鳥居千万
俄か雨が上がると、空気の粒はキラキラと輝いた。
それはまるで空に消えていく魂に見えて、総輔は目を奪われる。
静まりきった森の中。
連なる沈丁花の小道の先には、隙間なく続く朱色の鳥居と石畳の階段。
カラリカラリと回るかざぐるまが、生い茂る緑の彼方此方に色を差していた。
足取りは、悪くない。
一人ほくそ笑んで、空を見上げた。
嘲笑うような青い空が目の奥に突き刺さる。
緩みかけたスニーカーの紐を結びなおすと、総輔は再び上を目指した。
千万鳥居。
進むほどに深まる影と、素知らぬ顔で通り過ぎる人ならざる者達の中で、一人の少女がビードロを鳴らして振り返った。
「お前、初の男か?」
面影とは似つかわないその口ぶりに、総輔は「初が、俺の女だ」と、べぇっと舌を出してやった。
間の抜けるようなビードロの音をもう一度鳴らして、少女が森に溶けて消える。
「千万鳥居はキツネのお宿、か」
色とりどりに飾られた折鶴と、片目のないダルマ達。誰が置いて行ったともしれない供え物。
提灯の明かりは淡く、混ざり合って。
誘うような蝋燭の炎が、浅く揺れる。
一際大きな鳥居を潜ると、暖かい風が総輔の肌を抱いて通り過ぎた。
バサバサと揺れる紙垂が静まると辺りは急に光立ち、開けた景色の中に総輔は見つけた。
「初……」
鳥居と同じ深い朱色の袴。白地に映える七色の襟の端を指先で引き寄せる。
「一度でも振り返ったら。食い殺そうと思ってたのに。総輔は潔くて困る」
言葉と裏腹の、優しい瞳を三日月に細めて。
「本当に。バカ。キツネに婿入りなんて前代未聞なんだから」
初が下駄でカラリと地面を蹴ると、鼻緒についた鈴がシャランとなった。
銀白の九つの尾が揺れて、風を巻き上げる。初の髪に飾られた芍薬の花びらが総輔の頬を掠めた。
シャラリ。シャラリ。
鈴の音に呼ばれて、最後の鳥居は現れる。はやく来い。はやく来いと、囁くように。
森は色彩を孕んで、蕾は花開く。
深い深呼吸を繰り返すように、緑が吹き返した。
未練も、ためらいもなく。
紅白のしめ縄がうねり合いながら木々の合間を縫うと、総輔は初の手を取った。
「いくか。狐姫」
君と。
三千世界の扉を叩く。