戻してやる!」


 私は土足のまま部屋に上がり、あゆみの元へ駆け寄った。


 気絶しているあゆみの身体に掛かる布団を退けると――。



 あゆみの肩から下はすでに溶けてしまい、そこに水溜りができていた。




 ****




「あゆみ! しっかりしろ! あゆみ!」


 私は必死に無残な姿になってしまったあゆみに呼びかけた。


「望……」


 すると、あゆみが薄らと目を開けて私の名前を呼んだ。


「あゆみぃ……よかったぁ……間に合った……。ほら、これを飲んでくれ……マズイかもしれないが……。これを飲めばあゆみは助かる!」


 私は男から貰った『ストームミックスジュース』が入ったペットボトルの蓋を開けた。すると中から、呻き声が聞こえた……。不気味な声で「うーうーうー」と聞こえる。それと同時に液体が蠢き出した。


 この液体は……生きている。


 こんなおぞましいモノを飲んだら――。



 私だけじゃなく、あゆみまで人間じゃなくなる……。




 涙がボロボロと零れてきた。怖い、怖い、怖い、怖い……。私が悪魔になる覚悟はできたけれども……あゆみが人間じゃなくなる覚悟を私はできるのだろうか?


 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……。あゆみには人間でいて欲しい……。


 なら、このままこれを捨てて――あゆみを私は溶かすのか?


 あゆみを人間のまま殺してやるべきなのか? 折角戻って来てくれたあゆみを……。


 それは、できない。


「あゆみ……私は君と生きたい! 私の事をいくらでも怨め……私はあゆみを殺さない」


 あゆみは私を怨むだろうか? こんなおぞましいモノを飲ませた私のことを――。


 それでも、私は……君と生きたい。


 あゆみの小さな口に私はペットボトルに入っている真黒な液体を全て流しこんだ。


 あゆみの口内から『ストームミックスジュース』が流れ込むと、溶けてしまった肩から先の身体が、液体と同じ真黒な色で再生した。身体の色はすぐに元のあゆみの身体の色に戻り、あゆみの身体は完全に元通りに回復した。


「よかった……」


 私はあゆみを救うことができて安堵した……同時にこれからもう普通の生活は送れないのだという現実が頭の中を襲ったが、あゆみがいればもう何でもよかった……。


 そして、私は気を失った――。






「おはよう、望! なんか私、助かったみたい! ありがとう、望むが助けてくれたんでしょ?」


 目を覚ますと、そこには私を見て元気そうにそう言うあゆみの姿があった。


 良い朝だ。日差しとあゆみの笑顔が眩しい。


 嵐の雨が全ての汚れを洗い流して、嵐は去っていった。おかげでベランダの窓から見える景色は輝きだすぐらいキレイで、心まで晴れた気分だ。



 昨晩、あんなに恐ろしい嵐の様な現実が私とあゆみを襲った事も、忘れてしまいそうな。


 そんな素晴らしい朝がやってきた。


 私とあゆみの新たな人生は今日から始まる――今日が私達の生まれた一日目だ。


「おはよう、あゆみ」


 私がそう言うと、彼女はにっこり笑った。




 ****





 あゆみは昨日の事や、この部屋に向かって海から放り投げ込まれた事などの記憶を鮮明に持っていた。


 私と旅行に行って、一人で嵐の夜の海岸にいったあの時の事を話してくれた。


「ごめんね、私……勝手に海岸に出て……。でも、こうなる覚悟はあったし、海を見に行った事に関して後悔していないの……おかげですごい光景が見えたから」


 置手紙にも書いてあった『覚悟』、そこまでしてあゆみは嵐の夜の海が見たかったのだから私はもう過ぎた事をとやかく言うつもりはなかった。


 それより、これからをどう生きるかを考えないといけない――。


「そうか、とにかくあゆみが戻って来てくれてよかったよ」


 私はあゆみが生きているそれだけで十分なのだ。彼女曰く、嵐の夜の海で海に呑みこまれそこからは真黒な海を彷徨い続け、この『裏野ハイツ』に放り込まれとの事だった。


 私はとりあえずあゆみに『ストームミックスジュース』の事を話した。

 私の話を聞きながら静かな犬達と戯れるあゆみの顔色はだんだん悪くなり、犬達を眺めながら涙を流し、辛そうに私に嘆いた。


「このワンコ達は……私のせいで殺されちゃうの? 私が生きる為に……この子達が死なないといけないの? そ、そんなぁ……あんまりだよ……。どうしよう……」


 犬を撫でながらボロボロと涙を流すあゆみを私は、やさしく抱きしめた。


「大丈夫……。心配するな……私はどんなに非道になろうと、あゆみを死なせたくない。これは私の願いだ……あゆみが責任を感じる事はなにもない」


「望……でも……私怖い……。海水で犬を溶かした液体を飲まないといけないなんて……。飲まないと私が溶けちゃうなんて……怖い! うげえぇぇぇ……う……ううう」


 あゆみは私の胸の中で泣きながら怯え、嘔吐した。


「大丈夫……。今はそうしなければならないというだけで、今後必ず対策法は見つかる! あゆみは溶けださない元の身体に『ストームミックスジュース』なんてなくても必ず戻れるさ!」


「本当? うううぅ……」


 彼女はか細い声でそう言い、私の顔を見た。


「本当だ! 私に全て任せろ! さぁ、あゆみ! シャワーでも浴びてきなよ! 少しさっぱりしたほうがいい! その後、天気が良いし洗濯をしてくれないか? 家事が終わったら、二人で久しぶりに出かけよう。その前に私は犬を飼ってお金がないからお金を降ろしてくるから!」


「わぁ……なんか久しぶり。うん、わかった! 色々行動しよう! 望がいるからなんとかなる気がしてきた。ありがとう、望」


 あゆみの顔に明るさが戻った。嬉しくて私はキスをしようとした。


「え! 汚いよ……私、吐いちゃったし……」


「平気だよ」


 私は恥ずかしがるあゆみの唇を奪った。


「大好き……望」


「私もだ、あゆみ」


 彼女を溶かす訳にはいかない――私は改めて気持ちを固めた。



 あゆみがシャワーを浴びている間に私はコンビニに行きお金を降ろしてきた。戻るとあゆみはもう洗濯と部屋の掃除を始めていた。幸い今日着るのに丁度いいTシャツと半ズボン二人分は濡れずに残っていた。


 これからあゆみと久しぶりに外に遊びに行ける――その現実が私は楽しみで、とても幸福を感じた。


 今日は沢山あゆみに幸せをあげよう。私はそう決意した――。



 あゆみが家事をしている間、私もシャワーを浴びるとあゆみに言いバスルームに入った。シャワーを浴びた後――『ストームミックスジュース』を私は初めて自分の部屋の浴槽で作った。


 昨日の夜に自分が運んだ海水を浴槽に入れ、そこに昨日202号室の男から買った犬を入れて溶かし、よくかき回した。『ストームミックスジュース』から発するすごい臭いはまだ慣れないが、浮かぶ目玉には慣れてきた自分がいた。呻き声も、蠢く液体も、もう怖くない。



 これで今日、何が起こってもあゆみを助けられる。私は水筒に出来上がった『ストームミックスジュース』を入れた。不思議ともう何も怖くなかった。


 あゆみを失う怖さに比べれば、今の私に怖いものなど他にはない。


 私はあゆみの為ならなんだってできる、その覚悟がある。


 最悪私は、あゆみの為なら死んでも構わないと思うようになっていた。


 さて、支度をして出かけよう、とても楽しみだ。



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